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空いた時間で遊ぶわけにもいきませんので。

 「『誰にも知られずに』ってなると、夜の方が都合がいいですねぇ。半日ばかり時間潰しておいてくださいよ」とエッドが言ったので、エリシュカはアシュフォードの執務室に付属している仮眠室で夜までを過ごすことにした。どちらにせよ、アシュフォードに頼んでいたものの検分もあったのでちょうどよかったというのもある。


 アシュフォードは若干渋い顔――というか微妙な顔をしていたけれど、かと言って他に行く当てもない。もとい、家に戻るのは面倒なことにしかならないだろうし、新たに居場所を確保するのも手間なので仕方ない。


 「シュカちゃん、わかってる? 仮眠室だよ、仮眠室」と念押ししてきたアシュフォードには、「『何か』するつもりも起こすつもりもないなら問題ないでしょう。これでも信頼してるんですよ」と告げて黙らせた。

 アシュフォードが相手であり、こんな状況だからこそ、良家の子女にあるまじき行動をしているのであって、それ以外の場面でそんなに軽率な真似はしないというのに、アシュフォードは心配性だとエリシュカは思う。



(そもそも、私がアシュフォード様の仮眠室にいるなんて、他の誰にも知られないでしょうに)



 軽薄なふうを装っているくせに貞節には煩い人よね、などと考えていたら、あらかじめアシュフォードと取り決めた通りに扉が叩かれた。それに返事をして、アシュフォードを招き入れる。

 本来の部屋の主と立場が逆になっていることに妙なおかしみを感じるが、そうさせたのはエリシュカ自身なので口にはしない。



「とりあえず、私が持っている『異世界もの』の少女向けの恋愛小説はこれだけだけど……、あれ、なんかさっきまで無かったはずの本が山積みになってるように見えるんだけど」



 一抱えほどの本を手に入ってきたアシュフォードは、簡易机に積み上げられた本を目にしてわずかに顔をひきつらせた。

 その反応は妥当なものだったので、エリシュカも用意していた答えを返す。



「私の方の協力者に買ってきてもらいました。今流行りのものを適当に」


「見事に私が持ってない本ばかり揃ってるのが少しばかり恐ろしくもあるけど、深く考えないことにしておくよ。……それで、これ、どうするんだい? 暇つぶしに読みたい、ってわけじゃないんだろう?」


「ええ。――あの馬鹿レナクのことだから、『異世界の少女』に接触する際に、馬鹿真面目に『異世界もの』を参考にしたんじゃないかと思って」



 手にしていた本の一頁――黒髪黒目の少女を、美々しい容姿の騎士が口説いている挿絵――を示しながら告げる。



 俗に『異世界もの』と呼ばれる本――異世界の住人が、自ら生まれ育ったのとは別の世界に、経緯はどうあれ訪れて、その世界であれやこれやの事件に巻き込まれるなりなんなりしながら生きていく――或いは最後には元の世界に帰る――そういう物語を綴った本というのは、異世界から『引き寄せられた』一冊の本が元になって流行したものである。


 エリシュカは魔術師ではないので詳しい原理は知らないのだが、魔術を行使する際に、異世界のものが『引き寄せられる』ということが往々にして起こるらしい。

 どの魔術でも、というわけではなく、一定以上の規模の魔術であれば起こる、というわけでもなく、法則については未だ不明らしいのだが、ともかくも、そういう事象が起こることは事実で――その本も、まだ大衆娯楽としての書物が確立していない頃に『引き寄せられた』ものらしい。

 その、当時としては画期的な物語にいたく感銘を受けた当時の流行作家が、その物語を模した作品を次々に生み出し、それが大衆に受け、一大類型ジャンルを形成した――というのが大まかな流れであり、現在においては、その元の本と同じように書物として流通している。

 元になった異世界の本が女性向けの恋愛小説だったからなのか、特に人気が高いのは、少女を主人公とした、訪れた先の身分の高い男性と恋に落ちる系統の物語である。

 エリシュカがエッドとアシュフォードの手を借りて集めたのもその類の物語だった。


 エリシュカの言葉を受け、挿絵を眺めたアシュフォードは「なるほど」と頷いた。



「それは如何にもありそうだ。……協力を拒否した時点で頭数から抜かれてしまったから、詳しいところは私も知らないのだけど。私がレナクに協力していた場合、求められる役割はそういう類のものだったみたいだから、当たらずとも遠からずだと思うよ」



 つまるところ色仕掛け要員だったと自ら言っているも同然だが、アシュフォードはそれ自体に思うところはないようだった。ある意味では、自身の他者からの評価を正確に認識していると言えるだろう。

 だからこそ、エリシュカはひっかかるものがあった。そもそも、色仕掛け要員としてアシュフォードを引き入れようとしていたというのなら――。



「……じゃあ、誰が代わりをやったんでしょう。こういうの、向いてる人ってアシュフォード様以外にいないような気がするんですけど」


「自覚はしていても、シュカちゃんにそういうのが向いてると思われているのはちょっとばかり微妙な心地になるな……。でも、そうだね、目的のために手段を選ばないところを見るに――ああ、あと巷に流れていた噂を考えるに、レナクが担当したんじゃないかな。少なくともスヴェンじゃあないだろう」



 確かに、とエリシュカは思う。スヴェンとの数少ない関わりの中で窺い知れた人となりからして、彼が『異世界の少女』を口説くような真似ができる人間だとは思えなかった。

 集めた本を見るに『王族』『騎士』あたりが恋愛の相手役である確率が高いところからしても、レーナクロードの方が適役と判断した可能性はある。


 執務に戻るというアシュフォードを見送って、エリシュカは唐突にレーナクロードから告げられた婚約解消の意味を改めて考える。



(……レナクが『異世界の少女』を口説くような真似をしていたとして。だから、あんな噂が流れたのだとして。それなら、婚約解消を言い出したのは、最後のけじめだった、って考えた方がよさそうね)



 最低最悪クズ野郎も真っ青の所業を為しているに違いない元婚約者の顔を思い浮かべて、思わず漏れそうになる溜息を呑み込む。


 エリシュカを眠らせていた魔術の存在、その依頼主がレーナクロードだったこと、異世界の少女を連れて旅に出た後の動向――それらから推測を導きだした時点でわかってはいたものの、本当に馬鹿だし最低だし勝手極まりない所業だと思う。しかし、それがエリシュカ自身の事情・・・・・・・・・・に起因している以上、見て見ぬふりはできないし、止めるのが自分の責務だろう。


 その結果がどうなるのか――それを知ることができるかもしれない邂逅まで、とりあえずは『異世界もの』の物語の類型調査でもしていようと、エリシュカは次の本に手を伸ばした。



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