プロローグ
プロローグ
その日は十二月二十四日だった。いわゆるクリスマスイブというやつだ。この日はいつのころからか、恋人たちが愛を語らう日に認定されてしまっていて、今では国民の大半がそういう風に認識しているだろう。本来ならイエス・キリストの降誕、誕生を祝う日であり、キリスト教でない人には平日となんら変わらない普通の日である。
ま、今更そんなことを言ってもしょうがあるまい。ここまで発展してしまったクリスマスは、クリスマスイブを含め、もはや日本の年中行事と言える。それを先述したとおりに喚き散らしても、空気の読めない人呼ばわりして、白い目で見られるだけだ。
さて。街が色めきだし、陽気な音楽が鳴り響き、すっかり冬になった街中を歩くカップルたちはどこか楽しそうなこのクリスマスイブ。ほかの人はどうか知らないが、人ごみが嫌いな俺にとっては絶対に出歩きたくない日、である。事実、俺は今までクリスマスイブと当日に日が暮れるまで外で過ごした記憶はほとんどない。あっても、小学生以前の記憶だ。中学に入学したときにはすっかりひねくれてしまった俺は、クリスマスは家で過ごすもの、という意識が身についていた。
当然今年も同じだ。と、言いたいところだが、恐るべきことに、日がとうに暮れた今になってもイルミネーションがきらめく場所にいた。しかも女子とともに。
俺の隣で棒立ちしているそいつは、顔をうつむかせたまま、無言を貫いていた。俺の位置からは表情は見えない。口も利けぬほど怒りをかみ殺しているのか。それとも涙とともに漏れそうになる嗚咽をかみ殺しているのか。どちらでもないことを切に願う。
「座ったらどうだ?」
おそらく返事は返ってこないだろうと思いながら、声をかける。
「……………」
予想通りの対応だったが、一つだけ予想と違ったのは、少女が顔を上げたことだった。彼女の横顔を盗み見る。目元から下をハンカチで覆っているため、顔は半分以上見えない。しかし、
「……………」
怒りの色を放ちながら、涙を流す瞳が全てを物語っていた。
彼女は負けたのだ。それはもう完膚なきまでに。まさしく完敗だった。まるで太刀打ちできなかった。なりふり構わず、とはこのことだ。捨て身で挑んだ作戦だった。背水の陣だった。それでも、一矢報いることができなかった。
「……………」
怒りと悲しみが混じり合う彼女の視線の先には、見るからに仲睦まじそうな一組のカップルがいた。