漆黒に沈んだ愚者
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藍は長い間、まるでそこに縛り付けられていた自分と対話するように何かを見つめ、黙っていた。
俺はその背中を見つめながら、思い出す。
自分達が積み上げて来た物が、一瞬で崩れた時の痛みと、虚しさを。あんなにも簡単に、人は人に背を向けられるのかと愕然とした。
それも今では何となく理解できてしまうから、始末におえない。あの頃は白と黒しか受け入れることのできなかった心は、いつの間にか世界は灰色だらけなんだと諦めるようになったのだ。
肌寒く感じる風が、体温を奪っていく。藍が背を向けたままポツリと零した。
「青くんは……蒼汰くんとは仲直りしたの?」
この場に不釣り合いなほど可愛らしい言葉に、俺は苦笑すると
「仲直りも何も、はっきりはそんな話してないけど、あんなに全力で幸せになられたんじゃ、ケチもつけられないだろ」
そう正直に答えた。
後日、車を返したいと連絡してきた蒼汰と東京で会った時、アイツは藍にこれから頭を下げに行くと言っていた。藍は話さなかったがたぶん、それは実行されたのだろう。
結婚式は先輩の方が再婚という事もあり盛大とは言えなかったが、それでも奴の人望か、地元の友人達が盛り上げアットホームで温かなものだった。
その時、紅先輩には両親がいないのを知った。親代わりの祖父母は、奴との結婚に心底安堵しているようで、涙する姿に俺ですら感激しかけた。
年賀状に並んだ、精悍な顔立ちになって来た奴とお腹の大きい先輩、そして二人の元気そうな子どもの顔を思い出す。あの時には想像もできなかった向日葵のような明るい笑顔の紅先輩が印象的だった。
仕事も京都の映画会社のままで、今は念願の制作の仕事をしているらしい。何もかもを自分の手で掴みとったアイツに、今言う事は何もない。
「そうね」
藍はそういうと、深いため息を吐きだした。
静かな空にその過去のわだかまりが昇って行く。
「青くん……」
ようやく藍は振り返ると、寂しげに微笑んだ。
その顔が、あの日の涙と重なった
十年前の卒業式
喪失感と怒りと悲しみ
そう絶望に似たあの想いが
今
蘇る




