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十二月二十三日②

十二月二十三日②


「じゃあこれから成瀬君の勝負服を買いたいと思います」

 開口一番、宣言した。高らかに。朗らかに。そして堂々と。

 現在午後一時。俺は近くで一番大きな繁華街に来ていた。高校生や大学生が服を買いに行くと言ったら、たいていここに来る。買い物だけではなく、暇をつぶすにうってつけのものがあらかたここに集まっている。そんな場所だ。

 ストーカーのことについて尋ねると、たくさん人がいるところのほうが怖くないらしい。それに今日は俺と岩崎が一緒にいる。一人でいるのと、誰かと一緒にいるのとでは気持ちがだいぶ違う。誰かと一緒にいるだけで、気持ちが落ち着くらしい。

 それにしても、

「勝負、服だぁ?」

「うん。成瀬君が明日着ていく服を買うの」

「服くらい持っているぞ」

「ダメ。私が私の好みでコーディネイトするから」

 しかし、言いたい放題だな。昨日俺に土下座をしていたのは、どこのどいつだ。失礼にもほどがあるぞ。今から断ってやろうかな。

「な、成瀬さんはそこそこ服のセンスいいですよ。今日もほら」

 それはフォローなのか?するならもっとはっきりフォローしてくれよ。確かに、俺はそこそこ止まりかもしれないが。それにしても、

「わざわざ服を買わなければいけないのか?」

「うん。やるからには完璧を目指したいからね。妥協して、目標に到達できなかったら、カッコ悪いでしょ」

 あんたはそうかもしれないが、俺は欲しくもない服を買わなきゃいけないわけだぞ。別に藤村のセンスを疑うわけではないが、およそ俺の趣味から外れたものを買わされたら、俺はたった一度着るためだけに大枚をはたかなければいけないんだぞ。

「ま、心配しないでよ。必要経費は最低限に抑えるつもりだし、成瀬君に似合うものを買うつもりだから。何だったら、私が払ってあげてもいいし。依頼料ってことで」

 そこまでしてもらうと、さすがに申し訳ない気がする。いや待て。俺が遠慮する必要はないだろう。なぜなら無茶な要求を無理やり通しているのは、藤村のほうなのだからな。今回の件、被害者と呼べるのは間違いなく藤村なのだが、俺も立派に被害者だろう。こうなりゃ、本当におごってもらおうかな。

「それには及びません」

 俺がやけになろうとしたとき、岩崎が口を挟んだ。

「我々は商売でなく、部活動ですから。料金をいただくわれにはいきません。金銭面で問題があったときは私が出します。藤村さんにそこまでしていただくわけにはいきませんから」

「だからってあんたが払う必要もないだろう」

「それは必要経費ということで、部費から出しましょう。悩み解決に必要なものですから」

 確かにそうだが、さすがに個人的なものを買うのはまずくないか?しかも、必要機器や消耗品ではなく、一部員の洋服だぞ。いいはずがない。

「やめてくれ。俺は横領罪の共犯にされたくない」

「で、では私のポケットマネーから出します!」

 何をむきになっているんだろうね、こいつは。藤村に変な対抗心でも燃やしているのだろうか。本当に何でもかんでも熱くなるやつだな。

「あー、クリスマスプレゼントってやつだね。成瀬君も隅に置けないな」

 からかうように、弾んだ声で入ってきたのは藤村だ。

「べ、別にそんなことは考えていませんよ!藤村さん、変なこと言わないでください!」

 岩崎も十分おかしなテンションだが、藤村は藤村で妙なテンションだな。いまいちつかめないやつだよな。どれが本音でどれが戯言なのか、分かりにくいことこの上ない。とにかく、

「もう抵抗することは諦めている。買わなければいけないなら、自分で買う。誰かに出してもらおうなんて考えていないから安心しろ」

 潔いね、なんて適当なセリフを返すと、藤村は先頭を切って歩き出した。その後を追うように、岩崎と俺が歩き出す。

「成瀬さん」

 隙をついて、岩崎が話しかけてくる。前にいる藤村には聞こえないような小声で。

「分かっていますか。これはデートではありませんよ。ちゃんと藤村さんの真意を探って下さいよ」

「分かっている。デートは明日だからな」

「成瀬さん!」

 冗談だよ。怒鳴ることないだろう。こいつは本当に冗談が通じないやつだな。面白味のないやつだ。

「どうしたの?ケンカしちゃダメだよ」

 さすがに聞こえてしまったらしい。適当に手を振って誤魔化す。藤村が再び前を向いたとき、ほら見ろ、と目で訴えると、

「誰のせいだと思っているんですか。反省して下さい」

 そっくりそのままお返ししたいね。

「言っておくが、どっちかというとあんたのほうがおかしなテンションしているからな。俺は至って普通だ」

 俺が言うと、岩崎はまたしてもむっとした表情になった。こりゃ、どうしようもないな。岩崎が何か言う前に、先んじて口を開く。

「とにかく落ち着け。こうしてこそこそするのはこれで最後にしよう。何か気になることがあったら、解散した後で話す。緊急性があったり、いてもたってもいられなかったりしたら、メールしろ。いいな?」

 あからさまに不満そうだったが、とりあえず、

「分かりました」

 と了承の言葉を聞くことができた。

岩崎との密談を終えると、歩くペースを速めて藤村に追いつく。

「どうしたの?なんかあった?」

「いいえ。別に」

返す岩崎は、明らかに何かありそうだった。その不機嫌そうな表情を止めろ。しかし、藤村はそんな岩崎の態度など意にも返さずに、

「二人は本当に仲いいよね。羨ましいよ」

 などと適当極まりない言葉を吐いていた。羨ましがられても嬉しくないね。


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