十二月二十三日①
十二月二十三日①
「あの人、絶対何か隠しています!」
翌日、俺は自宅にいた。昨日、脅迫に負けた俺は、今日と明日に予定が入っている。今日はまだ自宅にいるが、午後一番で出かけなければならない。やれやれ。
「成瀬さん、聞いてますか?聞いているんですか?」
「ああ」
ばっちり聞いているよ。うるさいくらいだ。
さて。ここは間違いなく俺の自宅だ。しかし、俺以外に誰かいるのも、気のせいではない。もはや紹介もいらないだろう、岩崎である。
「ところで、なんであんたがここにいるんだ」
俺は許可した覚えもないし、約束した覚えもない。にも拘らず、こんな朝早くからアポなしで来やがって。迷惑というものを考えないのか、この女は。
「別にいいじゃないですか。私だって、今日のお買い物に付き合うわけですから」
質問の答えになっていないぞ。
岩崎の言うとおり、今日の午後は買い物であり、それには岩崎も同行することになっている。ちなみに何を買うのかはまだ聞かされていない。何しろ、昨日は気まずかったし、あのあとすぐに解散してしまったから、そんなことを聞く暇がなかった。とりあえず今日の集合時間だけ決めて、さっさと帰ってしまった。
「それにしても、成瀬さんは本当にお人好しですね。それにヘタレです」
ほっとけ。あんただって、ずいぶん同情していたじゃないか。俺より先に屈していたのはどこのどいつだ。
「土下座したあいつをそのままにして、下校した方がよかったとでも言うつもりか?」
「そんなことしたら、私が張り倒しますけどね」
どっちなんだよ。
「それは置いといて、です。藤村さんは何か隠していますよ。嘘ついているのは確実です。でなければ、あそこまで必死にならないです。成瀬さんに土下座してまで、恋人役を頼みこむのは、おかしいです。あり得ません!驚天動地です、青天の霹靂です!」
分かったから、落ち着け。俺もそれは感じている。
「何か隠しているのは確実だな。それが何なのかは、まだ分からないが」
「どうするんですか?」
「どうするも何も、とりあえずあいつの言うとおりにするしかないだろう。まだ何も分かっていないんだし、約束してしまったし」
警戒しつつ、あいつに同行するしかないだろう。もしかしたら俺たちの杞憂かもしれないわけだし。何も分かっていない段階で行動するのは、さすがにリスクが高い。それに、何か隠しているということも、根拠は薄い。まだ勘の域を出ないレベルだ。
「藤村が俺たちに危害を加えることはないだろう。何か隠しているかもしれないが、俺たちには無害かもしれない。とりあえず様子を見よう」
俺が慎重論を唱えると、
「成瀬さん、昨日とは打って変わって藤村さんに優しいですね。ひどい言葉で罵倒した挙句、土下座までさせて悦に浸っていたくせに」
「誰の話だ、それは。勝手に人を悪者にするんじゃない」
誰が悦に浸っていた、だ。俺は女子に土下座させて悦びを感じるような性癖は持っていない。人聞きの悪いことを言うな。
「本当のことじゃないですか。かわいそうだと思わないんですか?あんなに真剣にお願いしていたのに、ろくに事情も聞かず無下に断ったりして。成瀬さんには日本男児としての矜持はないんですかっ!」
「あんたさっきから言っていることめちゃくちゃだぞ。支離滅裂もいいところだ」
とりあえず自分の意見をはっきりさせてからしゃべってもらいたいね。
「成瀬さん、本当に気を付けてくださいね。女性だからと言って甘く見ていると、あっという間に寝首を掻かれますよ。今時の女子高生は、護身用として武器を持ち歩いていますからね」
そりゃあんたのことだろう。
「肝に銘じておく。今度からはこうして簡単に自宅にあげるのは控えよう」
「な、成瀬さん!私は真剣に言っているんですよ!茶化さないで下さい!」
分かっているよ。いちいち目くじら立てないでくれ。ちょっとした冗談だよ。
「ここで真剣に話し合っても答えは出ない。警戒はするとして、結局のところ出たとこ勝負だろう」
「それはそうですけど……」
ここまで言っても、岩崎は不満そうだった。一体こいつは何がしたいんだろうな。朝っぱらからうちに来たのも、藤村のことが不安だったからだろう。さっきは適当にごまかしていたが、おそらく忠告しに来た、というのが本音だろう。本当に心配症でおせっかいなやつだ。
「とにかく、今日は行く。おそらく何も起きねえよ。起きたとしても大丈夫だ」
「まーた適当にそんなこと言って。何を根拠に大丈夫だと言っているんですか?」
「今日はあんたも同行するんだろ」
「っ!」
さしもの岩崎も、この発言には驚いたらしい。とっさに言葉が出てこない。よほど予想外の言葉だったのだろう。フリーズしてしまった。
「あんたがいるなら、きっと大丈夫だ」
「あ、うぅ……」
どうにか言葉を絞り出したが、それは言葉になっていない。代わりに、見る見るうちに赤面した表情が、その胸中を語ってくれた。
「面倒事にはもう巻き込まれているんだ。だったらあとは、いかに被害を増やさず、速やかに解決するか。これにかかっている。疑うのはいいが、疑いすぎると二の足を踏んで動けなくなってしまうぞ。適度にリラックスしていこう」
言って、俺はコーヒーメーカーを作動させた。集合時間まで、まだ時間はある。