ピノの春の休日
春のある日、小人のピノは原っぱに行きました。
今日はお休みの日なのです。ピノが工場で働き始めて1年目の記念の日なので、特別に親方がお休みにしてくれたのです。
「どこかあったかいところにでも行って、のんびりしてこい」
そう言われて、今日一日、ピノはゆっくりとお休みの日を楽しむことにしました。
朝はいつもより少しだけゆっくりと起き出して、顔を洗うと、ピノはお弁当を持って原っぱへ行きました。
原っぱには春の小さな花がたくさん咲いています。
向こうの方には山が見えて、空はとっても青くて、千切れ雲がゆったりと空を泳いでいて、気持ちのいい朝でした。
「ふぅー」
ピノは持って来たお弁当をカバンから取り出して、草の上に置き、自分も草の上に座りました。
「気持ちが良いなぁ」
ピノはお弁当を半分取り出して、パクンとかぶりつきました。
「うーん、おいしい」
と、ピノが一口食べたところで、ピノの後ろから小さな声が聞こえました。
「何を食べているの?おいしそうね」
ピノが振り向くと、そこにはウサギの子どもがいました。いきなりフワフワの塊が近くにいたので、ピノは少し驚いて、それでも笑顔で挨拶をしました。
「やあ、おはよう。僕の朝ごはん、木の実のパイだよ」
「まあ、良いわね。私の朝ごはんはミントのサラダ。一口交換しない?」
子ウサギはサラダを少しピノに渡しました。
「良いよ、はい」
ピノも少しだけパイを切り分けて子ウサギにあげました。
「まあ、おいしい!クルミがとっても香ばしいわね。それにタンポポが添えてあるわ。私の大好物よ。どうもありがとう」
子ウサギはピノからもらったパイを食べると、大喜びで行ってしまいました。
子ウサギに貰ったミントのサラダを食べながら、ピノが
「やあ、これは美味しいなあ」
と、言った時には子ウサギはもう行ってしまった後でした。
朝ごはんを食べ終わると、ピノはごろりと横になりました。
空を見ると、春の抜けるような青空に雲がフワフワと流れています。
「おさかな・・・ひつじ・・・さくらんぼ」
雲の形はくるくると変わって、色んな姿を見せてくれます。ピノは空を見ながら、ゆっくりと形を変える雲を楽しんで眺めていました。
その時、ピノの背中に何かがコツンと当たりました。
「あれ?」
と思って起き上がると、地面からモグラが顔を出していました。
「おやまあ、そんなところに寝転んで」
モグラはびっくりしているみたいです。
「ごめんよ。空を見ていたんだ」
ピノが言うと、モグラはふんふんと鼻を動かしながら、地上に出てきて、そして、ピノに言いました。
「すまないが、これを持っていてくれないかね?」
モグラは細い紐をピノに持たせました。
「これ、なあに?」
「目印の紐さ。ここにトンネルを掘っているからね。入口から次の角までの目印を付けなきゃならん」
「ふうん」
モグラは忙しそうに地面に潜っていきました。そしてピノの持っている紐を時々ピクピクとひっぱりました。
少しすると、モグラがまた出てきました。
「ありがとう。助かったよ。もう離して良いよ。じゃあな」
と、ピノにお礼を言って、また地下に潜って行きました。もうここでの仕事は終わったようです。
「どういたしまして」
と言った時にはもう、モグラは行ってしまった後でした。
ゆっくりゆったりと時間は過ぎて行きます。
ピノは空を見たり、花を見たり、風を感じたりしながら気持ちの良い午前中を過ごしました。
お日様が一番上に来ると、お昼の時間です。
ピノは鞄から残りのお弁当を出して食べることにしました。
「いただきまーす」
と、口を開けたところで、ピノの頭上が一瞬翳りました。空に何かが飛んで、太陽を隠したのです。
ピノが上を向くと、空に赤い鳥が飛んでいるのが見えました。
あれは、ピノの友だちのヒノです。
「おーい、ヒノー!」
ピノは立ち上がり、大きな声で呼びかけながら大きく手を振りました。
空から見れば、原っぱにいる小人のピノなどほとんど見えないと思うでしょう?だけど、ヒノはとっても目が良いのです。それで、ピノに気づくと空を大きく回り込んで、原っぱのピノの前に降り立ちました。
「ヒノ!」
ピノはヒノの赤い熱い首に抱きつきました。いつもこうして挨拶をするくらいとっても仲良しなのです。
「ピノさん、こんにちは。今日はお仕事は?」
ヒノは配達の途中なのでしょうか。背中に四角い箱を載せていました。
「今日はね、お休みをもらったんだ。ヒノは?」
「私は配達の途中です。もう朝からずっと飛んでいるのですが、あと半分くらい頑張らなければ」
「それは大変だね。お昼ご飯は食べたの?」
「そういえば、まだ食べていません。ちょうどいい、ご一緒に食べましょうか」
そう言って、二人は並んでお昼ご飯を食べることにしました。
仲良しの二人は、たくさんのお喋りをしました。住んでいる森の葉っぱのことや、春のお話し。冬眠から起きた友だちのことや仕事のこと、色んな事を喋っていると、いつの間にかお弁当は食べ終わっていました。
「ああ、食べたら僕、眠くなっちゃったよ。お昼寝しようかな」
「そうですか。では、私も少しだけ」
二人で原っぱにゴロンと転がって、お昼寝をしました。
だけど、ヒノは配達の途中です。すぐに目を覚ましました。
「ピノさん、私は行かなけりゃなりません」
「うーん・・・」
「ピノさん?じゃあ、行きますね?」
ピノが起きたときには、ヒノはもう配達に行った後でした。
ピノのお腹に、ヒノの赤い羽根が一つ乗っていました。
しばらく昼寝をしてから、ピノは目を覚ましました。少し風が出てきました。
「はわわわわ、良く寝た」
大きく伸びをして辺りを見回すと、原っぱで寝ていたのがなんだか可笑しくて、ピノは少し笑いました。
それはそれは、気持ちよくお昼寝ができたのです。
その時、強い風が吹きました。
「うわあ!」
原っぱの向こうから何かが飛んできて、ピノの顔に張り付きました。
「なんだ、コレ?お花?じゃないなぁ」
ピノの顔に飛んできたのは、お花の形をした可愛らしい帽子でした。
ピノが帽子をしげしげと見ていると、原っぱの向こうから女の子が駆けてきました。
「帽子、帽子!私の帽子!」
どうやらこの帽子は、その女の子の帽子のようです。
ピノは立ち上がると、帽子を持って走って届けてあげました。
「はい」
「まあ、私の帽子!あなたが捕まえてくれたのね。どうもありがとう」
女の子の顔は、目がクリクリしていてとっても可愛らしい顔でした。ピノが見惚れていると、女の子はギュっとピノに抱きついて
「ありがとう」
と言って、それからチュっとほっぺにキスをしてくれました。
「!?」
ピノがボーっとなっていて気が付くと、もう女の子は行ってしまった後でした。
あんなに可愛い女の子が、ありがとうって言って、ギュ―ってしてチュってしてくれた。ピノはほっぺに手を当てながら、フワフワな気持ちになりました。
気が付くと、もう夕方になっていました。
少し風が冷たくなり始めていて、お日様も向こうの山に隠れようとしています。
その時、向こうから声がしました。
「おーい、ピノ―」
兄弟子のポンの声でした。ピノを迎えに来たのです。
「ピノ、もうすぐ日が暮れるから、もうお帰り」
「うん」
ピノは鞄を持つと、ポンの方に駆けて行きました。
「お帰り、ピノ。今日は楽しかった?」
「うん」
ピノとポンは並んで帰り道を歩き出しました。
「一日、何をしていたの?」
「え?何にも」
ピノが答えると、ポンは笑いました。
「クスクス。何にもしないでずっと原っぱにいたの?ピノらしいなぁ」
「すごおく、楽しい一日だったよ」
「それは良かった」
ポンに頭を撫でられて、ピノとポンは親方の待つ工場へと帰って行きました。
おしまい