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魔物の発生が増えた、体育の授業が消えた、そんな学校の変化

2016年4月


 帰りのホームルーム。担任の先生よると、魔物の目撃情報が増えているようだ。被害はないようだが、気を付けるようにと言っていた。


「魔物、増えたの? そんな気がしないけど」

「俺にはわからねえな。なんてったって、昼の間はここ最近俺、うろついてねえしな。夜とか夕方だな」

「私に合わしているせい?」

「一緒に活動してくんねえと効率悪いし。それに、条件さえそろえばいつでも俺のタイミングで出せるしな」

「人為的に引っ張り出すのはともかく、そろそろ自然発生はしないの?」

「最近、ちょっと心配してる。気が緩んだらマジで勝手に発生しそうなほどリーチがかかってるとこが増えた」

「条件って、明確に決まってないの?」

「うーん。ところどころ勘が必要になってくるしな。全て言葉で説明でけたら俺も苦労はないんだが」

「そういえば、魔物って、色んな呼びかたされてるのね。ジャガーノート、魔物、世界の浄化作用、粛清者、フリーク。不思議ね」

「変わり者のフリークさんが見つけて、ほら吹きと思ったらマジだって、それからフリークって呼ばれてるって話があるな」

「中ボスはどういう意味?」

「仲間内で区別するためだけに呼んでただけさ。正式名称はあったらしいけど覚えてないや。狐も、モンスターボールも玄武もフェニックスも、全部正式名称じゃなくて、区別するためだけに呼んだだけ」

「ふーん」

「一週間後くらい、ちょっと久々に昼から散歩するわ。やっぱ気になるんだ」

「自然発生型?」

「たぶん。条件をぶっ壊してくるだけだから。んで次の日に無理やり条件満たせて引きずり出すから、そん時にまた協力してくれるか?」

「もちろん。少しでも弱くいてくれないと困るしね。この前の自然発生型と戦った時は今までのものと比じゃなかったものね」

「ははは。それでもくくりは一緒さ。多分、Cランクっていうのになると、また次元が変わると思うぞ?」

「次元が違うってよく他の人はいうけど、よくわかんないね」

「たとえるなら、『宇宙の外側』だな。将棋の強さの話に虎が出てくるような感じだ」

「貴方の例え、ぶっ飛びすぎて面白い」


 2016年5月


 彼女は学校にいる。しかし、3時限から5時限の間、彼女のそばに彼はいない。彼は魔物の対処でどこかへ行ってしまっているのだ。ちなみに彼が彼女のそばを離れるのは2年生になって初めての事だ。彼女は想像以上に不安に駆られてしまっていた。彼がいることで正しい判断ができるところは多くあった。今、彼女は随分思考能力が落ちているのだ。授業や小テストならばともかく、とっさに考えが必要となる場面では特にその傾向が現れる。会話や作業などだ。咄嗟に「右手はどっち?」と聞かれても、数秒考えないと答えられないところまで酷いのだ。

 彼女は彼がいることで、思考の負担を半分担ってもらっていた。心の余裕という点でもだ。

 彼女は彼がいないその間、どうか何もないことを祈っていた。しかし、現実はそうはいかない。


 昼休みの間。彼女は机に伏して寝たふりをして過ごしていた。そこに誰かが彼女に話しかけたのだ。


「今、いいかい? 話がしたいんだ」


 彼女の心臓は飛びはねた。トラウマを刺激する声だった。彼女は自分に関係ない、と言い聞かせて寝たふりを続行する。気のせいだ、気のせいだと何度も言い聞かした。


「いや、長田さん。無視してやんなくても」


 またトラウマの言葉だ。最初から名前を呼べばいいものを、敢えて名前を言わずに彼女に向けて声を出す。反応したら、「お前じゃない。自意識過剰」、無視をすれば「聞こえているくせに。性格が悪い」だ。

 最初から無視してくれていたらいいのに。と思わずにいられないが、あいにく言い返せるほどの心の持ち主ではないのだ。

 彼女は仕方なく声のしたほうに顔をあげた。

 彼と同じほどに身長が高く、生徒の信頼も厚い男子生徒、彼の生前の友人の一人である八幡がそこにいた。見た目のいい顔つきである。ただ、彼女はこの男子生徒が嫌いであった。嫌いというより、恐怖の対象だ。

 彼女はこの八幡という男子生徒に怒鳴られたことがあり、それ以来ひどく苦手意識を持っているのだ。確かに過去に、色々話しかけたりとうざかったかもしれない。それは後になってではあるが、彼女にも自覚があった。自覚があってから、関わらないようにしていた。しかし、忘れたころにそのことで一斉に多人数に責められたのだ。その時はちょうど親にものを捨てられたり他の事で凹んだ精神状態の時であった。ゆえに相当なダメージとなって、彼女の心に根深く傷を残してしまったのだ。その時の彼女を責め立てた筆頭が彼の友人である井口と八幡なのだ。


「すみません。反省してます」


 ほぼ反射のように立ち上がった彼女は謝罪の言葉とともに後ずさっていた。


「は? 何が? 寝ぼけてんの?」八幡の隣には別の人が彼女の行動を笑った。別のクラスの生徒である。別のクラスの男子生徒は彼女に説明するのだ。「違うよ。ヤタが君に話があるの」


 彼女は、わざわざ呼び出すことは何かしらで責め立てるのだと容易に想像できた。

 しかも、何について責め立てられるのか予想ができないのがたちが悪い。せいぜい、怒鳴り散らされる覚悟をするしか彼女に対抗する方法は無いのだ。


「いやね。こいつ、ヤタがね、君にかばわれたって言ってんの。ってかちゃんとこの子、腕あるじゃん。ヤタぁ、お前頭おかしいんじゃねえの?」


 彼女は完全に思考が硬直してしまい、受け答えもできずにいた。そんな様子に、先程から喋る見知らぬ男子生徒が律儀に説明した。


「いやね。このヤタ、四月くらいに魔物に襲われたんだって。そん時に女の子に庇われたらしくてね。それでヤタが言うには、君にそっくりだったんだって。しかもその例の女の子は腕に大けが負ったとかで腕が無くなってんだと。こいつどういうわけか、君が腕無しにみえたんだってよ」

「いや、間違いない。君だよな? お礼を言いたかったけど、遅れてしまって」

「おい。マジやめとけって。頭おかしいぞ。新手のナンパにしてもキモイって」

「いや本当に違いない。四月五日、『くれーぷ屋』の前の通りの所だ。覚えあるだろ?」


 彼女は確かに利き手を失っていた。しかし最近、どうにか彼の治療が完了したのだ。今はリハビリというところだった。決して八幡という男子生徒が見間違えたというわけではない。

 彼女は八幡という男子生徒が言ったそのことについて覚えがあった。その日は、彼と魔物の封印を行っていたのだ。どうやら彼の弱体化結界からもれてしまい、数匹の雑魚な魔物が暴れようとしていた。そこにいたのが八幡という彼の生前の友人だ。

 彼女は八幡という男子生徒は嫌いであったが、彼にとってはそういうわけではない。彼の目的はかつての親友を死なせないことにある。それを思えば、彼女はすぐに嫌いな生徒であっても庇うことができたのだ。


 しかし彼女の助け方には問題があった。彼女は八幡を強く突き飛ばしてしまったのだ。しかも、彼女の血で多少なりとも汚してしまっている。怒鳴られる要因としては十分に感じられた。

 そこで彼女は強引に、知らぬ存ぜぬを通したのだ。


「わ、わ、私じゃありません」

「はあ⁉ そんなわけないだろ⁉ じゃあ四月五日の時、君、どこに居たんだよ!」


 八幡はつい、強く迫ってしまった。八幡はもともと、感謝を伝えたかっただけなのだ。問いただせば八幡の想定したような答えがかえってくると思っていたのだ。しかし彼女の答えは否定のものだった。もともと彼女に対しては話しかけにくかった。この機会を逃せば、まともに話しかけれるのはいつになるかわからない。ゆえに焦ってしまっただけなのだ。


「ごめんなさいごめんなさい」彼女は八幡の声に怯えて、そのまま窓際まで後ずさりする。「ごめんなさい本当に覚えていませんごめんなさい。記憶にないんですすみません」彼女の眼には涙が浮かび、膝は震えている。

「おいヤタ! お前おかしいぞ! この子が違うっていうんだから違うに決まってんだろ! しかも怯えてんぞ! ごめんね君」


 残された彼女は、嫌なことは忘れるに限る、と、また机に伏して忘れることに尽力した。


 2015年5月


 彼女はクラスになれるどころかより一層孤立する傾向にあった。二人一組を作れと授業で言われると、どうしても彼女が余ってしまうことになるのだ。彼は見ていられなくなってしまい、彼は姿を現して生徒としてまぎれて授業に参加するのだ。幸いにも彼は気配消しの魔術を使える上に、もともとの服装が学校の制服なのだ。不思議とばれることはなかった。それを何度も繰り返すことから、次第に彼も彼女も慣れてしまった。それに別の生徒が使い魔を授業中に召還しているところを見て以来、彼も彼女も開き直ったのだった。彼もカテゴリーとしては使い魔なのだから。

 それから、学校でも比較的、他の人にも見えるところで実体化することが増えたのだ。

 彼と彼女は呑気に会話をしている。


「それにしても、もうすっかり体育の授業が無くなっちまったな」

「特別授業が割り込むようになってから、気が付いたら体育が変わっちゃったね」

「つまんねえな特別授業。学外から招いたわけわからん先生の下、型の稽古」

「魔術もあんまりしないね」

「そうだよ。ここ。俺の世界とすごく違っているんだ。魔術、廃ってんのかな? でも、ザキザキ君は俺らの魔術についてこれてるしな」


 どうやら、あまりに魔物の出没情報から、彼女の高校だけでなく、一帯の教育機関に自衛の指導が入るようになったのだ。しかも彼女の高校の生徒の誰かが魔物から一般人を救ったという話があり、調子に乗った我が校は魔物対策にも無駄に力を入れたのだとか言われている。もともと、この高校は部活動が盛んで、勉学よりも活動を中心に見ている点もあった。




 そんな授業の時のこと。運動場で学外の先生が体育座りしている生徒たちに聞く。


「ここで魔物に遭遇した奴は手をあげろ」


 先生は、いかに身近に魔物がいるかという話をしたかったのだ。そして流れでどういう対処をしたかという話になった。何名かは逃げた、通報したなどだ。その中で彼女は、装備を整えて立ち向かったと答えた。彼女は酷く笑われていた。その場にいた若い体育教師の先生が授業が終わった後に「どんな魔物だった?」と尋ねる。彼女はあろうことか、封印された中ボスを見せたのだ。

 手に収まる小さな水晶にハムスターのような小さい白い物体が入った物だ。これは、彼女が初めて彼とともに封印に成功した魔物だ。彼女は記念にと、お守りであるかのように常に持ち歩いているのだ。それを先生に見せたのだ。

「これは?」

「私が対峙した魔物です。ランクDです」そこで先生が不意に水晶を手に取った。「ああ! 駄目です! 封印されてるだけで中は生きているんですから!」

「ははは。なにをバカな」

 そういう先生の手にある水晶の中の白い物がうねっていた。

「うお! 動いている!」

「だから封印解けたらまた暴れだすんです。封印してくれた友達に、封印が壊れないか見てもらうので返してください」


 そう言って彼女はその場を去っていった。


2016年6月


 彼女はこの自衛授業ではあまり優秀ではなかった。彼女は彼から教えられた戦い方が染みついてしまっていたのだ。対魔物に特化しすぎるといってもいい独特のフットワークに、大振りな動作だ。精々まともな戦いができると言えば、彼の自己流で教えてもらった徒手格闘技。それを見せては指導の先生によく怒られた。そして周りの生徒もバカにするように笑い、貶していく。彼女はより一層動きがぎこちなくなってしまうのだ。


 ある自衛の授業の時、久しく別のクラスとの合同授業だ。


「やあ長田。久しぶりだな! 久々ついでに手合わせ頼む」


 笹崎が彼女に話しかけた。一年の二月くらいに模擬戦闘をして以来であり、本当に久しぶりだった。ただ、彼女はこの笹崎に近づく事によって見知らぬ生徒に怒鳴られるのを避けていた。笹崎自体は彼女は嫌っても恐れてもいない。しかし、笹崎に近づくことによって他の人から怒られるのが怖かった。ゆえに廊下で見かけても距離を取っていたのだ。

 しかし、今回は困ったことに笹崎から彼女に話しかけていた。気配けしの魔術を使って、目立たぬようにしていたにもかかわらず。


「神伸ばした? 眼鏡もかけてるし、雰囲気が変わってんな。まあいいや、スペースはあいてるし」


 笹崎は何も言わぬ彼女を無理に手を引いた。


「ほら、いずれ誰かと模擬戦闘しとかないと、授業態度って評価が悪くなるしな。俺は長田以外に全力出せる相手他にいないし。適当に審判に先生よんでくる。そこでまってて。せんせーい! しんぱーん!」


 姿を消している彼が彼女に言った。

「にひひ。久々の対人の実戦だな。せっかくだし、半分憑依の練習しようや」

 半分憑依というのは、彼女の意識を残したまま、彼が体を動かすのだ。この状態は、彼と彼女が互いに下手な行動をしないように監視し合う状態なのだ。記憶も飛ばずに、彼女にとってとても都合がいいのだ。

 彼女が同意する前に彼は憑依した。

「あっぶねえなこんにゃろ!」

 彼女の内側から、彼の声が響いた。

 遅れて彼女は振り向きざまに自分の手が前に出ているのを認識した。自分の体であるにも関わらず、体が動いて初めて自身の体が動いたのだと認識したのだ。彼女の意識を外れても動くことを可能とする。これが利点なのだ。


 ただ単に、彼が彼女の体を動かしているだけなのだが。


「ははっ! 腕はおちてない!」


 笹崎が叫んだ。遅れて彼女は理解した。笹崎が不意打ち気味に飛び込んで、剣でもって彼女を襲ったのだ。先程彼女が出した腕は、それを防御していた。


「審判の意味がありませんね」


 彼女が言った。正しくは、彼女の中の彼だ。


 改めて審判役の先生が開始を告げた。


 彼女の思考は、怪我をさせることなく笹崎を無力化すること。一方で彼女の中の彼は、ただ快楽に飲まれようとしていた。彼女の中では二つの意識がせめぎあっている。彼女は彼の意識にどうにか抗うことに成功し、笹崎の関節をきめて制することに成功した。


「まだこれからだ!」


 笹崎が叫ぶが早いか、彼女は飛びのいた。彼女がいたところに何かが飛んだ。魔術だ。


「いえ。終わりです」


 しかしすぐさまに彼女も魔術を発動していた。捕縛に封印の魔術だ。笹崎は呆気なく、飛び出した鎖に捕まった。本当に指一つ動かせなくなり、印も詠唱もできず抑え込まれて勝負が決まったのだ。


「なっははははは。ざまあああザッキー! 武器召喚しておきながらまた敗北してやんの! しっかり動画は撮っておいたから安心しろ!」


 笹崎の友人らしき人が囃し立てた。

 彼女はようやく頭が冷えて、周りが見えた。そして理解する。「やってしまった」と。

 彼女は戦闘が終わった後、慌てて笹崎に謝罪の言葉をかけた。他の生徒も集まろうとしている。彼女はそのまま他の生徒にまぎれて離れた。きっと、何かしら怒鳴られることだろうと感じて逃げたのだ。

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