彼女は孤立している。
2016年9月
「なあ。長田って君の事でいい?」
彼女は廊下で知らない男子生徒二人に声をかけられている。まるで道を阻むかのように立たれているのだ。
「白鳥って生徒と仲が良いよね。笹崎と一緒にいる奴。君。あいつに模擬戦闘だか知らないけど、首絞めたことがあっただろ?」
彼女は二人の威圧するような雰囲気に気おされながら戸惑いつつ頷いた。責められているのだということは雰囲気で分かった。
「白鳥の奴。その時にどうなったと思ってんの?」
男子生徒に問われるが、彼女は言葉を出せずにいた。
「あいつ。気を失ったんだよ?」
「そん時に。失神と同時に勃起して、射精しちまいやがったんだ。どうすんの? あいつの性癖ゆがんじゃったんだから」
「うわあああああ!!」
そんな彼女と名も知らぬ男子生徒二人に向かって、いつも笹崎と行動を共にしていた話題の当人の男子生徒、白鳥が凄まじい表情で奇声を上げながら走り寄ってきた。それに気が付く名も知らぬ男子生徒はゲラゲラ声を上げて走り去るのだ。
「ちがっ、ちが! これは! 違う!」
笹崎の友人は顔を真っ赤にして、慌てたように彼女に向き直って言う。しかし彼女の表情は、目が泳ぎ、困惑した様子だった。
模擬戦闘で首をしめたのは、まだ彼女が周りが見えておらず、自重することができなかった時にしてしまった失態なのだ。本当に申し訳ないことをしたと今後悔している。この白鳥が気にしていないわけがなかったと思えば、彼女はどうすればいいのかわからなかったのだ。
笹崎の友人である白鳥は、そんな思考硬直状態の彼女の様子をみて、性癖についての弁解は無理だと察した。気がつけば白鳥は走り出している。白鳥は名も知らぬ男子生徒を追いかけると思いきや、勢いそのままにアクション俳優さながらに三階の窓から叫び声をあげながらダイブしたのだ。
次の日から松葉杖をつきながら登校するになった。何故飛び降りたのかと聞かれると、「取り乱してしまい、教室の扉と外の窓の区別がつかなくなって無性に飛び降りたくなりました」と意味の分からない言い訳をしたのだ。
それからその笹崎の友人である白鳥という生徒は、彼女とどこか話しにくく思えるようになったのだ。
2016年10月
二学期、後期に入ってから、時々一年生と二年生が一緒に自衛の授業を受けることがあった。学校側も自衛の授業について手探り状態で色々模索しているのだ。
振り回される生徒達だが、随分面倒やら迷惑やら困惑したりしている者の中にも、後輩達にいい格好を見せようと張り切る者がいる。
彼女は張り切る側である。
一年生と共に行う自衛授業を楽しみにしているのだ。
しかし、彼女は実際に一年生と共に行う授業について勘違いしていた。彼女は一対一でペアを組むのだとばかり思っていた。しかし、実際はある程度の人数が集まり、グループとなって教え合う形だったのだ。しかも、彼女が割り振られたグループの中には、彼女が苦手とする八幡という男子生徒がいた。彼女は見るからにがっくりと肩を落とすのだ。
彼女はグループの中で空気と化していた。教えたくても、八幡だとか他の人がまとめて指導したりするのだ。おかげで彼女にはすることがない。
八幡が直々に模擬戦闘を交えながら指導することで、ようやく彼女も一年生達と会話できる機会ができたのだ。
「長田のお姉さん! 一緒で嬉しいす!」
一年生に元気よく話しかけてくれた男子生徒がいた。
「ああ! 家に遊びに来てた!」
「そうです! 東っていいます!」
「隣にいる君は?」
彼女は元気よく喋る生徒の隣にいた生徒にも話しかけてみた。どうせ一年生は、彼女の二年生での立場などわからないのだ。明るくなる理由は十分だ。
「おお! 私と同じ名字! よろしくね! ところで何を鍛えてるの? 私なんかでも教えれる事があればいいけど」
彼女はそれなりに教えようとしていたが、結局八幡に「次の相手!」「無駄口たたかずに戦い方を見ておけ」と言われてしまい、一年生は彼女の前から去っていくのだ。彼女は何もすることが無くなった。
グループが休憩に入った。休憩と言っても、ああした方がいい、こうするべきと八幡のご高説は続いている。
彼女はどうせなら動きたいな、と思えた。ふと見れば、広いスペースが空いている。姿を消していた彼も、彼女と同じように動きたがっているのか、「やろうやろう」と彼女を誘うのだ。そもそも、これだけのスペースが空いているのは珍しい。
彼女と彼の間には、模擬戦闘の際に変な決まりがある。場所が狭ければ素手の組み手、そこそこ広ければ武器を使用して、とても広かったら魔法も使用可能、といった感じだ。動くと言っても、ずっと素手での戦闘ばかりだった二人にとっては、こういった授業でないと武器を振り回す機会は無い。故に、彼女と彼は模擬戦闘をおっぱじめるのだ。
彼女と彼は魔力を物質化させており、彼女は棒、彼は剣で打ち合う。対等と思わせながらも、彼は遊んでいた。彼の蹴りで大きく吹き飛ばされ、体勢を崩したところに踏みつけられて押さえ込まれている。圧倒的である。
そんな時に彼は八幡に怒鳴られた。彼女ではなく、彼が怒鳴られた。
「すみません」と彼女が反射のごとく謝るのだが、そこのお前だと彼が言われたのだ。彼女と彼は怒られながらも不満そうな表情である。というのも何について怒られているのかわからないのだ。グループは小休止。勝手な行動を咎められているとしても休憩に何をしようともいいではないかと思っている。もともと空いているスペースを使っただけであり、誰かの邪魔をしたつもりもない。
彼が露骨に不思議そうな表情をするものだから、八幡の纏う雰囲気はよりいっそう苛立たしげなものになっている。そして何故か、八幡が彼に「俺と戦え」と言うのだ。
「本当? マジすか? 是非とも!」一瞬にして彼は目を輝かせる。しかしすぐに彼女をさして「……ぁ。こいつの許可ないと駄目なんですよ。都合もあってですね」等と残念そうに言うのだ。
「つべこべ言わずに」と言う八幡を見かねて、彼女は彼に「いいよ。今日だけは」と許した。
八幡は空いたグラウンドで対戦相手を待つ。そこに対戦相手である彼女が歩み出している。審判は何もわかっていない無関係の生徒だ。対戦者が揃ったと判断する審判は開始を告げた。
瞬間。八幡の体に彼女の蹴りが食い込み、派手に吹き飛んだ。
「どうだ? キクだろ? 俺の蹴り。本気を出せばヤタ君にもザキザキ君にも引けをとらない。なんつってね。言ってみたかったんです。ふふふ。気を抜いてるといくらヤタ君でも負けちゃいますよ?」
「おごっ! ぉぉ……」
「うへへへ。やっぱり肉体っていいすね。快楽の塊。三度目だけど完全に染まるこれはヤバい。うん。やりましょうや。戦い方はこいつの上位互換と思え! どちらかと言えば防御傾倒のカウンター狙い! 牽制だけで終わったりなんかさせねえからな! うぉらごいやあ!!」
「げほっ。待て何故君が?」
「中身はこの俺だ! 大した違いなんざねえ!」
八幡は戦闘を拒んだ。こういう事になるとは思っていなかった。
「マジかよちくしょう」と彼女が呟いたと同時に、彼女の後ろに彼が姿を出していた。憑依が解けた後の彼女は、虚ろな目でボケッとしている。前後の記憶は無いようだった。
その場にいる人はそこで男子生徒が、彼という得たいの知れない何かであったのを理解した。そして彼女はそれにとりつかれるのだと。
「もしかして、憑依って脳に凄い負担かけてた?」グラウンドの隅で彼が彼女に声をかけた。
「どうしたの? 何してたっけ?」
「あー、とだな。後で説明する」
「凄く不機嫌そう」
「模擬戦闘の相手頼まれたけど、戦闘中に『やっぱやーめた』ってされた」
説明を色々聞いた彼女は一年生からにも変人というレッテルがつくことだろうと思った。当然の事だ。もはや彼女は、いつもの事だと諦めたのだ。どうせ早いか遅いかなのだ。
2016年月
「ねえ長田!」
一年生の教室。女子生徒が長田の弟に話しかけた。一年生の女子生徒は、長田の姉である彼女に憧れていると言った。カッコイイ、どんな人だとか、メールアドレスを知りたいとか、そういった事を聞こうとするのだ。
「やめとけ。なんせコイツ、実の姉に顔さえ覚えられてねーもんな!」
近くにいた男子生徒が長田の弟をからかう。しかし、弟にとっては何一つ笑えない冗談だ。学校で弟と彼女は会話する機会があったのだが、あまりにおかしいほどに他人行儀なのだ。しかも本来の彼女と性格が違い過ぎている。明るすぎる性格なのだ。眼鏡をかけていたこともあって、本当に他人なのかもと思った。しかし、知り合いが「コイツのねーさんですよね」といい放った瞬間、彼女は微笑んだまま少しの間弟の顔を見て一気に雰囲気が変わるのだ。その何かに怯えたようなオドオドした気持ち悪い様子は、弟の知る彼女だった。
彼女は意味のわからない言い訳として、「半年も顔も合わさないとわからなくて」と言うのだ。
「フツー。一つ屋根の下で暮らしてて顔合わさないのはフツーだ」
「俺の家は家族と一緒に飯食うし、会話したりする。トイレや風呂ですれ違う事もある。異常だな」
「うんそれは異常だ。普通の世帯なんて何千万世帯あるうち、長田の家庭一つだけだな。他は皆異常だ」
「いいなそのジョーク。頂いた」
弟は現実に戻る。
自らが責められているように感じて逃げ出したくなった。
「あの人。魔法、属性なんてほとんど適正なんて無いんだ」
「普通に魔法使いまくってんじゃん」
「儀式魔術の発展の発展。更に先の別の技術。とかそんな説明だった。あの人の魔法、属性は体をいじくるんに適してんだと。火とか風とかの自然系は適正なしって」
「希少属性!?」「なのかな? どうなん長田」
弟の知らない事ばかりだ。実の姉だというのにそんな会話にもついていけなかった。
2016年12月
昼休憩。三矢と食事をしている。
「ユウちゃん手足ばらばらで虫の息だったしね。あの場だと助けるくらいしないと。というか俺。本当に自殺したの?」
「そうなんす。理由はわかんねえし言いたくもないすけど。でも下手すりゃ三矢、お前も死ぬところだった」
「っていうかお前、ユウちゃんと話す時と俺と話す時と、喋り方違う」
「そりゃ相手は俺ですし。俺も生前は敬語キャラっすからね」
三矢は彼と喋っている。
「敬語だとか弟キャラだとかありえねえ。ユウちゃんもお前も兄貴分姉御肌っていう感じ。どうしたのユウちゃん。元気ないけど」
「何でもないよ。考え事」
彼女の頭の中では八幡からの言葉が何度も繰り返されていた。
「長田。使い魔のあいつと同一人物だからって、本当に同一視するのはおかしい。そのうえで人との付き合いを考え直した方がいい」と言われたのだ。
そんなこと彼女にとっては今さらなのだ。自分はクズだ。
「三矢君。本当にあの時有難う。こんな私みたいな奴なんかに」
「長田もユウちゃんも結構しつこいのね。むしろ僕らが今まで何も力になれていないだけの話なのに」




