魔法少女だった
とても素敵な夢を見た。目覚まし時計を手に取るとちょうどアラームが鳴りはじめたので、ペシリとボタンを叩いて止める。朝六時、さわやかな目覚めだった。あたしはぴょこんとベッドをおりて、カレンダーを確認し頷く。
今日は始業式、中学二年生になるんだ。
あたしは手早く朝支度を終えた。制服はばっちり、クリーニング済みで折り目もちゃんとついている。ヘーゼルナッツの髪の毛はツインテールのテール部分を三つ編みでまとめてあり、トレードマークとしてちゃんと決まっている。かばんの中には昨日頑張った春休みの宿題がちゃんと入っている。今日は休み明けのテストがあるけど、これはなんとかなるだろう。問題は、新しいクラスメートなのだ。仲いい子が一緒のクラスだとうれしいなんて思いながら、家を飛び出した。
「行ってきます!」
クラス割が張り出されている掲示板の前は人だかりでいっぱいだった。背伸びして目を細めてやっと確認できた自分の名前『三室やえ』に素早くクラスを確認する。あたしはB組らしい。ついでに名簿に目を通して小さくガッツポーズを決めた。よし、八尋春樹君も同じクラスだ! それだけで一年分の運を使い果たしたような気分になる。
「今日は何だかいい日になると思ってたんだ」
スキップしたい気持ちで教室に向かった。扉を開けるとすでにそれなりの生徒が来ていた。その中でも目につくのが男の子を囲む女子の集団だ。確認すれば真ん中にいるのが伊藤タクミ君で、なるほどと思う。あたしでも名前を知っているほどの有名人──学年一美形でモテると噂されている人物だった。サラサラのハニーブロンドに端正な顔立ちで確かに騒がれるだけある。噂によるとサッカー部エースで週に一回は告白されているそうだ。伊藤君が顔を上げたが、あたしは興味ないので隣を通りすぎて自分の席に座る。
誰か知り合いがいないか、新たにお友達になれる子がいないかキョロキョロしていると、綺麗な女の子が教室に入ってきた。男子の視線が彼女に釘付けで、教室の空気も一瞬止まる。絹糸のような長い黒髪が陶磁器のような白い肌に映えて素直にため息が出た。彼女はそんな周囲に興味無さげに真っ直ぐあたしの方に歩いてくる。呆けながら彼女を見ていると、あたしの後ろの席にかばんを置いて座った。
「あ、あの。はじめまして!」
ドギマギしながら話しかけると、無表情が嘘みたいに花開いて思わず顔が赤くなる。
「はじめまして、水守雪乃です。転校してきたばかりでまだ友達がいないの。よろしくね」
「あたしは三室やえ。こちらこそよろしく」
ファーストコンタクトは成功。彼女はにっこりとして手を差し出してきたので、あたしはがっしりと握手した。
朝のホームルームが始まるまで、水守雪乃ちゃんと雑談する。彼女の親は転勤族で、かれこれ小学校から数えて5度目の転校だそうだ。なかなか友達ができなくて困ってたの、と眉を曲げて微笑む彼女に、絶対に親友になるのだと誓う。
厚い縁の眼鏡をかけた黒髪の少年がクラスルームに入ってきて、あたしの心臓はどくんと跳ねた。八尋君だ。あたしは水守雪乃ちゃんと言葉を交わしつつも意識を集中させる。最初の席順は出席番号になっていて、出席番号は氏名の五十音順だ。八尋君の席は一番後ろで、あたしはその二つ前。水守雪乃ちゃんを挟むのはとても複雑な気持ちだけど、それはそれとして、あたしの席は八尋君の通り道なのである。
「八尋君、おはよう」
「おはよう、また一年よろしくね」
よし、挨拶できたぞ! 八尋君は微笑みながら歩いていった。
何気ない彼の仕草にあたしの心臓はバクバクと音を立てている。ああ、本当にもう。
女子からは野暮ったいと思われているようだったけど、八尋君は眼鏡を外せば格好いいし、髪を掻き上げると中学生の癖に色気だってある。何より、ほんのさりげない気遣いがとてもやさしい。みんなどうして気づかないんだろうと不思議に思うけど、むしろ八尋君の魅力はあたしだけ知っていればいいのでこのままでいい。今年はもっと仲良くなれたらいいな、と思った。
あっという間に時間が過ぎていった。テストは少し厳しかったけど、それは継続課題だから仕方ない。初めてのロングホームルームで各委員を決めた。八尋君はやっぱり学級委員長で、あたしは美化委員になった。水守雪乃ちゃんは保険委員で病人・けが人が増えそうな予感がする。
放課後は水守雪乃ちゃんとランチの後ショッピングモールを散策して、彼女を『雪乃ちゃん』と呼ぶ権利を得た。
「私もやえちゃんって呼ぶね」って頬を桜色に染めた満面な笑みにあたしのハートが早鐘を打ったのをここに記しておこう。
夕方、塾に行くらしい雪乃ちゃんと別れてあたしは帰路についた。駅からも見える20階層建てのマンションは徒歩20分かかるけど、大きい公園を横切れば少しだけ時間が短縮される。あたしはいつもの気安さで木の茂る公園へと足を向けた。普段は疎らにある人影が、今日に限って全くないことなど気にも留めなかった。朱から紫に変わってゆく空を見ながら早足でマンションに急ぐ。ざわざわと木々が騒ぎ強い風が吹いた瞬間、あたしは後頭部に衝撃を受けた。
「なによ」
目に入ったのは野球ボールぐらいの綿がころころと転がっていく様だった。
後ろを向いても誰もいなくて首を捻る。まぁ良いか、と一歩繰り出したところで声がかかった。
「やえちゃん」
「えっ?!」
再度見回してみるが、やはりあたししかいない。
「ここだっぽ」
ふわふわと綿の塊が浮遊してあたしの目の前に現れる。三回瞬きして、頬をぎゅっとつねって、綿が喋っているのだと認識した。よく見ると綿には二つの円らな目がついている。口はない。
「なに」
「時の精霊せろっこぽ」
「せろっ、こ?」
「やえちゃん、やえちゃんは選ばれた特別な女の子っぽ」
「意味が分からない」
あたまおかしい。おかしいのはあたしか? 一歩後ずさる。綿の塊がぐいっと近寄る。
「世界の危機が迫ってるぽ。やえちゃんはそれを止める力があるぽ。手伝ってほしいぽ」
自称『時の精霊せろっこ』は己れのあざとかわいさを主張するようにそのくりくりとした目であたしを見つめる。でも、「胡散臭いよ」
世界は平和そのものだし、世界が滅んでしまうほどの大きな戦争はない。第一救うってあたしみたいなちっぽけな中学二年生になにができるんだろう。
あたしの気持ちを察したのか、白の綿生物はうんうんと全身で頷いた。
「時の妖精せろっこは未来から来たぽよ。もうすぐ起こる出来事を見るぽ」
そう謎生物が発言した途端、その両目がぴかっと光って、あたしは地獄を見た。
空が割れていた。硝子がひび割れてしまったように亀裂が走り、ぽろぽろと空の欠片が漆黒の闇に飲まれていく。あたしのまわりは、死骸で溢れていた。爆弾で飛び散ったのだろう人のパーツが散らばっている。四肢の欠損した怪我人が絶望の表情で逃げようと藻掻く。軍人のような集団は蹂躙しながら進んでゆく。
場面が変わる。そこも死体の山だった。生きている人はいない。腐りかけた人の肉を烏が啄む。腐臭が纏わりついてあたしから離れない。あたしの足は幼い子供の腹を踏みつけていた。
次は場面では頬の痩けた子供が大人だった肉の塊を喰っていた。次は──、次も──。
見知った街があったが、そこはもうあたしの知る場所ではなかった。建物は崩れ落ち、所々煙が上がっている。斃れている人は成長しているが面影があった。その近くに同じく横たわっている黒髪の女性も。しかし、見るに耐えない姿だった。
それは一瞬だったはずなのに、永遠の地獄を彷徨ったように思えた。
酸っぱいものがせり上がってきて、あたしはそのまま吐いた。夕方雪乃ちゃんと食べたクレープの残骸、お昼食べたハンバーガーにジュース、とうとう胃液しか出なくなっても吐き気は収まらない。
狂気に満ちていて、死が溢れていた。これが数年後の世界だというのだろうか。
「なんで、どうして……」
生理的な嫌悪で涙が出る。
「それが、この先起こる未来っぽ。やえちゃんだけがその未来を変えられるっぽ」
自称『時の妖精せろっこ』とあたしの間に灰色の石が連なっているブレスレットが浮かび上がる。
「やえちゃん、それを手にとるっぽ。そして、魔法少女まくあとなって世界を救うぽ」
あの世界が作り物だなんて欠片も思わなかった。だって、血と硝煙の臭いも、腐臭も人々の叫び声も全部リアルだった。踏みつけてしまったあの子の軟らかさも、全部本物だった。八尋君の変わり果てた姿も、雪乃ちゃんの亡骸も。もしその未来をあたしが変えられるなら、それは──。
「わかった。やるよ。あたし、魔法少女になって、みんなを守る」
あたしは自らブレスレッドに手を伸ばした。
劈くほどの轟音が聞こえた瞬間、熱風が魔法少女まくあを包み込んだ。人ならば一瞬で蒸発してしまう温度だが、魔法少女まくあの純白のコスチュームがあたしを守っていた。あたしは灼熱に耐え、ぐっと、手の中の≪くろのスティック≫を握り締める。
弾丸が魔法少女まくあに降り注いだ。しかし、あたしの頑丈な装甲には傷一つつかない。魔法少女まくあは弾丸を腹で受け止めつつ後方に飛んだ。その直後、先ほどまで自分の立っていた場所にまた爆発が起きる。そこからごうっと火柱があがり、視界を被った。
あたしは舌打ちし、手にしていた≪くろのスティック≫でなぎ払った。スティックの先端から風の刃が走り、炎を切り裂く。つかさず炎の境に飛び込み、追撃を回避する。
「くっ」
バイザーの端に、黒い鱗に被われた醜悪な怪人ヤヒロの姿が映った。大きな口をあけて揶揄している。あたしはギリ、と奥歯を噛み締めた。
苛烈な戦いだった。
魔法少女まくあにダメージを入れられないと分かっているはずなのに、ここを死守せんとばかりに攻撃をしかけてくる。敵はいつもにもましてしつこかった。化物の数もいつも以上で、何匹も倒しているのに、まるで戦隊物の雑魚のように沸いてくる。
魔法少女の顔半分を覆うバイザーは鈍く反射していた。魔法少女まくあの表情はバイザーが隠していたが、その裏であたしは盛大に顔をしかめていた。視界には、己れのダメージと残エネルギー、敵の情報が表示されている。バイザーは魔法少女まくあが不利であることを伝えていた。敵はしぶとく、予想以上にエネルギーを消費してしまった。残エネルギーがなくなってしまえば、無敵を誇っていた未来の装甲もただの布切れになってしまう。
「でも、やるしかないじゃない」
魔法少女まくあの手首にかかるブレスレットがキラキラと青白い光が空に軌跡を描く。
「まくあ、がんばるっぽ。もうすぐっぽ」
声は魔法少女まくあの肩先から聞こえてきた。白いふわふわとした毛玉につつまれた生物が自分の肩に乗っかっている。魔法少女まくあのパートナーであり、自称『時の精霊せろっこ』が自分に呼びかける。
そうだ、もうすぐだ。この戦いを切り抜けることができたら、世界を救うための力が溜まる。今日さえ、たった今さえ、敵ヤヒロをやり過ごすことができたなら……。そう心に強く思いながら、ぎゅっと≪くろのスティック≫を握り締めた。
魔法少女まくあの使命は、ありきたりなものだった。世界を救うため。自称『時の精霊せろっこ』に教わった未来を変えるため、中学二年生のあたし、三室やえは魔法少女まくあとなって空を駆けた。
「未来を変えるには、膨大な力が必要ぽ」
将来襲いかかる厄災を逃れるためには、大魔法が必要だが、その魔力が全然足りない。だから、魔法少女まくあは魔法の素──マナを集めた。
子供だましのような、それでも純朴なあたしを動かすには十分な理由だった。マナに群がる敵を跳ね除けるのも、『時の精霊せろっこ』を信じ、皆を救いたいと強く思えばこそだ。
マナは、ほぼ集まっていた。魔法少女まくあの手首にあるブレスレット、それに連なる石は一つを除いて青白く輝いている。最後の一つの鈍色の石を輝かせたなら、とうとう世界を救えるのだ。
『時の妖精せろっこ』によると、敵はマナを奪われないように守っているガーディアンだった。実態は今でもよくわかっていないが、醜悪な化物の集団であることだけは知っている。
『時の妖精せろっこ』曰く、「あいつらはマナを独占してるっぽ。マナをただ守ろうとして、世界が滅びつつあることに気づいてないぽ。だから、魔法少女まくあが頑張るしかないっぽよ」
彼らはマナを集める魔法少女まくあの前に必ず現れ、邪魔をする。だから戦う。
戦ってた。
「どうして!」
バイザーにcautionの文字が点滅する。魔法少女まくあの腹部をレーザーがバイザーを掠める。バイザーは罅割れ、欠片がぽろぽろとこぼれ落ちる。
目を見開いた。バイザーでは怪人だったヤヒロが、割れたレンズの隙間では人間に見えたのだ。地面に転がっていたたくさんの化物の死骸も人間に変わる。
「なん、で……?」どうして、ヤヒロがあの八尋君に見えるんだろう。初恋で、大好きだった同じクラスの学級委員長。八尋君は冷たい目で魔法少女まくあを見ていた。
ぶつかった化物の死体は、軟らかくて温かかった。バイザーを通して見ると獣の毛で被われているのに、その手は人間の皮膚のように滑らかだった。
攻撃のために振り上げたスティックは、振り下ろされることはなかった。腹に弾を喰らい、後方に吹き飛ぶ。あたしは、こほ、と咳き込み己れの腹部を見た。
「あ……」
痛みは感じない。なのに、お腹には大きな穴がぽっかりと空いていた。それでも起き上がろうと腕に力を込めるが、うまく脚が動かない。
なんで。その言葉はあまりにも小さく誰にも届かなかった。あたしはパートナーに説明を求めようとゆっくりと肩口に視線を向け、身体を凍りつかせる。『時の妖精せろっこ』の目は底なしに昏かった。己れのパートナーは死んでしまっていた。
呆然としていたのは一瞬だった。しかし、敵にとっては好機だった。集中砲火があたしに集まり、弾ける。
倒れこんだあたしを覗き込んだのは八尋君だった。憎悪を滾らせた目をしているのに、それでも好きという思いが溢れる。
多分、あたしはあの白い悪魔に騙されていたんだ。死の縁で冷静に悟った。絶望の世界を作るのは自分だったのだ──。
「まだ息があるな」
そういって、想い人は拳銃を自分に向ける。
最期に見た光景は、八尋春樹の向ける銃口の深淵な闇だった。
そして、乾いた発砲音。
とても嫌な夢を見た。といっても毎日のことなのだけれど。目覚まし時計を手に取るとちょうどアラームが鳴りはじめたので、ボタンを押して止める。朝六時、不快な目覚めだった。わたしはやおらベッドを降りて、カレンダーを確認してため息をつく。
今日は始業式、中学二年生になる。そして、記憶の中の三室やえ(わたし)が魔法少女まくあになった日でもある。
わたしは手早く朝支度を終えた。制服はいつもの通り。髪型もツインテールのテール部分を三つ編みでまとめている。ワインレッドのフレームの伊達眼鏡を掛ける。記憶の中の三室やえ(わたし)とは違う陰鬱さが鏡の自分からにじみでていた。かばんの中にはなおざりに仕上げた宿題が入っている。今日は休み明けのテストがあるが、試験内容を把握しているので何も問題ない。わたしは家を出た。
「行ってきます」
新しい学年、新しいクラス、その第一日目。わたしはクラス割なんて見る必要はなかった。だって、知っているのだ。2年B組、出席番号28番、三室やえ。教室の扉を開くと夢で見たとおりの光景がある。数人の女生徒に囲まれているのは伊藤タクミ、学年一のモテ男。女子に囲まれてクソが、ハーレム爆発してほしい。もっとも、彼はゴールデンウィーク明けに≪転校≫してしまうのだが。
わたしはそんな彼の側を無表情に通り過ぎた。
机につくと、わたしはそのまま突っ伏して横目に扉を眺める。しばらくすると、黒髪の綺麗な美少女が教室に入ってくる。教室を襲う一瞬の沈黙も記憶の通りだ。彼女はやはり真っ直ぐにわたしの方に進み後ろの席に座った。水守雪乃、わたしの親友兼恋敵になっただろう少女だ。成績もトップクラスで、まさに才色兼備という言葉を体現していた。これで性格もいいのだから、嫉妬する心も湧き上がらない完璧ちゃんである。
周りに挨拶する声は聞こえるが、気を使っているのかわたしへの呼びかけはなかった。
八尋君も登校してきた。
「おはよう」
人当たりのよさで定評のある八尋君は今の根暗なわたしにも挨拶をする。わたしはだるく手を挙げることで返答した。彼が隣を通っても記憶にある三室やえ(わたし)のような胸の高鳴りはない。それはそうだ。毎晩彼に殺される夢を見るのだから、その上で彼に惚れるなんてどMぐらいしかいない。
わたしには死の記憶がある。毎晩魔法少女まくあとしての戦い、死んでいく夢を見る。今日は額を貫かれ、戦っていた敵の真実を目の当たりにしながら逝った。昨日は溺死、一昨日は圧死、その前は……。
かつて魔法少女だった、といっても一笑に付すられるだけだろう。アニメの見すぎだとか、邪気眼だとか厨二だとか。せいぜい精神科をすすめられるのがオチだ。もし、誰かがそんな台詞を吐いたら、迷わず正気を疑う。わたし自身の精神を疑う。
でも昔の、いや、『何回目かの』わたしの記憶なのだと度重なるデジャヴが教えてくれた。夢で見た出来事が幾度となく現実となって、わたしに確信と絶望を抱かせるのだ。お前は魔法少女まくあだったんだって。そして人を殺し世界に不幸をばら撒いていたんだって。
わたしは出来の悪いゲームのループもののように、何度も同じ生を繰り替えしていた。
ただ、記憶の中の自分との違い、今のわたしにはかつての自分を知っている。未来を、自称『時の精霊せろっこ』が騙すことを識っている。
だから、わたしは決めた。この人生ではわたしは魔法少女になんかならない、平凡に生きて平凡に死ぬのだと。
何事もなく時間がすぎていった。文字通り『何事も』なく、だ。そう、友達はできなかった。闊達だった記憶の中の自分とは異なり、今のわたしはコミュ障のぼっちなのである。小さい頃から何度も殺される夢に陰鬱になり、そんな空気を醸し出す小学生と話しかける子供など皆無で、今のわたしの出来上がりである。
水守雪乃は何度もわたしに向かって口を開いては閉じた。よっぽどわたしが負のオーラを背負っているように見えたのだろう。
テストもロングホームルームもやりすごし、わたしはぼっちで帰宅した。ちなみに八尋君はやっぱり学級委員長、水守雪乃は保険委員だが、わたしは委員に就かなかった……。
自称『時の妖精せろっこ』に出会ったとして、無視するか、あるいは無視できなかったとしても変身アイテム≪くろのブレスレット≫を粉々に破壊してやる気概を持って帰宅ったにも関わらず、わたしはあの白い真綿と邂逅することはなかった。
記憶にある自称『時の妖精せろっこ』との出会いは決まって夕方だった。今回は昼に早々と帰ってしまったので遭遇しなかったのかもしれない。もしかしたら明日にでも会うのかも、とのんきに思った。
「ただいま!」
夢見の悪さは相変わらずだが、朝はこの人生で初めて妙に浮かれていた。少なくとも一日は死亡フラグを回避しているのである。もしかしたら長年悩まされていた悪夢から開放され、華々しい学校生活を送ることができるのかも、なんて期待すら生まれた。
るんるん気分で登校して席につく。今日は机に突っ伏したりしない。直後登校してきた水守雪乃は、教室に入るなりそんなわたしを見て何故か頬を上気させた。駆け足でわたしの机までくると「あの」と声を発する。何だろう。
「おはよう! あの、私後ろの席なんだけど、お友達になってほしいの」
わたしを見るキラキラとした瞳がまぶしい。でも、確かに今のわたしは恋敵ではなくなったし、根暗な自分でも仲良くなれるのかも。記憶にある水守雪乃は嫋やかでやさしい性格だったが、その美貌が女子から敬遠され、親しい人は自分しかいなかった。もしかして彼女もぼっちなのかもしれない。
「わたし、根暗で退屈な人間だけど、それでもいいの?」
「うん!」
私の初めての友達だ、なんてうれしそうな声で水守雪乃は席につく。わたしは後ろを向いて、改めてお話することにした。
「じゃあね、まずはじめましての握手しよ」
そういって差し出された細い手首に、わたしの思考は完全に停止してしまった。
彼女の手首にあったのは、鈍色の石が連なっているブレスレットだった。留め具はない。アクセサリーとしては武骨なデザイン。
「なんで」あなたがそれを付けているの。
だって、それは、忘れるわけがない。わたしは何度もそのブレスレットに呼びかけ、融け合った。
──魔法少女まくあになるためのアイテム、≪くろのブレスレット≫だった。