白い予感 2
自作映画の試写は学園祭当日の早朝に行われた。編集に明け方までかかっていたそうだ。余程根をつめたらしく、それに付き合っていた蒼汰も、監督の部長も、見れた顔ではなかった。
撮影が終わって以来、久し振りに藍と桃の二人と顔を合わせた。気まずかったが、やはり藍は桃を俺の隣に座らせる。
「おはよ」
笑顔を向けてくれた桃に、少しほっとした。俺は同じように笑みを作ると言葉を返した。
試写が始まった。
正直、自分たちが撮った映像がどうなっているのか想像もつかなかった。どこかで、所詮は学生の作品だ。どんなに頑張っても知れている。そう高をくくっていたのだが……。
一時間ほどの作品が終わりエンドロールが流れる頃、俺は言葉を無くしていた。隣をみると、自分たちの作品だというのに藍は涙を浮かべている。それは藍が自画自賛しているのではなくて、それくらい、監督の力があった。
観る者を引きつけるカメラワークと編集に、それをドラマチックに演出するタイミングの合った音楽。なにより秀逸だったのは、何もない景色や沈黙のシーンの間の使い方だった。
それは紛れもなく、神崎川部長のセンスであり、世界だ。
振り返って蒼汰を見た。予想以上の出来に、喜んでいるだろうと思ったその顔は、死人の様に青ざめていた。
試写が終わり、皆、口々に感想を漏らしながら部長を取り囲む中、蒼汰は一人黙って部屋を出て行く。
「おい!」
俺はその背中を追うように廊下に出ると、俺の声に蒼汰は泣き出しそうな顔で振り返った。
「青……」
こんな蒼汰を初めて見た。元気なのが取り柄のこいつが、目に見えて萎んでいる。
「観たやろ、完成品」
「あ、あぁ。すごいじゃないか。頑張ったな。びっくりしたよ」
あんな作品を作っておいて、どうしてこんなにこいつは落ち込んでいるんだ? 蒼汰は自嘲の笑みを浮かべると、首を横に振った。
「ちゃうねん。俺は、何にもしてへん。あれは『神崎川の作品』や」
そういうと拳を握りしめる。
「次元がちゃうねん。説明できひんくらい、あの人は、ほんまの天才肌や。あの人が一本の映画やったら、俺なんて何にも映されへん真っ白なスクリーンや」
「何だよ、それ」
俺は歩み寄ると、肩を落とす蒼汰の情けない姿を見つめた。打ちひしがれた蒼汰の気持ちは完全に折れていた。
「じゃあ、何か? 白旗あげるのか?」
「しゃあないやろ! あんな化け物……到底……」
なんだかわからないが、悔しかった。俺には監督ってやつの仕事内容も役割もわからない。先輩の作品がすごいのも認める。でも、なんだ? 勝負する前から、白旗あげなきゃいけない相手なのか? 半年もの間惚れてた相手を、何もしないで諦めなきゃいけないのか?
「じゃ、紅先輩も見捨てるんだな」
俺はできる限りの冷たい口調で言い放った。俺をすがるように見つめ返す蒼汰を見ないように、腕を組み一年に一度の祭りの幕開けに騒ぎ始める外を見る。
「失望したよ。お前の好きっていうのは、映画にしても女にしても、こんなに中途半端だったんだな」
「そんな事……」
「そうだろ。好きにしろよ。何もしないうちに尻尾巻く負け犬に優しくするほど、俺はお人よしじゃない」
よく言うと自分でも思った。俺自身はどうなんだ。藍に、何にも伝えてない。だけど、振られるのが、避けられるのが怖くて。せめて友達でいれば、会う事はできる。そんな逃げ道まで作って、スタートラインにすら立とうとしていない。本当は、蒼汰にこんなこと言う資格はない。
「青、俺……」
呻くような声。
俺はゆっくり蒼汰を振り返った。奴の頬に先ほどとは違う色が浮かんでいる。
「やってみる。ダメかもしれへん。せやけど諦めたくないねん」
俺は黙って頷いた。そして、ため息混じりに笑みをこぼすと黙って、疲れた友人の背中を軽く叩いたのだった。
学際は二日にわたって開かれる。俺たちのサークルは作品上映のほかに、部費集めのために上映場所で飲み物とポップコーンを売っていた。売り子は交替で担当するが、俺は二日目の午後。初日は適当に蒼汰と学際を見て回り、翌日は担当の時間に合わせて大学に向かった。
やはり、賑やかなのは嫌いじゃないが、渦中にいるのは落ち着かない。少し離れたところで眺めているくらいがちょうどいい。久しぶりにカメラを提げて、あちこちをレンズを通して見て回る。そう、こうやってレンズ越しに人間観察するのが性に合ってるんだ。常に俺は傍観者で、レンズの向こうに写ることはない。
時間になって、店に向かうと桃がいた。
「よぉ。売れてる?」
エプロン姿は、まるで調理実習だ。
桃はほほ笑んで頷いた。そして、胸のカメラに気がつく
「あ、それ」
「ん。これは趣味。暗いだろ」
苦笑いして見せると、桃は首を横に振った。
「私も写真好きだよ。今度……」
少しの逡巡。だけど、すぐに目を合わせ
「今度、青くんの写真見せてくれる?」
「良い、けど」
少し驚いた。あれ以来少し距離を置かれていたから、元のような感じには戻れないと思っていた。桃は周囲を見回すと、俺を手招きする。誘われるままに顔を近づけると、桃はそっと耳打ちした。
「今は妹でもいいよ。そのうち、見直させるから」
俺は、一体どんな顔をしていただろうか。桃を見ると、悪戯が成功した子供のような顔で笑いながら舌を出していた。
学園祭はうちのサークル的には本当に大成功に終わった。評判が評判を呼び、一日四回上映の客席は、初回以降満席。二日目は予定になかった五回目の上映をしたほどだ。塚口先輩から聞いた話だが、部長の作品という事で何人かは映画関係の人も見に来ていたらしい。どうも、部長は一年の時に五分の短編の映像コンクールで大賞をとってから、そっち方面の人達にマークされているって話だった。




