白い予感 4
季節はいつしか秋を過ぎ、冬を迎えてした。
どこからかかかるクリスマスソング。年末は皆やっぱりバラバラになる予定だったから、せめてクリスマスは四人でって事になった。蒼汰はこういうイベントは必要以上に力を入れるタイプで、段取りをさっさと決めてしまった。
「で、どうして俺んちなわけ?」
俺は台所に立ってオーブンの様子を見ながら、サンタの恰好で飾り付けする蒼汰に尋ねた。奴は鼻歌を歌いながら
「外は寒いし、カップルだらけやん。女子は寮やから俺ら入られへんし」
そう持参したクリスマスツリーの電飾をつけた。
「なら、お前んちでもいいだろ」
返すと
「あかんあかん。青んちの方が綺麗やし、青の手料理食べたかったし」
わるびれず言い、台所を覗きに来た。
「なんならお礼に、藍ちゃんと二人きりにしたろか?」
「バ〜カ」
そうフルーツ盛りの皿をつきだした。
「藍の事なんか……」
チャイムが鳴る。
「あ、来た」
蒼汰が皿を手にドアを開けた。
「お邪魔しま〜す」
「噂をすれば、やな」
「何?」
藍と桃はキョトンとする。
「何でもないよ。寒かったろ。中にどうぞ」
俺は桃からケーキを受け取ると、蒼汰を軽く睨んだ。
学祭以降、四人は元通りな感じだった。多少は桃の事を意識はしたが、視線は藍を追ってしまう。蒼汰は変わらず騒がしいし、集まれば微妙な空気をそれで明るくしてくれているようだった。いつしか俺もそんな四人でいるのが居心地よく感じ始めていたし、ややもすれば、このままでいいんじゃないだろうかとすら思いすらした。
料理を手に居間に入った時だった。
「え」
それは、本当に何気ない仕草。たぶん、本人も意識はしてなかったんだろうものだ。
俺の撮り貯めた写真のアルバムを捲っていた三人のうち、一人だけ写真を見てはいなかったのに、俺は気づいた。
肩を並べる隣の顔を見つめるその目は、僅かに潤み、切なさを帯びている。
それは、藍が蒼汰を見つめている姿だった。
「青、そんな所につったって、何してんねん」
蒼汰の声に我に返る。
「いや、別に」
テーブルに作った食事を並べると、三人の歓声が聞こえた。
「すごい! 青くん、料理できるんだね」
「別に」
何事もなかったような藍の声に俺はいつも以上にそっけなくなる。
「別にってことないやろ〜。照れちゃって」
蒼汰がホローにまわるが、かえってムカついた。
「でも、本当。美味しそう。写真もすごかったけど、青くんって器用なんだね」
桃は手伝おうと立ち上がる。
「両親が共働きだったから。まぁ家事は普通にはできるよ」
そう言いながら桃に他の料理を運ぶように頼んだ。
今日作ったのは、フルーツ盛りにサラダ、ローストチキンとガーリックトーストにトマトスープだ。さすがにケーキまでは手が回らなかった。
料理が並ぶとそれなりに形になって、蒼汰が用意したシャンパンを注いだグラスを合わせる。
楽しそうに笑う藍は、やっぱりいつもの藍だった。気のせいと思いたかった。だけど、そう言う目で見てしまうと、疑いはなかなか頭から離れてくれない。食事を終え、簡単に片づけをした後に蒼汰は子供のような笑顔で
「なぁ、プレゼント持ってきた? ケーキの前にプレゼント交換しようや!」
そう言いながら、自分の鞄をまさぐり始めた。事前に男女でプレゼント交換をすると聞かされていた俺たちは、各々取り出す。
「あれ? 藍ちゃんと桃ちゃんは色違い?」
蒼汰は馬鹿にでかい包みを手に、二人のラッピングに首を傾げた。桃は一度藍の方を見てから
「うん。一緒に作ったの」
「ってことは手作り?」
嬉しそうに声を上げる蒼汰に、二人は気恥ずかしそうに頷いた。
「重い、かな?」
藍が気遣わしげに俺たちを見る。
蒼汰は半ば興奮状態で首を横に振った。
「んな事あるわけないやん! 俺、女の子から手作りのもの貰うの、夢やってん! はぁ〜神様っておるんやな」
「大げさだって」
俺はため息をつくと、どうやって交換相手を決めるか話を振った。
チラリ、蒼汰は俺の方を見るとにやっと笑い、おもむろにプレゼントを桃に差し出した。
「じゃ、俺と桃ちゃんな〜」
「え? どうして〜」
桃は不服そうに唇を尖らせる。
「ええやん〜。なんか、桃ちゃんの方が、藍ちゃんより器用そうやし」
「なによそれ」
藍は苦笑しているが、本当はこんな決め方残念じゃないのか心配になった。蒼汰は俺に気をまわしたつもりなんだ。だけど、それは藍の気持も、桃の気持ちも無視したことになってしまう。たぶん。それに手作りなら、尚更、彼女たちが何か気持ちをこめていても不思議はない。
「あの、やっぱ、くじか何かが……」
「はい、青くん」
俺の言葉に藍が声をかぶせ、包みを差し出した。
「いいのか?」
戸惑う俺に、藍は頷いて
「青くんが不器用そうな私ので良ければね」
冗談めかしてそう言うと、蒼汰に舌を出した。桃はまだ不服を口にしていたが、交換が終わる。
「開けていい?」
「うん」
袋状のラッピングのリボンを解く。中からはグレイのマフラーが出てきた。
「うわぁ〜。めっちゃあったかそう〜」
隣を見ると、蒼汰のは手袋だ。
「結構うまく出来てるじゃん」
俺がそう言うと、藍は嬉しそうに目を細めた。そして俺が渡した包みを手に取る。
「開けるね」
「どうぞ」
正直、何にしようか迷った。どちらに当たるか分からない。だから。
「わぁ」
藍は包みを開けて、声を漏らした。箱を開けてそれを手にして俺の顔を見る。
「いいの? これ」
「藍さえ良ければね」
さっきの藍の真似をして答えた。
俺のプレゼントはプラチナのピアスだった。
「え〜。藍ちゃんいいなぁ」
「えへへ〜」
頬を膨らます桃に、藍は耳に当てて見せる。
「気に入った?」
「もちろん! ありがと」
「ん」
本当に嬉しかった。人に何かプレゼントして、こんなに悩んで緊張して、そして嬉しかったことなんてない。
「交換しようよ〜」
そういう桃の手には、兎の着ぐるみがあった。あまりにも似合いすぎていて、俺は思わず吹き出す。
「なんやねん〜。青のみたいなキザなのより、こっちの方がええやろ〜」
蒼汰の言葉に、桃は舌を出した。
「蒼汰くんの馬鹿っ。もう、手袋返して」
「なんでやねん。これはもう俺のもん〜。人生初手編みプレゼントやで〜」
「やだ〜。まだつけないでよ〜」
俺は二人のやり取りを笑って見ていた。二人は本当に漫才をしているようだ。二人とも関西だからノリが合うのかもしれない。そんな時、ふと藍の方をみた。
藍は、笑っていなかった。藍は口元に笑みを浮かべてはいたが、その目はやはり残念そうだった。
気づかなければ良かったと、後悔した。手にある柔らかい感触を握りしめる。きっと、たぶん、藍がこのマフラーを編んだのは俺を想定してじゃない。藍が本当に渡したかったのは……。
「蒼汰」
「ん?」
俺は桃とじゃれる蒼汰の手から、強引に手袋を取り上げた。
「交換しよう」
「はぁ?」
蒼汰は俺に非難の目をむける。
自分の好意を無駄にする俺の意図が分からないようだ。俺は涼しい顔をしてマフラーを差し出すと
「考えたら、つい最近マフラー買ったとこ、ってか手袋なくしてちょうど欲しかったんだよ」
言い訳がましいかとも思った。だけど、わからないように藍の方を伺うと、戸惑いの中にもどこか嬉しそうな表情をしている。目が合った。藍は恥ずかしそうに小さく瞬きした。ありがとう。そう言われているのだとわかった。それは、蒼汰に自分のマフラーを渡した礼なのか、彼女が応援している桃の手袋を俺が貰ったからなのかは定かではなかったが、この選択に間違いはなさそうだった。
「なんやねん、それ。あのな、青……」
蒼汰がなにか言いかけた時だった、
「あ、雪!」
桃の声。窓を見ると大粒の雪が舞い降りてきていた。
「ホワイトクリスマスだね」
ほほ笑む藍の横顔がやるせない。だけど彼女が喜んでいるんだ。間違ってない、はずだ。
「おい」
雪に夢中になる女子を伺いながら、蒼汰が肘で小突いてきた。耳打ちする。
「ええんか? プレゼント」
「言ったとおり。いいじゃん。使えた方が」
「使える使えへんじゃなくってなぁ」
蒼汰の文句の途中だった。
誰かの携帯の着信が鳴る。藍の顔色が変わった。
不思議に思って振り向くと、それは蒼汰の携帯の音だった。蒼汰の表情も一変し、慌てて電話に出る。
「……はい、梅田です。はい。わかりました。すぐに行きます」
短い会話。蒼汰は電話を切ると、すぐに立ち上がった。
「すまん。ちょっと行くわ」
「おい、いきなり何だよ」
ジャケットを羽織りだす蒼汰に俺は眉を寄せる。蒼汰はサンタの帽子を脱ぐと、生き生きとした顔で
「紅先輩からやねん。俺、車持ってるやん。それで、アッシー君。あ、古い?」
「なんだよそれ」
俺は藍の方が気になって仕方なかった。もしかしたら、あの着信は紅先輩特定のもので、藍は知っていたんじゃないか。知ってなかったにしろ、こんな……。
「外、雪だよ?」
藍が複雑な顔で言った。
でも、すでに心ここにあらずの蒼汰は調子づいた声で
「惚れた紅先輩のためなら、たとえ火の中水の中、雪なんてこのあっついハートで溶かしたるっちゅうねん」
そう言うと、何かに思い当たったのか、手を止め、藍のマフラーに手を伸ばした。
「ちょうどええわ。さっそく使わせてもらうで」
「あ」
蒼汰はそういうとその藍の気持ちを纏い
「じゃ、悪いな。あとは三人で楽しんで〜。メリークリスマス!」
他の女の元へすっ飛んで行ってしまった。
ドアが迷いもなく蒼汰を連れ出し閉じられる。
「蒼汰くん、すごいね」
桃がポツリとつぶやいた。
たしかに、凄い。あいつは、勝ち目の見えない勝負にも突き進んでる。あの紅先輩の事だ、単なる足代わりとして使うような真似はしないだろう。ということはどんな形であれ、蒼汰はそれなりに頼られる存在になるまでこぎつけているんだ。
あんなどうやっても勝てそうにない人を相手に。
「行っちゃった」
そう残念そうに言葉を漏らした藍の目は、今にも泣き出しそうで、その気持ちを横で見ているしかできない自分が悔しかった。




