八幡の視点その二
「違う! そういうことじゃない! というか笹崎! 長田を壊れない玩具か何かと勘違いしていないか! お前もだ長田! 鼻血垂れ流しながら殴り合う、っていない!」
怒鳴り散らしていた先生は、ため息をついて笹崎を連行していた。隅の方で「いいか? 長田はワケありなんだ。けしかけるな」と御説教を受けていた。「彼女は精神病なのだから」と。
2016年6月
例の殴り合いから数日。八幡は笹崎から恋愛相談を受けていた。笹崎は長田に好意を持っていたのだ。いつからと聞けば、最初からだと言う。
笹崎の友達もその場にいて、会話に入る。
「好きだという相手に遠慮無く殴り合えるお前は凄い」「まあ長田はなんだかんだで殴り合いは大好きだからな。というか、俺と長田の接点がそれしかない」
「嘘だろ。長田は何でも幅広く趣味持ち合わせてるぞ。手芸とか料理とか、カラオケや釣りに絵も小説も。オタク趣味にも理解がある」と一年生の時長田と同じクラスだった友人が言う。それにヤマイという、暗い性格の奴でさえも長田なら数時間ほど話せるのだという。笹崎も八幡も同じ中学の生徒で知っていた人物だ。それだけに信じられない。あんな奴と十五分も会話をもたせるのも難しいだろう。
「そんな長田と共通の話題が無いって、よっぽどだ」「長田って、どんな話が弾むんだ。何が好きなんだ?」「だからなんでも。ヤマイとは小説で川端康成とかで『山の音』が好きって話で盛り上がってた。部活の話でも、ニュースの記事でもなんでも話しとけよ」
八幡は二人の会話に入り込めていない。八幡はつい笹崎に聞く。
「笹崎。お前、一時期、長田が嫌いな時って無かったか? ほら。一年の冬の時、長田と模擬戦闘してから様子がおかしかったじゃないか。『長田が』とかなんとか」
気まずそうに笹崎とその友達は顔を見合わした。その言葉だけで、いつのどの出来事か理解したのだ。
「……」「だよな。あれだな。実はあの時、ザッキーが長田を怒らせたんだ」
話を聞けば。笹崎が戦闘終了後に、セクハラまがいのことをしたのだ。それからずっと、廊下ですれ違っても目も合わさないし、話しかけても怯えたように逃げるのだと。あの時模擬戦闘の授業で、笹崎が強引に長田を引っ張ったのは、どうにかまた前のように話せる関係に戻りたくての行動だったらしい。
「謝れよ」「謝ったよ! すぐに許してくれたよ! でも前みたいに楽しく話すことができない! 距離を取られている」「セクハラまがいってなに?」「不意討ちぎみにお姫様抱っこしてみただけ」「何でそんなこと」「あいつ、殴り合いになった途端、凄く重くなるんだ。組合ったら絶対に勝てないから。それとちょっとヤマシイ気持ちもあって」「はい。その時点でアウト。そりゃ逃げるようになるわ」
ところでさ、と、笹崎の友人が二人に尋ねた。
「長田が自殺未遂したのって、マジなん?」「信じられねえけど、先生が言うには本当らしい。何でお前が知らないんだ! 同じクラスだったんじゃねえのか?」「インフルエンザで休んでた。何があったのかわからねーし、聞くに聞けない」
八幡は罪悪感にかられていた。ちょうどある出来事の時期と重なっている。罪悪感ついでに、八幡は尋ねる。
「長田って、回復能力は凄いけど、切り落としたりした腕は生えたりするのか?」「流石に切断はしたりしねーよ」「一年の頃は骨折り程度はお互い笑って済ましてたけど、切り落としたりは絶対無いって」
「長田の性格ってどんなんだ?」「明るい。……明るかった性格。滅多に怒らない。というか怒ったりすんの? 大抵どんなことしても笑って許してくれる」「怒るというか、本来怒らせるような事をすると陰で凄く凹んじまう。課題のノート借りたまま無くされた時があったらしくてそのまま課題提出に間に合わなかったけど、しばらくしょんぼりしてたし」「相手よりまず自分を責めるタイプかも」「頭のおかしい奴に告白されて断って逆恨みされてたときも、自分責めてたしな。とにかくいい奴」「ってかさ。俺もお前と一緒でいいから長田とキャンプ、行かせてもらいたかったな。今年、誘うことってできそうかな?」「なんか、もう無理そう。彼女、ここ最近沈んでるし」
二人はよく長田の事を見ていた。
「お前らはよく見てるんだな。笹崎だけでなく、お前も好きなんじゃないのか」
「そりゃそうだろ。ま。高嶺の花だがな」
あっさり認めた事に八幡は驚いた。それに対し、「戦闘狂であることを除いたら、あんな人好意を持たない方がおかしい」とひらきなおるのだ。
「口では許してもらえても、態度は以前みたいにはなんない。どうすりゃいいんだろ」
八幡はついぼやいた。
「たとえどれだけ償おうとしても、無かったことにはできない。一時の感情なんかで、軽はずみでするべきじゃなかった。凄く後悔している」
八幡は独り言で呟いたのだ。その言葉に笹崎は酷く落ち込んでいる。また。八幡も同じくらいに落ち込んでいた。
2016年10月
彼女が想像以上に戦闘を好んでいるのが意外だった。
模擬戦闘の授業だ。彼女は今、見慣れない男子生徒に対して纏わりつくように同じことを言っていた。
「ねえ。今どんな気持ち? 本気でやって私に一本入れられてどんな気持ち? ねえ? ねえってば」「分かった。もう何も言わないでくれ。十分わかったから」「私はあなたの気持ちわからないからさ。ほら。どんな気持ち?」「……」
男子生徒はしゃがみこんで頭を抱えて丸くなっている。酷く落ち込んでいるのだ。
そんな男子生徒は、つい先ほどまで彼女と武器をもって模擬戦闘をしていたのだ。そして彼は彼女に一本入れられてしまっていたのだ。
彼女は、とてもではないが精神病などには思えない。しかし、八幡や笹崎などが話しかければ途端に喋らなくなるのだ。彼女は特定の人物にだけ心を開くようになっていた。
放課後の教室。笹崎とその友人、八幡と三人で話している。八幡は話に入らず、二人の話を聞くばかりだ。笹崎の友人は、カメラから映像を再生させていた。
「で。盗撮魔。長田と一緒にいるこの男誰?」
「知らない。長田とよく一緒にいるのは前から見かけてた」
「長田、ずっとこいつとばかり戦ってる」
「そりゃな」
「あの学校で魔物と戦ってる時もいたよな。こいつに勝てでもしたらさ。長田の隣を奪えたりするんじゃねえかなって思うんだ」
笹崎の友人は別の動画を再生させた。「ほらこれ」と言って見せた動画には、長田と例の男が戦っている映像だ。彼女は、凄まじい魔術の連発と、大剣ともいえる大きな剣を二本持って男に挑んでいる。しかし、男は両手に持った短剣と動きですべての攻撃をいなしている。
「聞くけどさ。お前はこの長田の魔術。耐えきるのでも回避するでも、魔術で相殺すンでもなんでもいい。この長田が放った魔術をやり過ごす自信はあるか?」
「ああ。……うん」
「今でこそ長田はザッキーとたまあに相手してもらってる。でもさ、この男に挑んで負けたら、それこそ目も当てらんねえって。何も戦闘で張り合おうともせずによ」
「諦めたくない」
「それはわかってるって」
八幡は男の存在を知っていた。そして、正体にもおおよそ見当がついていた。




