家の立場とクラスの立場と
2015年4月
「長田さん。移動教室、視聴覚室ってどこだったかな?」「この授業、何が必要になるんだっけ?」「さっきの授業、どういうこと? 教えて長田先生!」「ユウちゃん! 一緒にご飯食べよう」
彼女は早々に、クラスメイトと仲が良くなっていた。自分から呼びかけるより、むしろ声をかけられることが多かった。これは中学生時代の時と比べるとあまりに違いすぎる状況であり、彼女自身わけがわからず、内心戸惑ってしまうのだった。それに対して彼は客観的に見たうえで説明してくれるのだが、彼女はうまく理解できなかった。
「だってよ。ほらお前。行動に迷いがないし、することとか間違いねえじゃんか。しっかり者に見えるというかなんというか。とにかく、他の生徒も新しい学生生活に不安なんだよ。だからついていきたくなっちまんだって」
と言われたところで、まったく覚えがないのだ。彼女は彼からの助言のもと、考えなしに動いているだけなのだ。
いつしか彼女もそういった扱われ方に慣れていき、性格もそれなりに活動的になるようになった。
「ここ、新しい店ができるね。私、次の休日が予定あいているけど、誰か一緒に行かない」「ここの激辛メニュー、クラスの誰かに食べさせて反応見てみたい」「この大食いチャレンジ、やらせてみない?」
これらの言葉は全て彼女のものだった。
彼女は様々なことに積極的になっていた。そしてその彼女の言葉に同意するものも多かった。彼女はスポーツ万能で成績も優秀であり、あまり積極的でない性格の人にもよく声をかけていた。静かな性格の人に話しかける事に関しては、彼がどうしても『かまってあげてほしい』と言うのが理由なのだが、周りから見ればそんなことなどわからない。まさに非の打ちどころのない人間に見えてしまうのだ。
ある意味彼女は調子に乗ってしまっていた。といっても鼻にかけるわけでも偉そうにしているわけでもない。適度に人と付き合っていけていた。また、クラスメイトには彼女を怒らすと怖いという認識があった。そのため、筋が通ってさえいれば、下手に反抗しようとも思っていなかったのだ。
全ては模擬戦闘の殴り合いの事があってからだ。男子生徒にも決して引けを取らないどころか、圧倒させるほどのあの殴り合いだ。彼女は記憶がないため気にしていないが、クラスメイトの中では暗黙の事となっているのだった。
2015年4月
彼女は彼が発生してから、家の事をよくするようになった。
というのも、彼が勝手に色々してしまうのだ。部屋の片づけやノートの整理、洗濯物や食器洗い、トイレの掃除からまさにすべてだ。そんな中、彼女が何もしないのは居心地が悪かった。
隣でやってもらっている以上、彼女が手を抜くのも悪く感じ、すべてしっかりとするようになったのだ。それに二人でするため、負担も不満も少なかった。以前ならいつも洗濯をしている中、弟はゲームをしたりしてすべてこちらに押し付けてしまうが、二人で作業をしていると、「どうして私だけがさせられているのだ」と思うこともなくなってしまうのだ。
気が付けば料理をするようになり、趣味になってしまった。
「うへえ。店に並んでてもおかしくないな。普通にうまい」
彼女の作った料理に関して、彼は正直に答える。上達していくのがわかってしまう。全てにおいてやりがいがあった。日課にランニングもしているが、日課というより、やりたくてやっている。バイトも遊びも勉強も部活も家事も、それこそ全てやりたくてやっている。
ある意味、周りが見えていなかった。子供の時から、家族では自分がどういったものだったか。
彼女は早朝にランニングを行うために、早めの就寝をしていた。ドラマも見ず、家族と一緒に食事をする機会も高校に入ってから少なくなった。家族に必要な連絡事項が書かれた書類も、テーブルに置いて朝確認するだけである。会話がほとんど無くなったのも、家族について考えさせなくなった理由だ。
ある時。彼女の弟が友達を連れてきたのだ。その日は親が家に帰ってこなかった日だ。
「お邪魔します。お前んち、初めてきた。おお、高そうなロードバイク!」
「俺も。……って。かあやん、とおやん、家に帰ってこないんちゃうかった? テーブルに飯の準備できてるぞ」テーブルの上には料理が並んでいる。弟の友達はそれを見ていったのだ。
「あー。ユーコだ」
「ユーコ?」
「姉だ姉。引きこもりだから、父さん母さんが家に帰らないこと知らないんだ」
「ユーコさんっていうのか。どんな人?」
黙る弟。
「雄太にすげー似てるから! ビビるぞ。名前も、代々ユウって文字入れてるらしくて、名前の字の雰囲気も似てんだよ」代わりにこたえるのは別の友人だ。
彼女の弟は、彼女の事が恥ずかしくて仕方がなかった。弟から見る彼女は、人見知りで、喋ればドモリ、クラスで浮く存在だった。しかも見た目が似ていることもあって、より一層嫌だった。一緒にされるのも不愉快だった。
存在が気持ち悪く思え、姉弟とも思われたくなかった。あまりにイラついて、彼女に対して何度怒鳴ったかわからないほどだ。「見ていて気持ち悪いんだよ!」「その癖やめろ! 喋ることもできないのか」と。
彼女は言葉を頭で整理するのが苦手だった。感情ばかりが先走り、思考が硬直し、言葉が続かなく、どもるのだ。治したくても治せなかった。その姿が弟にはムカついて映った。
彼女の事を知られたくなくて、弟は無理やり話をそらした。
弟の友達が余るはずの夕食を食べ、そのまま泊まることになったのだ。
その夜。彼女の起床時間は早い。あさ3時から4時には起きているのだ。彼女が一階に降りる時に、弟の友人に会った。弟の友人はトイレに起きたようだった。
「? おはよう。雄太のお友達?」
「お、おはようございます」
彼女の見た目は、確かに小さな目つきや体つきは弟に似ていた。しかし、彼女がまとう雰囲気は美人のものであり、友人はそれにたじろいだのだ。「『雄太を女装させたらそうなる』と笑っていたのに、とてもそんなんじゃないじゃないか! 凄く美人だ!」と。
「あ。晩御飯、食べてくれてたんだね。私、残してくれてたメモに気が付かなくて、晩御飯作ったままにしてて。食べてくれてありがとう。捨てるのももったいなかったし。唐揚げ、どうだった?」
「おいしかったです。手作りだったんですか?」
「うん。よかったら、朝ごはんも用意しちゃうよ?」
「ほんとですか! 是非!」
「和食? 洋食? 何がいい?」
「えと、和食で、卵焼きとかあれば嬉しいです」
朝起きると、確かに朝食が三人分作っておかれていた。
「あのくそ! 余計なことしやがって!」
弟がそれを見るや、早々に流し台に捨てたのだ。友人が気づいて「あ!」と叫んだが、もう遅かった。「ああ」と名残惜しそうに友人は流し台を眺めるが、弟は気にも留めなかった。
「……その、お姉さんはどこに?」
「あいつ頭おかしいから、もうこの時間には家にいない。休みだろうが学校だろうが」
「この時間で? マジかよ。やっぱ変わってんな」
「……俺が可笑しいのか?」
「は? 何が?」
「……いい。分かってくんねえし」弟の友人は本気で彼女に惚れたのだが、打ち明けられなかった。
翌日。彼女は部屋まで押し入られ、弟に怒鳴られることになってしまった。「余計なことをするな。恥をさらすな」と。彼女は怒鳴られたら、そのまま怒鳴られっぱなしの性格で、反論さえしないのだ。
そして家族から言われるのもあった。母親から。「あなたはどんくさいし、その性格をどうにかしないとね。あの時も――」優しい口調で、本当に彼女を思っての言葉である。しかし、真実を突き付けられるのは苦痛に感じた。そして同時に自分の本質を思い出す。
身の程を知らず、勘違いに至った彼の存在。それが彼女の変化となった。変化は行動になり、身の程の知らずな性格にさせた。その家族からの非難は、彼女の本質を思い出させることになったのだ。
感情を壊す話につながる。