自信喪失と感情崩壊と
2015年7月くらい?
彼女は彼の未練を晴らしてあげようと協力的であった。しかし、彼女自身どうすればいいのか明確なことはわからず、ただ手当たり次第である。結果としてできるだけ彼を楽しませようとした。そういったことに付き合っていく内に、彼女は疑問を持つようになった。
なぜ彼は自殺に至ったのか。
彼はなんでも万能にこなす。時折彼が話す際にわかるのだが、彼は通して進学クラスで頭もいい。運動はなんでもこなす。限られた人しか扱えない魔術も完璧に使いこなす。見るからに天才なのだ。だというのに、彼は自殺している。友達がいないわけではなく、理由などさっぱりわからない。彼は無口のわけではない。彼女と彼は幾度も会話をしているが、やっぱりそういった理由が見えないのだ。「無性に死にたくなったんだよ、死ななければならなかったんだ」としか言わない。彼は彼女である。しかし自殺した時の彼の心境が、話を聞いたところで、彼の心が本当の意味で彼女に伝わらなかった。彼女はこんなにも知りたがっているのにも関わらずにである。
さらには彼女、彼が自分とは思えずに尊敬の対象となっていた。彼と話せば話すほど彼の事が知りたくなった。知れば知るほど彼の事を知りたくなった。こういった趣味の中、彼はどう思っていたのか。こういう時に何を感じていたのか。彼女は彼が生前に趣味としていたランニングや勉強の仕方、得意な料理、ちいさな習慣から全てを、見習うように同じようにしていた。彼の影を追い求めていたのだ。彼のような人間になりたいという思いもあった。どうすれば彼のようになれるのか、と。
「貴方、コンビニとかで買い物とかできるのに、何で他の人には見えてないの?」
「実際は他の人には見えてるんだ。認識されない凄い魔術つかってんだ。実を言うとな、これ、友達と俺で作った完全オリジナル魔術なのさ! 土台から全て一から作った!」
「なにそれ! オリジナルって、結構凄くない!?」
「なはは。なんつって。実はそんなに凄くないんだけど。少し未来のことだ。魔術作成がブームになるんだ。インターネット上で、競うように新魔術があげられるんだ。そう遠くない。ジキにそうなる筈だ。三矢っていう友達が『こんな魔術があれば』っていいはじめてな。二人で実行。どうにか形にしたんだ。それを林田君が文章に纏めた。ふざけてコンクールに提出したら賞を取っちまった。にひひ。数少ない誇れる事だぜ」
「その友達って、どんな人?」
「三矢は俺となにかと共通点が多くてな。バドミントンの時もいい勝負してたよ。この世界じゃバドミントンはやってなかったけど。林田君はちょっと面倒な性格だけど頭がいいんだ」
彼は友達のことを話すとき、本当に楽しそうだった。彼がとても友人を大切に思っていたのは、彼女でも容易に感じとれた。それに、彼の友達を知れば、彼の事が見えてくるのだ。彼女は彼の友達の話を聞くのが楽しみの一つとなっていた。
というのも。彼女は彼が何一つ欠点の無い存在と思っていた。だが、彼と友達の関係の話を聞く内に、結構うっかりやで、友達に弄られやすく、ところどころ面倒臭がりな一面があるようで、そういった話を聞くのも楽しめた。
2015年9月
「んむう。クラスメイト、俺の記憶と大きく違うな。三矢も村田君も俺もヤタ君も井口さんも進学クラスだった。ザキザキ君は中学生時代の素行を考えたら間違っても進学クラスに入れるような感じじゃないし。なのにザキザキ君だけが進学クラスだ。と言うか、今の進学クラスは俺の知らない生徒が大半だ。むしろ進学クラスに井口さん鈴さんヤタ君がいないのが不思議だ。あれだけ優秀なのに」
「貴方の仲の良かった人たちね。笹崎君はわかるけど、他の人ってどんな人?」
「井口さん鈴さんはそのまんま。ヤタ君はヤワタだったかな? ヤハタかな? どのクラスだろか。あんま見かけないんだよな」
「私、人柄について聞いたんだけど」
「おう! ザキザキ君はわかると思うけど、カミソリみたいな性格だな。目つきがぎらぎらしてて短気だ。井口さんは正反対。聖女って感じだ。どんなことがあっても怒らないし、なんでも受け入れる、すごく優しい人だ。マジ聖女。鈴さんは天真爛漫だな、小柄で愛嬌がある。ヤタ君はリーダーだな。曲がったことは認めない正義感の強い男の中の男だ」
彼女は彼の生前の知り合いについて聞かされたこともあってか、彼女は彼の生前の知り合いというだけでよく色々とほかのクラスの知らない人とも喋ることもあった。
「そういえば貴方、女子の友達いないの? なかなか話聞かないし」
「いや、俺、シャイだし。つーか、友達すくねーし。三矢、村田君、ヤタ君、ザキザキ君、井口さん、鈴さん。うん以上。後は一方的に俺が知ってる程度な」
「あれ? 意外。もっと友達多いように思ってた」
「そりゃねーわ」
2015年 月
彼女は他のクラスからは随分嫌われていた。彼女に対する生徒の認識は、事実とは少し違っていたようだった。
最初の笹崎との模擬戦闘のあと、彼女は大けがでありながら次の日には何事もなく学校に顔を出した。一方で笹崎は、治療の魔術もなかったこともあり、一週間の入院をしたのだった。彼女のクラスである二組と笹崎のクラスである一組以外の学校での認識は、彼女の方が悪いという認識になっている。事実はこじれ、無抵抗の笹崎に対して彼女が禁止の魔術や武器をもって過剰な攻撃を与えたということになっているのだ。
実際の非は武器を出したり危険魔術を使ったり先生の制止を聞かなかった笹崎にあるが、当の被害者である彼女は「お互いさまだから」と何も騒ぎ立てるようなことをしなかった。
彼女はあまりの痛みで覚えていない。彼の憑依が解けた瞬間、「痛い! なんで! 痛い!」と聞くほうが堪えれないほどに泣き叫んでいたのだ。片腕は折れてブラブラで、血を吐きながら、顔の一部の皮膚は剣先が引っかかって気持ち悪い程に裂けていた。勿論その時の顔面は血まみれだ。そんな様子にクラスの生徒たちはトラウマとなってしまい、話題を出すこともなくなったのだ。彼女のクラスは、彼女が何事もなく次の日に登校した上に、明るい性格で払拭されてはいた。しかし、一組ではそういうこともない。進学クラスは別棟にあることもあって、最後の最後まで一生の傷を負っているのだと思っている生徒もいた。それほどに悲惨な事故だったのだ。笹崎も笹崎で、あの後随分反省させられた。というのも、友達の一人が動画を授業中でありながら撮っており、悲惨な事件を何度も見せられた。笹崎は誰に聞かれても、恥ずかしさのあまりに「聞かないでくれ」と詳しい話もしないのだ。無理もない。理性を失い、武器も出して一方的に殴りにかかっているのだ。
お互いさまで処理されたため、被害者である彼女は勿論、笹崎にもお咎めらしいお咎めは無かった。だが、そのかわりに、その時の教師が罰則を受けることになった。彼女が嫌がる状態で無理矢理模擬戦闘をさせ、不安定に陥らせて魔力暴走を起こさせる要因を作った、という流れであった。
ともかく、彼女は他の生徒から嫌われた生徒ということを認識しないまま、彼の生前の友達でありそうな人物に手当たり次第にコミュニケーションをとろうとした。彼から聞く友達の多くは男子が多かったこともあり、彼女が話しかけるのはもっぱら男子ということになってしまう。それもまた、彼女の性格を誤解させるものとなった。
「ああいう女、ほんとに嫌だよね。男に媚びうる奴」「あれでも彼氏がいるんだよね。精神疑う」「クラスでボスぎどってる」「笹崎君、あの女に一方的にやられたんだってね。男だから手を上げないって思って、そこをねらってでしょ? おかしいって」などと言われているのだ。どうでもいい男ならともかく、笹崎は女子生徒から人気もあって、それもあいまって噂や陰口は早く広がるのだ。陰口や嫌がらせを行う者にとっては目の敵というより、文字通りの憧れの人物の敵なのだ。
彼の生前の友達である井口という女子生徒、彼からヤタと呼ばれる男子生徒も似た認識だ。むしろ、八幡は笹崎とは中学時代から仲が良かったのもあり、彼女は拒絶の対象にされていた。
彼女は彼が尊敬している友人ということもあって、どうにか彼の生前の友達と仲良くしたいと考えていた。しかし、話しかけた瞬間、明らかに拒絶されているように感じた。怒らせる以前に、それまで話したこともないのだ。何度か話しかけていたが、最終的には井口という女子生徒から怒鳴られてしまうことになったのだった。ウェーブをかけたふわふわの髪型で穏和そうな雰囲気な、彼の生前の友人である井口という女子生徒である。
彼女は戸惑ってしまっていた。井口という女子生徒は彼から聞いていた話と随分違いすぎるのだ。その様子を知らない彼からある時、「井口さんはすごく優しい人だったろ?」と言われたが、その言葉を否定するのは彼の一部を否定してしまうような気がしてしまい、本当のことを言うことができなかった。
2015年12月
「うー。痛い。頭痛薬だして」
登校途中でのこと。彼女と彼は並んで歩いていた。彼は彼女の荷物持ちをしていた。ある程度の薬やハンカチやティッシュなど、常に持ち歩いているのだ。
「頭痛薬の消費量、半端ねえぞ。薬に頼るのもよくねえって。ほい水」
「うるさい。風邪じゃないからしょうがないの」
「つーか、薬切れた。常備薬も欲しいし、お小遣いくれや」
「はい。これで買ってきて」
「うい。っておい。一万もいらねえって」
「何言ってんの。ただでさえバイトは手伝ってもらってるし、その貴方の取り分は家に入れてるのに。少しは持っててもらわないと私が嫌なんだって」
「でもなあ」
「じゃあ預かるってことで」
「む。致し方なし。ではでは、ありがたく」
ふざけて彼は仰々しく受け取った。
「はいはい」
実を言うと、彼は気配を消す魔術を常に使っており、ある程度の状況であるならば、彼女と普通に会話をすることもあった。しかしこの気配けしの魔術は彼の生前に、学生だけで作られた欠陥魔術なのだ。
彼の存在は、認識される者には認識されてしまうのだ。そのため、時折姿を見せる彼は彼女のボーイフレンドだとか交際相手だとかいう噂話になるのだ。
そして先程の光景は、見る者が見れば、彼女が彼から金を巻き上げられているようにも見えた。
2016年2月
「バレンタインチョコがほしい」
「いきなり何言っているの?」
部屋でくつろぐ中、唐突に彼が言い放ったのだ。
「なあ。頼むよ、バレンタイン、チョコがほしい! 頼む! 心残りなんだ! できれば下校の時に下駄箱あたりで」
「マニアックすぎて怖いよ……。なにそれ? いきなりなんなの? 儀式か何か?」
「……いや、その、あれだ。チョコが欲しい」
「その意味は?」
「……」
「……無言で見つめられてもさ。そろそろ寝たいし、出てってほしいんだけど」
「……」
「……いや、あの。……怖いんだってば」
彼女は日々の感謝もかねて、もともとバレンタインチョコくらいはあげようかと思っていた。しかし、それを言葉に出すのも何故か気恥ずかしく、結局はっきりと伝えることもせずにいた。彼はしつこく聞いていたのだが、結局はあきらめたようで、それ以上は聞くことがなくなった。
バレンタインデーの日。
彼女の部屋。彼は随分、しょげた雰囲気で時計を眺めていた。もう彼女どころか家族も寝静まっており、静寂に包まれている。時計はすでにてっぺんを回り、明日になっていた。彼はバレンタインを期待していたのであった。彼は、はあ、とため息をついて部屋を出て行った。
次の日の登校。
「はい。一日遅れのバレンタイン。友チョコどうぞ」
彼女は女の子同士で多数の人とチョコを渡しあっていた。
ある一人の友達との会話の時である。
「有難う。あ。やっぱり私、こっちのチョコが欲しい。包装が綺麗だし」
「ごめん。こっちは特別な友達に渡すからちょっと駄目なの。中身はいっしょだからこっちで」
「友達なら私がもらっても別にいいじゃない」
「その、それは困るというか。そのカードをつけてたりしてるし」
彼女はしつこく欲しがってくる友達をどうにか断った。そのチョコというのは、彼に手渡す為に用意したものだ。いじめるつもりは無かったが、チョコをあげなかったことで彼は随分落ちこんでしまっていた。彼女は流石に申し訳ないと思ったのだ。そもそも昨日は日曜日であり、休日だったのだ。彼が望むような手渡し方ができないため、それだけに今回はどうにか真似事でも叶えてあげたかった。普段言いにくい感謝の言葉を書いたカードもつけておいた。
だが、彼女の思うようにはいかなかった。彼女は肝心のチョコレートをなくしたのだ。
彼女は放課後の最後の最後まで探していたが、結局見つからなかった。
彼女はあまりにショックで、友達がいろいろ声をかけてくれる中、「しばらく一人にして」と突っぱねた。すでに日が暮れてしまい、暗闇の教室の中、彼女は消沈した状態で机に突っ伏している。
「お前、俺に待っとけって言っておいて。教室来てみれば電気もつかない教室でうなだれてるし。その、まあなんだ。失恋なんてよくあるさ」彼が教室の出入り口の前に立っていた。
「は?」
「いや、振られて落ち込んでんだろ。元気出せって」
「?」
「まあいいや。帰ろ帰ろ」
「その、待たせておいて悪いんだけど、バレンタインチョコも用意できていないの。いや用意はしていたんだけど、失くしてしまって……」
「いや、別にいいけどそんなん」
「でもあれだけ欲しがっていたじゃない……」
彼女は真似事でさえ叶えてあげられなかったのが、余程ショックなのだ。今まで助けてもくれたし、それなりに尊敬もしているし、感謝もしている。しかしそれを伝えることも応えてあげることもできない。それが悔しくもあり、情けなくもあった。滅茶苦茶な言葉になりながらも彼女は彼にそのことを伝えた。
「お、おう? 気にしなくいいけど。むしろ日頃から俺が申し訳ない程に無理させてしまってるような気がすんだが」
「そんなことはないよ」
その後、彼女と彼は歩いて帰っている。しかし彼は随分と上機嫌だ。
「お願いだからニヤニヤしないで。友チョコの残りなんだし」
「いいじゃいいじゃん。うれしいんだし。生前じゃ貰ったこともなかったからな」
彼は彼女からもらったチョコレートをニヤニヤ眺めながら歩いているのだ。しかも彼は、「このまま歩いて帰ろう! できるだけこの余韻に浸りたい!」という始末だ。
「嫌だよ。寒いし」
「じゃあ少しだけの間でいいから、腕組んでかえろう」
「ごめん。流石にキモイ。歩いて帰りますからそれは勘弁してください」
彼は彼女が自転車に乗って先に帰られないようにするためか、彼が彼女の自転車を押して歩いている。
「心配しなくても並んで歩くくらいは付き合ってあげるから」
「にひひひ。なんとなーく。せめて荷物になりそうなのは持ってやるって」
「あ。そういえば貴方に渡すように用意したチョコレートに、手紙もつけておいたの」
「手紙?」
「いま思えば恥ずかしいし、出てきたとしてもすぐに捨ててね」
「どんな内容だよ」
並んで歩いていたが、彼女は少し数歩分前に出て後ろ向きに歩いて喋る。
「ただの感謝の言葉。それをくっさくしたような感じ」
「黒歴史? それもまたネタにできるし残しとくかね」
その瞬間彼の視界が真っ赤に染まった。
「あ」
誰の声なのか。彼自身のものなのか彼女のものかわからない。そんな漏れたような声とともに、血が勢いよく舞っていた。そして遅れて彼女が倒れる。
「え?」
彼が珍しく理解が遅れた。何故というよりも、血を流して彼女が倒れていることにパニックに陥ったのだ。