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タイムカプセル  作者: ゆいまる
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モノクロな休日 1

 ブランチを終えると、紫は見たい映画があると言って、強引に俺を外に連れ出した。外は晴れてはいたが遠くに黒い雲が見え、季節の変わり目だから仕方ないが、ころころと表情を変えそうな空だった。

「寒いねぇ」

「車で行くか?」

 紫は俺の提案に素直に頷くと、マンションの駐車場に向かった。地下の駐車場には、休日なのに割と多くの車が停まっていて、今日は外出に向かない天気なんだと知らされる。

エンジンをかけるとすぐにセットしていた洋楽がかかる。

「いつもこのアルバムだね。好きなの?」

「換えるのが面倒なだけだよ」

 そう、CDも仕事も、そして女も、満足はしていないが面倒を押してまでどうにかしたいほどではないのだ。まぁ、女の場合は『結婚』になれば話は変わってくるが…。

「青の車に乗るの、久し振り」

「そうだっけ?」

 車を走らせながらの会話は、どこかそぞろになってしまう。それでも紫は気にしていない風で、流れる景色を楽しそうに見ながら

「だって、付き合ってすぐにお父さんに部署変えられて…会えるのは仕事の後か休日だけになっちゃって……。なのに最近は、どっちも時間作ってくれなかったし」

 頬を膨らませる。そういう仕草が可愛いと勘違いしているのが、こいつの痛い所の一つだ。 俺は肩をすくめるとハンドルを切った。そもそも、昨夜、別れ話寸前までいった者同士の会話じゃない。体の繋がりさえあれば、なんとかなるとでも思っているんだろうか。

「今日は、何の映画を見たいんだ?」

 いきなり黙りこくった。

「なぁ…」

 また突発的に機嫌を悪くして、こっちは無視かよ…勘弁してくれ。何が気に食わないのか、紫はむくれたまま窓を開けて風に当たりだした。流れていた曲が終わり、次の曲に変わる。

「…映画やめて…青の母校に行こう」

「は?」突然の提案にブレーキを踏みかける。

「どうして」

「葉書…見たの。結婚式の。大学以来って書いてあった…それで思ったの」

 そんなメッセージ添えてあったか?ろくに見ていなかったから知らなかった。

「青の大学、近くなんでしょ?見てみたい。そして…」

 紫はいつもと全く違う目の色でこちらを振り返った。

「青が苦しいくらいしてた恋の相手の事を、教えてほしい」

 ハンドルを握る手に力がこもった。なんだ、昨夜の事、ちゃんと覚えてやがる。それどころか…。そんな話は高校の話だとか、もともと作り話だとか…誤魔化す方法を考えたが、今の紫の眼はそれを許しそうになかった。

 俺はため息を深くつくと「わかった」短く了承を伝え、高速の入口へと向かった。


 高速を少し走った頃、細かい雨がフロントガラスに落ちてきた。周囲に走る車の影は少なく、静かな空気は硬化したまま車内に空々しく響く洋楽を反射させていた。紫は珍しく黙ったまま外を見ている。怒っているわけでもなさそうだ…どこか寂しげで、遠くを見つめる目。初めてみる表情だった。

 大学を卒業して、地元には戻らずに本社が都内にある企業に就職。紫と出会ったのは本社だったが、付き合いだして配属替えで都心から少し離れたここに来た。だから、母校にすごく近いというわけじゃないが…本社と今の職場くらいの距離で、車なら高速で1時間あればいける。

1時間…短いようで、足をむけるには長い時間…。いや、仮に同じ町でも、あの思い出が多すぎるキャンパスには足を運ばなかっただろう。

 じゃあ、何故、今向かっている?

「葉書の人。知り合いは新婦さんの方だよね?」

 雨に濡れる窓ガラスに映る紫の顔は、無表情だった。

「そうだよ」

 そうだ。きっと、あの葉書のせいだ。あの葉書が、いい加減、けりをつけろと背中を押した。そして、そうするために、俺はあの場所に向かってるんだ。叶いもしない動きもしない願いもしない でも 忘れられもしないそんなどうしようもない足枷のような想いを断ち切るために。

 雨足はさらに強くなってくる。俺はワイパーの速度を早め、アクセルを踏んだ。アルバムが一巡した。紫はおもむろに手を伸ばすと、ラジオに切り替えた。そう言えば、紫は歌詞が分からないから洋楽は嫌いだと以前言っていたような気がする。ラジオからは陽気なDJが形ばかりの雨を憂う言葉を並べながら、少し前の雨にちなんだナンバーをかけた。紫はその曲に合わせて指を窓に弾くと、口の中で歌い始める。

「その曲。何ていうんだっけ」

「タイトルは知らない。ドラマの主題歌だったの」

 すぐに返ってきた返事にはもう機嫌の悪さは感じられなかった。ただ、いつものようなうるさい雰囲気が全く見られないことに、俺は居心地の悪さを感じ始めていた。普段は無駄に明るい紫のペースにうんざりしていたんだが、こうも変わられると本気で具合でも悪いんじゃないかと心配になってくる。

「青は、どんな大学生だったの?」

「普通だよ」

「もてたでしょ」

「彼女は一人しかできなかったし、そんなに続かなかったよ」

 紫は俺の言葉に振り返って笑った。

「私ね、青のそういう所、好きなの」

 意味が分からなかった。

 彼女が一人しかできなくて、しかも続かない。そんな男のどこがいいんだ?

「私ね、今、もてたか聞いたでしょ?」

「あぁ」だから答えた。

「でも、青にとっては、誰に好かれたかが問題じゃないんだよね。青が誰を好きになったか…なんだよね」

 紫は寂しそうな笑顔を浮かべる。

「……だから、私じゃきっとダメなんだよね」

 肯定も否定もできなかった。ドラマの主題歌はサビに入り、俺でも知っているフレーズが流れる。今の俺たちに似合いすぎていて、思わず笑いそうになってしまった。紫はじっとラジオからの曲に聞き入っているようにも見えたし、何かを考えているようでもあった。

一層雨足が強くなり、視界が酷く悪くなる。

「一度、休憩しよう」

 独り言のようだった。

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