十二月二十三日③
十二月二十三日③
最初はウィンドウショッピングから始まった。それも女子同士が女子の服を眺めているだけだった。面倒だったし、確かに居場所はなかったが、それでもその時間帯はまだ平和だった。本当の地獄はここからだった。
「成瀬君、ちょっとこっち来て」
「成瀬さん、こんなのはどうですか。似合うと思います」
と、二人が交互に服を持ち寄っては、俺に合わせてあーでもないこーでもないとやり始めた。開始直後から、俺のヒットポイント・メンタルポイントは確実に目減りしていった。特に精神疲労がひどい。こうして二人からいろいろ注文を受けるだけでも十分辛かったのに、周囲の人間から奇異の目で見られるのが、本当にいたたまれなかった。店員も二人の迫力の前に、遠巻きに見ているだけだった。
考えてもみろ。一人の男子が、二人の女子から洋服を選んでもらっているのだ、そりゃ気になるだろう。しかも当然そこはメンズショップであり、男子のほうが圧倒的に多い。そんな中で女子二人と一緒にいるのは、何しろ注目度抜群だった。にもかかわらず、視線を気にしていたのは俺だけで、岩崎と藤村は全く意に介さず、真剣にただ洋服を選んでいた。こりゃ、骨が折れるな。
「ところで、」
もうすでに何件の店を回っただろう。俺は精神的にぐったりしていたのだが、手に入れた洋服は未だゼロ。耐えられん。いったい何の拷問だ、これは。
「何?岩崎さん」
精神的な疲労が身体にも影響を及ぼし始めていたため、俺は一時中断して、休憩しよう、と申し出ていた。そのため、現在は近くの喫茶店に来ている。入ってから今まで、俺の目の前で楽しそうに会話に花を咲かせていたのだが、岩崎が唐突に話題を変えたのだ。
「藤村さんは、成瀬さんにどんな服を着てもらいたいんですか?コンセプトとかあるんですか?」
「ちょっと待て」
俺は思わず口を挟んだ。さすがに一言言わせろ。
「それは最初に確認しておくことだろう。あんた、どういうつもりで服を選んでいたんだ?」
「え?私はただ、成瀬さんに似合いそうなものをピックアップしていただけですが」
あー、そうですか。そりゃ痛み入りますね。
「うーん、あまり具体的なものはないけど、しいて言うなら、」
言葉を区切ると、
「大人っぽく見える服、かな」
「…………」
またしても、あれだ。言った直後、藤村は悲しそうに微笑んだ。それは何か思い出したような、懐かしいような、寂しいような、そんな表情だった。しかし、それも一瞬で霧散してしまう。
「大人っぽい、ですか」
「うん。私年上のほうが好みなの。今回の件を麻生君じゃなくて、成瀬君にお願いしようと思ったのは、成瀬君って大人っぽいからなんだ」
岩崎に向かって話す藤村は、もう普通に戻っていた。一体何なんだ。意識的にやっているとは思えない。しかし、無意識とも思えない。そんな矛盾を抱えた感覚が、俺の混乱を加速させる。
「それって、成瀬さんがタイプ、ということですか?」
「え?あはは。何だか今日の岩崎さんはやけに好戦的だね。何か珍しいね」
「そ、そんなこともないと思いますけど……」
再び岩崎と話し始めてしまったせいで、もはや先ほどの雰囲気は跡形もない。これでは探りようがないし、考えたところで答えは出ないだろう。俺は諦め、二人の会話に耳を傾けることにした。
「成瀬君って整った顔立ちしているし、感情あまり表に出さないし、いつも冷静で落ち着いている感じだし。見た目が大人っぽいっていうよりは、行動とか雰囲気が大人っぽいよね」
俺の場合、冷静で落ち着いているというより、感情表現が豊かじゃなく消極的というだけなのだが。
「成瀬さんが、大人っぽいですか?私は考えたことありませんね」
「大人っぽいよ。だって昨日から今日にかけて私、かなり成瀬君にむちゃくちゃ言っているけど、成瀬君は怒るどころか文句一つ言わないし。かなり寛大で包容力があると思うけどなぁ」
それはただ慣れているだけだな。俺の周りには、自分勝手なやつが多いから、この程度でいちいち異議を申し立てていては身が持たない。それに、一応腹は立てるぞ。ただ、表には出さないがな。それにしても、
「そんな風に言われたのは初めてだな」
全部が全部、正確な評価ではない。藤村が俺のことをあまり知らないから、そう見えるのではないか、という気もしないではない。しかし、それを考慮しても、大人っぽい、などと言われたことはなかった。
「そうなんだ。でも、結構みんな思っていると思うけど」
何を以て、みんな、と言っているんだろうな。ま、だとしてもあまり俺自身に特別な感情はないな。というか、この年で、大人っぽい、という言葉はどういう風に受け取ればいいんだろうな。
「これは褒め言葉、として受け取っていいのか?」
「うーん、どうだろうね」
苦笑して返事を濁す藤村。何だか面白くなさそうな顔をしている岩崎。さて、俺はどんな表情をしているのかね。
「さて、そろそろ後半戦を始めましょうか。あまり時間もないしね」
昨日からずっと藤村のペースで進んでいる気がするな。これがいいことなのか悪いことなのか、俺には判断つかない。