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彼女と妄想と その二

「よし。とらえた」


 そんな聞こえるか聞こえないかの小さい声で彼が言った。その途端、彼女が崩れるように倒れてしまった。彼女と言えど、体力の限界だったのだ。彼は彼は駆け寄りたかったが、封印を完全に行うことが優先だ。十分ほど時間が経って彼が駆け寄れば、完全に体力を消耗してしまっているようだ。土や草や虫がついているにも関わらず、彼女は横になったままなのだ。疲れきった彼女を背負って二人に言った。


「すんません。結構やばかったっす。帰れそうですか? 申し訳ないんですが、このまま帰らせてください。マジで余裕なくて」


 もう時間にして七時間。取材にきた二人は動くことも喋ることもできなかった。魔物について詳しく知ろうとも思えない。生きている。それだけで十分だった。帰り道がわからない、疲れた、といったことなどどうでもよかったのだ。



 そして二日後。例の取材にきた二人が、彼女の家を訪ねようとしていた。見かけた彼と彼女は背後に回り込んで声を掛けたのだ。気が付いた取材の人はまず彼女に声を掛けた。


「大丈夫なのかい?」


 そんな取材の二人に彼女は身を案じてくれたのが嬉しく感じた。それに、彼の存在を認知してくれてもいるのだ。彼女はそれなりに親近感を持っていた。自分の事を知ってくれるのは嬉しいのだ。


「結局、ろくな説明ができずにすみません」と謝るのは彼女だ。


 彼女は二人を、せっかくだから私の部屋に見せたいものがあります、と言って部屋に招いた。何故か二階の窓から案内されてしまったが、もはや聞くつもりにもなれない。あまりに感性が違うのは、一日目で理解していた。それに魔術に触れるというのもめったにない経験だ。見えない階段をのぼる。さながら空中浮遊のマジックにも思えた。

 彼女は部屋にはいると、取材の二人に向かって微笑みながら立てた人差し指を唇にそえた。静かにしろと言うジェスチャーだ。取材の二人は、つい色っぽい仕草にドキリとする。

 彼女は見とれる二人を気にする事なくクローゼットの扉を全開にしてみせた。そのクローゼットには、沢山の水晶が丁寧に並べられていた。その水晶は、どれもが鮮やかな光を放っている。赤や青、緑に黄色。様々だ。


「これっ! 封印されてる魔物!?」


 彼女はカメラマンの大声に驚いて跳び跳ねた。今度は焦った表情で、また静かにしろというジェスチャーをする。

 潜めた声で、「全部君達が?」と聞けば、満足そうに笑顔で頷くのだ。そして彼女は昨日の魔物を封印した一際大きい水晶を抱えてつき出した。見覚えがあると思えば、そのひと際大きい水晶は昨日のものだ。「記念にあげる」とひそひそしゃべるのだ。


「なんで小声なの?」


 彼女は不意に部屋の隅に手招きした。そして何かと思えば、コンセントをこじ開けたのだ。そして見るからに怪しい黒くて小さい物を二人に見せて、わざと「カンカン」と物音を出してみせた。その瞬間、彼女が取り出したスピーカーから音が重なって聞こえた。

 彼女の言いたい事が伝わる。


「盗聴?」


 取材の二人は口だけ動かして伝えた。彼女はこくこくと頷くのだ。彼女が部屋を恐れる要因の一つだった。

 彼女は盗聴機器のことはおいといて、と、魔物の説明、自慢が始まった。全て小声だ。

 見せられた大学ノートには、女の子らしいかわいい文字で魔物の図鑑が書かれていた。愛らしいデフォルメされて描かれている動物らしきイラストは全て魔物だそうだ。彼女はこれを手書きで作り上げたのだと言った。現実の魔物を見た後では、取材に来た二人にとってはかわいらしいイラストも気持ち悪く思えた。

 また奥のクローゼットには、大きな紙に町の地図が手書きで書いてある物がある。これはどうやら魔物の分布図のようだ。捕獲場所を記したのだと。

 そして封印されている水晶には、全て魔物の強さの評価も書き留められている。最大保有5、瞬間放出3、回復2、安定度2、といった具合だ。最大保有エネルギーはヒットポイント、瞬間放出は攻撃力、安定度はエネルギーが漏れない力すなわち防御力。そういう説明だった。彼女のノートには、キツネは回復特化、フェニックスは攻撃怖いけど回復しないからまず打ってこない、ゲンブ雑魚、モンスターボールは謎が多い。という特色があるようだった。この魔物たちの名前も意味がわからないが、そんなものだと取材の二人は無理矢理納得した。正式な名称は別にあるようなのだが、彼女たち二人で通じ合うだけの名前であり、正しい名称は知らないのだそうだ。


 彼女達は一通り自慢が終わると、また窓から家を出た。

 彼女は「あんな小声で喋り続けるのも疲れますし」と言えば、外を出歩くことになった。どこに行くのか聞いたが、目的場所もない。どうすればいいか彼女もよくわかっていなかった。「少なくとも、見せる物もないし、あんな部屋にはあまり居たくない」という。確かに取材の二人もそう感じた。妙な雰囲気を彼女の部屋からしていたのだ。

 彼女はこのままお話しすることありませんし、取材するにしても私に聞く事なんてもうないですと言う。しかし、取材の二人はもっと話を聞きたかった。結局、適当に歩く彼女に取材の人もついていくのだ。

「いつから魔物を捕まえるように?」「つい最近です」「怖くないの?」「だから怖いですって」「怪我したりして親は心配していないの?」「腕を無くしてひと月くらい過ごしてた時がありますが、特に何も言われなかったです」「いつか死んでしまうよ」「いつ死んでもいいように生きてますけど」「死んだら親御さんは悲しむよ?」「私には弟がいるので。私よりもずっとしっかりした、できた弟ですし問題無いですよ。勉強もスポーツもできるし、学校でも――」「弟君の事については特に必要ないかな。もっと話したいんだけど、どこか店にでも」「あまりお金がないです。公園とかは?」「ちょっと遠いし。お金出すからさ。あそこの喫茶店のケーキはおいしいんだけど」「ふふっ。ナンパされているみたい」「あ? 何言ってんの? 女子高校生に手を出したりしないから」「もう、じょうだんですって」


 冗談を言いながら、いかにも楽し気に話していた。彼女は年相応の明るさと愛嬌があった。彼女はもともと、他者と会話が苦手でありながらおしゃべりは好きなのだ。楽し気に話している中、彼女は足を止めた。楽し気な会話の途中に、いきなり足を止めたのだ。


「あれ? どうしたの?」


 しかし、彼女は応えない。彼女は顔面蒼白で俯きがちでありながら、目は動揺したかのようにきょろきょろと動いているのだ。まるで、いつかの登校の際の怯え様に似ていた。


「ねえ! いきなりどうした? やっぱり調子が悪い?」


 取材の一人が寄る。そんな彼女は口をわなわなと震わせていた。明らかにおびえている。

 彼女はいきなり、取材の男性にすがるようにしがみついた。独り言をぼそぼそと呟いている。「ごめんなさい、わかっています。わかってるんです。大丈夫です。わかっているんです」と。何があったのか聞こうとするが、彼女はずっとぼそぼそとおびえたように何かを呟くのだ。男性から離れる気配は無い。


「もう無理! お願いします! つけられています! どうにかしてください!」


 取材の人間は何をどうすればいいのかわからなかったが、男子生徒がそれを理解していた。彼女が指さす方向に向けて、魔法の詠唱などを行っていたのだ。取材の人がどういうことかわからずにいると、彼女の姿をした何かが何人か現れた。彼女の姿をした何かは、それぞれどこかへ行ったのだ。

 彼女の姿をした何かを、幾人の人間が後を追っているさまが見て取れた。そこで取材の人は、彼女が後をつけられていたのに気が付いたのだ。


「ストーカー⁉」

「お願いします。こっちに来てぇ」


 彼女は今にも泣きそうな震えた声で、しがみついたまま取材の人間を裏路地まで引っ張っていった。おびえたまま、色々速足で移動をつづけた。

 そのまま、どこかの公園に来たのだった。


「何に怯えてたの?」

「ごめんなさい。少し妄想に取りつかれてしまったんです。それだけなら全然平気だったんですが、学校の苦手な人がいて。今日月曜日なのに……」

「友達? 何か問題があった? それと今日は海の日で祝日だげども」

「私、不登校でして。あまり学校の事好きじゃないんです。ある程度なら取り乱さずにいられるんですが、少し心が不安定な時に遭遇すると、わけがわからなくなってしまって」

「何から逃げていたの?」


 取材の男は、何者だったんだという意味で聞いていた。ある程度予想はできたが、彼女が認識しているかで、言葉を選ぼうとしたのだ。


「ごめんなさい。私、時々、頭がおかしくなるんです。誰かからストーカーされてたりする妄想したり、さっきの私の部屋に盗聴器つけたりして『誰かのせいだ』って無意識に自作自演してしまったり。統合失調症の弊害です。ははは……」

「自作自演?」

「盗聴器なんか、外しても外しても、また部屋のどこかにつけられるんです。私自身わからなくなって……。さっきも、集団ストーカーされてるってばかり妄想してしまいます。頭では妄想だと分かっているのに、怖くてたまらなくなるんです」

「あれ? 統合、失調……症? 少なくとも君のはそういう病気じゃないような……。気のせいというか、気のせいじゃないというか……」


 彼女は、休ませて下さいと、公園のトイレに入っていった。

 入れ替わるように彼がとんっと、地面に降り立った。最初の挨拶からずっと喋らずにいた彼はようやくしゃべりだした。


「あちゃあ。多分、一時間は出てこないっすよ。狭い空間で、しばらく心を落ち着かすんっす」

「なにか、学校であったり?」

「さあ。でも、首を掻っ切られたのが、切っ掛けとして一番でかいはずっす」

「聞いてもいいわけ?」


 彼はぜひとも聞いておいてほしいと言った。彼女は不審人物から首を刺されたのだ。勿論、そのまま死に至る大怪我だ。そして彼女は、すぐに被害届を取り下げた。勝手にといっていいほどに、一人で慌てるように弁護士と両親をだまし、誘導して取り下げたのだ。

 彼は言った。


「俺は犯人を見ていない。だけど、あいつは『見てない』と一点張りしてるけど、見ていたと思う。多分、仲の良かった誰かだと思う。それをかばってるんだと思う。首の傷は、消そうと思えば消して治せるのに、こだわるように残してる。多分、戒めなんだと思う。『自分が仲が良い』と思っていても、相手もそう思っているとは限らないってことを忘れないようにしてるんだと。あいつ、何にも言わねえからわからないんですけど」


 彼は、妄想の事として、彼女には伝えないほうがいいと思うと言っていた。ストーカーされている程に嫌われているというのも、盗聴器をつけられていたりなどの行為を身近な人物がしていたと知れたら傷つくだろうから、と。


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