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十二月二十二日③

十二月二十二日③


「ストーカー被害?」

「うん」

 話を聞いてみたら、こんな話だった。しかし、話の流れが全く読めないな。

「それで、どうして成瀬さんと、その、デートすることになるんですか?」

 岩崎も同じことを考えていたようだが、

「まあまあ、落ち着いて。それはこれから話すから。だからそんなに怖い顔しないで」

「えっ」

 私そんな顔をしてましたか、という感じで両の掌を両頬に当てて黙り込んだ。何か今日の岩崎はいつもより感情の起伏が激しい感じがするな。藤村に終始ペースを握られている感じだ。珍しい。

 事の発端は、今年の夏ごろ、藤村の下駄箱に投函された一通の手紙である。送り主は不明。最初は、『藤村のこういうところが好きだ』『こんなしぐさが好きだ』などという内容だったらしいのだが、そのうち遊びに行った場所やらその日の食事やら、購入したものの内容など、普通では知りえないことを詳細に書いた手紙に変貌を遂げていったようなのだ。気味が悪いと思いながらも、無視することしかできず、友人にも相談しなかったらしい。しかし、学校の下駄箱だった手紙が、自宅のポストに届くようになった今、さすがに我慢できず、行動を起こすに至った。

「今ではケータイにもメールや電話が来たりするの。だから、さすがに怖くて」

「それは怖いですね。それで、どうしましょうか。では今回の場合、ストーカー被害の解決、というのが依頼というわけですね?」

 それは俺でも怖いと思うね。住所といい、電話番号といい、メールアドレスといい、どうやって入手したのだろうな。怪しいのは友人だが、もちろん心当たりはないだろう。

 それにしても、こりゃ面倒な依頼だな。ストーカー被害をなくす?いったい何をすればいいんだろうな。会って、説得すればいいのか?ストーカーするほど入れ込んでいるやつに、他人の説得できるのだろうか。警察だってこの手の事件は着手しにくいと思うし、第一ストーカーに目星はついているのだろうか。ついていないならもう不可能だと思っている。もう止めたほうがいい気がする。はっきり断るべきだな。

 と思っていたら、杞憂で終わった。

「あー、それで最初の話に戻るわけだけど、」

 あぁ、そういう風に落ち着くわけか。俺の懸念は杞憂に終わったわけだが、ちっとも嬉しくない。むしろこういう風につながってしまったことに、果てしない不安を覚える。結論から言うと、

「付き合っている人がいれば、相手は諦めると思うの。だから、明後日のクリスマスイブの日に、デートして、ってお願いしたわけ」

「なるほどね」

 姫も得心した様子。確かにつながりはしたが、納得できないな。それは、岩崎も同じだったようで、

「そういうことですか。ですが、その方法でうまくいくでしょうか?」

 俺もそう思うね。果たして、それが名案なのか。はなはだ疑問だね。それで本当にストーキングを止めるのかね。恋人がいるかどうかなんて、ストーカーは気にしないと思う。何となくだが。

「まあ絶対うまくいくとは言えないけど、とりあえずこの手段で行こうかな、って思って。他に何かいい作戦があれば聞くけど」

 否定するなら、何か代替案を考えなければいけない。いけないとは思うが、

「そ、それなんですよね……」

 そう簡単に思い浮かばない。それだけの手紙があるなら、警察を動かすことができるかもしれないが、本人は嫌そうだ。そんなことを言っている余裕はないと思うのだが。俺たちがホシを捕まえることができれば、話は別だ。それを考えれば、誰かが彼氏役を演じて、さらに尾行でもすれば、尻尾を捕まえることができるかもしれない。

「私もこれが最善の策だとは思わないけど、とりあえずうまくいく可能性もあるでしょ?こうなったら意味がありそうなことを片っ端からやっていくしかないと思うの。数打ちゃ当たるってね」

 確かに、この一回で解決する必要はないのだ。失敗したらゲームオーバーというような追い詰められた状況ではない。むしろ、こうして藤村が行動を起こすことで、不利になっていくのは相手のほうだ。

「わ、分かりました。この作戦を決行する意味については理解しました。確かに効果があるかもしれない。そういう意味ではやる意義があるかもしれません」

「そ。分かってくれて、よかったわ。それで、成瀬君はどうかな?」

 俺も岩崎同様、言っていることは理解できた。一撃で仕留めるつもりがないのなら、この方法は一度試してみても損はないかもしれない。しかし、そんな論理的な問題以前に、俺には問題がある。それは、

「なぜ俺に頼むんだ?」

 俺から言わせれば、ここが一番の疑問である。自慢じゃないが、俺はこいつの顔は分かっても、名前は知らなかった。藤村は俺のことを知っていたようだが、今日初めて会話を交わしたことには変わりない。

「もっと信頼できる相手を探したほうがいいんじゃないか?同じ部活なりクラスなりに、仲のいい男子がいるだろう。少なくとも、俺に頼むよりは信頼できるんじゃないか?」

「そ、そうです!わざわざ成瀬さんに頼む意味が分かりません。普通だったら、絶対に成瀬さんなんかには頼みません!頼む理由がありません!」

 援護射撃してくれるのは助かるのだが、そこまで言う必要はないんじゃないか?俺が言っているのは、親しい人間ではなく赤の他人に頼むのか、ということだ。対して、岩崎が言っているのは親しかろうとなかろうと俺には頼むこと自体が間違っている、と言っているように聞こえる。確かにそれほど頼りになるとは自分でも思っていないが、そんなにはっきり否定されると、さすがに傷つくね。

「確かに成瀬君のことはほとんど知らない。噂くらいでしか聞いたことないけど、」

 言葉を切ると、

「親しい人にはこんなこと頼めないから」

 またしても、藤村はとても悲しそうな顔をした。今にも泣きだしそうな、そんな表情だった。しかし、それは一瞬で消えてしまい、雰囲気すらかき消した。

「だって、親しい男子にそんなこと言ったら、勘違いされそうじゃない?私は異性間の友情なんて信じてないし、仲いい男子に『デートして』なんて頼めないよ」

「い、言われてみればそうですね……」

「確かに勘違いされそうね」

 女子の間で共通理解であるらしい。ま、全員が同じことに対して納得しているとは思えないが、とりあえず俺の抗議は一瞬で一蹴されてしまったようだ。

「その点、成瀬君は勘違いしないでしょ?それとも『もしかしてこいつ、俺に気があるのか?』とか考えちゃった?」

 そんなこと考えるはずがないだろう。俺はそんなに自意識過剰でも自信家でもない。

「俺はよく知りもしない人間に相談するという考え自体が理解できないのだが」

「むしろ知らないから相談できるってこともあるんだよ」

 あるらしいな。でなけりゃ、TCCに相談事が持ち込まれるはずがない。ま、それは置いといて、

「あんたの言い分は、一応理解した」

全てを理解したわけではないし、正直納得はできないが。

「そう。分かってくれて、よかったわ。それじゃあ、返事を聞かせてもらえるかな?」

 俺には口に出す必要性を感じないのだが、聞かれたので返事をしよう。

「却下だ。この件、謹んでお断りする」

 当然だろう。俺がこんな面倒極まりない仕事を受けるわけがない。今聞いているだけでも、すでに面倒だ。

「……理由を聞いてもいいかな?」

 理由も何もないだろう。

「簡単に言うと、面倒だから」

「ちょっと、成瀬さん。それはあんまりだと思います」

 そうは言ってもな。

「他人の恋愛に口出して、楽しいわけがあるか。関わらないで済むなら、関わらない方がいいだろう」

 俺にとって、これは当たり前のことだ。わざわざ説明する必要があるのか。

 今までも結果的に他人の恋愛に介入したことはある。しかし、人の恋路を邪魔したことはない。しかし今回の場合は間違いなく、邪魔をすることになる。馬に蹴られることはないかもしれないが、誰かに蹴られて死んでしまう可能性もある。それに、

「相手の真剣な気持ちに対して、嘘で答えるなんて賛同できないね。少なくとも、関わりたくない」

 きれいごとかもしれない。事実、ストーキングするようなやつに、こんなきれいごとを言う必要などないのかもしれないし、きっぱり断っても諦めてくれないから、こうしてストーカーになっているのかもしれない。それでも俺は真剣な思いには、真剣な思いで答えるべきだと思う。

「成瀬さん、おっしゃることは分かりますが、相手は藤村さんの気持ちを考えていないからこそ、ストーキングなんてことをしているわけで……」

 先ほどまで明らかに反対していた岩崎だったが、俺の返事があまりにも無慈悲で、藤村がかわいそうだと思ったのだろう。初めて藤村擁護に回った。

「話して分かる相手なら、初めからこんなことになっていないと思います。ですから、今回のケースでは仕方ないと思うのですが」

「分かっている。だからこの手段をとること自体は反対しない。だが、俺は参加したくない。別の人間に頼んでくれ」

「…………」

 まさか断られるとは思っていなかったのか、藤村はうつむいたまま黙り込んでいる。俺からはその表情は見えない。対して岩崎は、立ち上がって再び食い下がってくる。

「で、ですが、藤村さんはほかに頼める人がいないからこそ、TCCに、延いては成瀬さんにお願いしているわけですし」

「だったら、あんたが紹介してやればいい。姫でもいいが。麻生は、どうやら予定があるようだから、そうだ、二ノ宮兄弟のどちらかはどうだ?」

 俺が姫に問いかけると、

「どうだか。どっちか片方は空いているかもね。頼めば、受けてくれるかもしれない。でも、」

 そこで言葉を切ると、俺に一瞥をくれる。

「あいつらが彼女のお眼鏡に適うかどうかは別問題よ。少なくとも、あんたは信頼されていたようだけど」

 俺が?今日初めて話したのに?あるはずがない。おそらく信頼は岩崎にあるのだろう。だから岩崎とよく一緒にいる俺がターゲットになった。これが真実である気がするね。でなければ、俺なんかが選ばれるはずがない。

「信頼されていようと関係ない。俺は関わりたくない。以上だ。他当たってくれ」

 どう考えても泥沼行きであることは目に見えている。いくら豪華客船だとしても、タイタニックには乗りたくないね。

 俺からはもう何も言うことがないので、俺は紅茶に口をつけると、適当に雑誌を開いて読み始めた。多少はかわいそうだと思う。助けてやりたい気持ちも多少は持ち合わせている。しかし、そこは優先順位がある。俺は俺自身が一番かわいいし、面倒事は一番嫌いだ。勘弁してくれ。

 俺があまりにばっさり切り捨てたもんだから、岩崎も姫もこれ以上何も言ってこなかった。しばらくすると、藤村が立ち上がった気配がした。これでこの話は終わりだな。今はかなり気まずいが、幸いなことに明日からは冬休みだ。休暇に入ってしばらく会わなければ、忘れてしまうだろう。おそらく冬休み中の部活動もなしだな。

 俺がそんなことを考えていると、

「成瀬君の言うことは、もっともだわ。誰がわがままを言って困らせているか、と言われれば、間違いなく私だし」

 そうかい。分かってくれたようで、嬉しいね。ただ、俺も罪悪感がある。

「悪いな。あんたの悩みが解決することを祈っているよ」

 これでいくらか罪悪感が薄らいだ。自己満足のために謝るとは、我ながら小さい人間だな。しかしだな、他人のお願いってやつを片っ端から聞いてやっていたら、こっちが不幸になってしまうんだ。嫌なことは嫌だ、と言って、自分を守らなければいけない。これは至言だな。しかし、

「でも、」

 事実として、俺の心はそんなに強くできていないのだ。

「私は諦めないから」

「は?」

 いくら身体が強かろうと、頭がよかろうと、結局のところ心が強いやつには敵わないのだ。

「誰に迷惑かけても、私はこの計画を実行する。もう心に決めたから、ここは引けないの」

「待て。だから、俺はこの件には関わりたくないと、」

 このとき、すでに俺は精神的に一歩後退してしまっていた。

「今からじゃほかの人は探せない。今から信頼できる人を探すなんて無理。だから、私は絶対に成瀬君を説得する」

「ふ、藤村さん?」

「ちょっと、本気?」

 二人が驚くのも無理はない。あろうことか、藤村は俺の目の前で膝をついたのだ。そして、掌を床に着けると、きれいに腰を折った。いわゆる土下座というやつだ。こいつ、正気か?

「お願い。明日と明後日、私に時間をちょうだい。代価は何でも払う。あなたが望むこと、何でもするから」

 はっきり言って引いた。こいつの覚悟に、俺は恐怖した。普通ここまでするか?同級生に土下座して、代価は何でも払うなどと言うだろうか。否。断じて否だ。俺の知る世界では、こんなことは起こりえない。一体何がこいつにここまでさせるのか。そして、こいつは俺に何を望んでいるのだろうか。

「とりあえず顔を上げろ。こんなことをされると気分が悪い」

「嫌だ。イエスと言ってもらうまで、私は動かない」

「それは脅迫していることになるんだぞ。分かっているのか?」

「分かっている。でも、私も引けないの」

 あんたの事情など知るか。何で俺があんたの覚悟に付き合わなければいけないんだ。

「やめろ。あんたは俺の気分を害している。何で俺がそんなやつの願いを聞き入れなければいけない」

 藤村は額を床に付けたまま答える。

「見苦しかったら、そのまま帰ってくれて構わないわ」

 その言葉にカッとなった俺は、反射的に鞄を手に取った。そして、出口に向かって一歩踏み出したが、

「…………」

 無理に決まっている。土下座している女子を無視して帰るなんて、そんな芸当俺には到底無理なのだ。

「成瀬さん……」

 岩崎の今にも泣きだしそうな呟きで、俺の心は完全に折れた。

「分かった、分かったよ。協力してやる。だから顔を上げてくれ」

 俺は元いたイスに座りなおす。この数分でどっと疲れた。

「ほ、本当?」

「本当だ。だからこれ以上俺をいじめるのはやめてくれ。今度は俺が泣きそうだ」



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