表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

感情崩壊と自信喪失と、その二

 彼女は彼が呼んだ救急車に運ばれた。彼女は彼の手当てもあって、次の日には学校に登校するのであった。どうやら彼女は不審者に首を切られたようなのだ。しかも傷は深かったらしく、動脈も切られていた。彼の手当てが遅れていたなら、死んでいた可能性が高かったらしい。後で彼女もそのことを聞かされていたが、本人は凄い経験をしたと面白がるのである。

 彼女はテストに追われたり被害届を取り下げたりバイトをしたりと色々と慌ただしかった。

 そんなある日、彼は以前からあることを言っていた。


「少しばかり離れる。長くても5日くらい?」

「何で?」

「俺の生前に、今くらいの時にえげつないフリークが現れたことがあるんだ。隣の県でだけどな」

「どんな?」

「俺は見てねえのよ。中ボスじゃない別の存在で、中ボスよか格上の存在だったと言われてる。でも、俺の時と未来は変わってるからな。フリークはあまりでなくなってるし、中ボスに関しては確実に出てこなくなってる。自然発生型はまだ一つだ。きっと、これもうまく影響してくれてるはずさ。俺はただ、確認して安心したいんだ。というわけでしばらく帰りませんので、よろよろ。心配は何一つねえよ」

「交通費は必要?」

「うーん、観光もかねて、のんびり歩くつもりだから要らないかな?」

「そ。楽しんできてね。面白いお土産あったらお願い。はいお小遣い」

「おいしそうなお菓子買ってきてやんよ。五日後には帰るよ」


 結局彼が家に帰ってこれたのは15日後であった。彼はぶっ飛んだ強さのフリークと戦ったのだ。と言っても戦いではなかった。もはや彼でも戦うための知識もなく、闇雲に力をまき散らすしか抗う方法が無かったのだ。よって、こんなにも帰ってくるのが遅れてしまった。

 彼は買ったお土産を手に、意気揚々と彼女の部屋に入ったのだ。しかしその瞬間、彼は異様さを感じ取った。

 彼はあまりにおかしな彼女の部屋を呆然と見渡す。部屋の物が無くなっていた。買い集めたぬいぐるみや手編みのマフラー、ゲームの景品に飾ってあった小物どころか、棚も全てが消えているのだ。あるのはベッドと勉強机だけ。

 そしてその部屋の主である彼女は、何もない部屋の隅で膝を抱えて小さくなっていた。見開いた目で彼女が見つめていることに気が付き、彼は部屋の様子を見渡していた視線を彼女に向けた。自然と見つめ合う形になる。


「お帰り」


 彼女が少し遅れた反応で彼に言った。いつものにこりと笑った人懐っこい印象の表情になった。


「おう。予想に反したえげつない奴だった。おかげでこんなにも帰りが遅くなった。というか話が変わるけど、部屋の模様替えしたのか? 行く前と行った後で滅茶苦茶違ってんだけど」

「あ、う、その……ごめん。ごめんなさい」

 彼女は途端に目を伏せた。先程の笑ったものとは違い、今にも泣きそうな表情だ。

「なーに謝ってんだよ。どうせ連絡もよこさないクズ野郎に制裁として邪魔な荷物を捨てたってとこだろ。ひひひ。残念でした。そんなんじゃ俺はへこたれませーん。精々かさばる服を片付けたとか、俺が編んだマフラーを処分してしまったとかそんなんだったら気にしねえし」


 そう言って彼はクローゼットを開けてみた。


「え?」


 彼が見たのは、何もない空間だけが広がるクローゼットだった。空っぽなのだ。以前は、多くの服が入っていたはずだった。それだけではない。クローゼットの端に置いている本棚も何も無かった。彼の何度も読み直すお気に入りの小説や読みかけの本は勿論、彼女のお気に入りの本も雑誌もない。釣り竿やレジャー用品などの遊び道具も全てが無くなっていたのだ。



 彼女は彼に対して、ただ「ごめん、ごめん」としか言葉にしない。


「その。保管場所を変えた?」

「その。あの、あの……。全部捨てました」

「? 俺は別にいいんだけど、あんなに大切にしてたもんまで? 結構高くて気に入った服も合ったじゃん?」


 彼は、彼女の意思で捨てたわけではないとすぐにわかる。何があったのか聞けば、親に捨てられたそうだったのだ。


「ああなるほど。母さんか。そりゃしゃーねーわ」

「? お父さんだけど」


 彼女は親を怒らせてしまったそうで、全て捨てられてしまったのだった。それこそ全てだ。

 彼女は落ち込んでいるようだった。いつの話か聞けば、十日以上の前の事であった。


「立ち直れよ。また買い集めればいいんだし」


 と彼は声を出して笑った。しかし、結構簡単な話ではなかった。部活もバイトも親の権限により辞めさせられたのだ。彼女はバドミントン部をすでに辞めてしまっていたが、それ以外にも手芸クラブや多数の部活動をしていた。それも辞めさせられたのだ。通帳も完全に抑えられてしまい、自由に扱うこともできなくなった。


「にしてもどした? 俺の時は怒り狂うのはいつも母さんだった。父さん怒らすとかよっぽどだな。何があったんだよ」彼は膝を抱えて小さくなっている彼女に密着するように座った。

「学校で問題起こしたり、家に帰っても殆ど会話もないし、バイトはいっぱい入れてるし。怒らせることはいっぱい」

「? バイトの制限、校則に無かっただろ? うちの高校、結構自由だし。不良でもねえ限り」

「私、不良なんだって言われたけどね」

「??? バイト入れてるっつても、ちゃんと法律にのっとってし、何も問題ないだろ? 居酒屋でもないし、時間も9時には帰らさせてもらってるし。? 何がいけなねえの? 補導もされたことないだろ?」

「私も分からない。とにかく、よくないんだって。私は不良なんだって」


 彼はわけがわからず、言葉を返すこともできずにいた。彼は生前真面目であり、彼女も真面目なのだ。彼自身でもくそ真面目だと思っているほどだ。彼女も言葉やルールに強く縛られる節がある。ゆえに彼が積極的にさせようとしていた。それでも彼女には足りないとさえ思っていたのだ。なのに不良とはどういうことだろうか。

 そんな彼の思考をよそに、彼女はしゃべり続ける。


「それにしても、不良にしても何にしても。私、結構頑張れていたと思わない?」


 どいう点で、という言葉など必要ない。彼女は全てにおいて頑張れていた。勉学、部活動、家事、バイト、友好関係。バイト代も家に入れている。


「私、自分では頑張れていたと思っていたの。中学生の時と比べたら、成績はものすごく上がったし、友達も増えた。家のことなんて、私と貴方で殆どすべてやってる。でも、でもさ。これ以上どうすれば良かったのかな? もうわからないの」


 彼女は言った。「死ぬ意外に、道が見えなくなっちゃった」と。

 彼はその言葉にギョッとした。彼女の首には、不自然に巻かれた包帯がある。


「なあ、その傷、もしかして」

「うん。自殺未遂しちゃって」

「なんで?」

「だって、私、貴方と二人でできたところってたくさんあったじゃない? でもそれよりもっとうまくやらないといけなかったの。なのに、ずっと貴方は戻ってこないし。これから一人でもっとうまく生きてくって、無理じゃない。貴方とやってきたことで無理なら、もう無理なの。死ぬ意外に無いじゃない」


 彼も自殺していた。そんな彼が言えることなど殆ど無かった。慰める言葉も浮かばず、「どうにか今だけは死ぬことは考えないでほしい」としか言えなかった。


「ところで、学校はどした? 終業式にはまだだろ?」

「うん。サボり。只今絶賛不登校中。問題起こしていきにくくなっちゃって。学校のトイレで首を刺したから。それに、学校休むって連絡いってるみたい」

「ふーん」

「それと、私、精神病なんだって。今見えていて、触れたりできるけど、貴方は統合失調症による妄想と幻覚だってさ」

「こうしてお土産買ってきたんだけど」と半笑いに見せてみた。

「うん。説明したけど、それも妄想の一部なんだって病院の人が」



 彼女は家で声を出すのを恐れていた。というのも、彼と話をしていると、家族の誰かに見つかればひどく怒られるのだ。彼の存在は、家族さえも認知していないのだ。そのため、つい先ほど夜に彼女と彼が会話をしていて、親に怒鳴りこまれた。「お前の前には何もないんだ! もうおかしな事はするな!」と。おかしな行動を頭ごなしに否定するのだ。何が原因で、理由は何故、というものに関心がどうも家族はいかなかった。

 彼と話していた時、彼女はまだましな考えであった。だが、部屋から出ることもなくなってしまう。それにつれて彼女はどんどん感情を表さなくなった。彼はその状態に心当たりがあった。

 うつ病だ。

 何か行動させないと、より一層悪い状態に陥ってしまう。彼はそれを経験で知っていた。

 彼の場合、心を病むというよりも、頭の病気という認識でいる。自分がコントロールできなくなるのだ。意味の分からない恐怖などの負の感情にとらわれたり、ひどい物忘れ、家の帰り道が分からなくなる、友人の顔の区別もつかない、そんな症状だ。

 何かをさせなくては、と彼は思った。トランプや将棋などのボードゲームを用意したが、家族に見つかっては怒られて捨てられた。彼女は何かをするのを酷く恐れてしまい、彼の誘いにも応じなくなってきた。


「部屋を出ないか」

「……」

「ランニングとかしようや」

「……」

「食事、どのくらいのペースでとってるか、自分で分かってんのか? 立ってみろ。いいから、立つだけだ。立て」


 久々の彼の命令口調に、彼女はようやく応じた。随分足元がおぼつかなくなっていた。もはや彼女は歩行も困難なほどに体力が無くなっていた。


「魔術で体重はかった。30㎏だいとだけ言っとく」彼女は何も答えない。「何か思うところはあるだろ。言葉にしてみろ。なんでもいいから。……頼むから」

「うん。しょうがないよ」


 彼女は随分心が弱ってしまっていた。

 彼は、ある日。頼み込んだ。フリークの封印を手伝ってほしいと言ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ