リアルでネットスラングを使うヤツ
※挿絵ありでお読みください
「でさぁ、そのゲームお母さんに捨てられちゃってさ」
俺がそう言うと、友人である田村は手を叩きながら笑い転げる。
「あっははは、マジかよそれ! ワロタ、クソワロタ」
……まただ。
今まで田村の言葉遣いに違和感を感じつつも特に指摘はしないでやっていたが、もう我慢の限界だった。
「あのさぁ、田村。前から思ってたんだけど、それやめてくんない?」
「ん? どれ?」
「わろたとか、そういうの」
「あっ、察し」
「そういうのだよ、そういうの。ていうかなにを察したんだよ」
「ネットスラングも分からない情弱かぁって」
「いや分かるよ、分かるからこそ嫌なんだよ」
「なんで嫌なんだよ、お前だってネットではワロタとか使うだろ。それともお前は『貴方って面白いですねぇ』とか気取った言い方するわけ?」
「そんな水谷豊みたいな言い方はリアルでもネットでもしないけどさ。なんかリアルでネットスラング聞くと鼻につくっていうか」
「それはお前がおかしいんだよ。みんな使ってるじゃん」
「いやいや、みんなリアルのネットスラングうざいって言ってるぜ?」
「みんなって誰だよ」
「お前の言うみんなこそ誰だよ」
こうして議論は平行線のまま決着がつくことなく終わった。
しかし元来田村は負けず嫌いなやつである。俺が刺激したせいでヤツはネットスラングを使うのを止めるどころか、さらに多用するようになってしまった。
例えば……
「お前この間ゲーム買ったらしいじゃん。金は大丈夫かよ」
「大丈夫だよかっこ震え声」
大丈夫だよ(震え声)
ネットではよく見かける言葉だが、リアルで聞いたのは初めてだ。呆れてものも言えないが、友人として彼の間違いを正さねばならない。
俺はため息混じりに田村へ文句を言った。
「震え声ってさ、ネットでは伝わらない声の震えを画面の向こうの相手に伝えるための言葉だろ? なのにそれをリアルで使うのはどう考えてもおかしいだろ。っていうか声全然震えてないし」
「声が震えてないからこそかっこ震えを語尾に付けたんだよ。そうする事で余裕そうに見えるけど実は焦ってんだな、って分かるだろ?」
……頭痛がしてきた。
俺が閉口したのを田村は自分が言い負かしたと勘違いしたらしく、調子に乗った彼はさらにさらにネットスラングを多用した。スキあらばネットスラングを会話にぶち込んでくる。
これ以上ネットスラングを使いようがないというほどネットスラングを多用していたが、さらに上のレベルがあることを俺は嫌というほど味合わされた。
「お前新作のゲーム結局買えたの?」
「それがさー店員に言ったら売り切れって言われちゃってかっこアキュートアクセント中点オメガ中点グレイヴアクセント」
「ん? おめが?」
呪文のような言葉に思わず首を捻ると、田村は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
これは……間違いない。何かしらのネットスラングだ!!
慌ててスマホを取り出し、田村の言っていた呪文を打ち込んでいく。
すると画面に映し出されたのは――
(´・ω・`)
こいつだ。
ネットで嫌というほど見る、あの顔文字。だが顔文字をリアルで使ったやつがかつていただろうか?
そして田村の顔が顔文字のようなショボン顔ではなくめちゃくちゃドヤ顔だったのが俺のイラつきを加速させる。
もはや直接でなくメールで会話したほうがお互いのためなんじゃないかと思うレベルであったが、依然田村はネットスラングを会話の中で使い続けた。
流石にこれ以上ネットスラングは使いようがあるまいと安心していたが、それは甘すぎる考えだと俺はすぐに気付かされることとなる。
ある日の午後、目の下にクマを作った田村が俺の元へとやってきた。ドヤ顔で、だ。
俺はその瞬間に察した。新しいネットスラング会話術を披露したくて来たのだと。
この頃になると、俺は田村に呆れやイラつきを通り越した感情を抱くようになっていた。それは尊敬とも言える感情なのかもしれない。彼はたくさんの記号の名前を暗記し、滑らかに顔文字を会話の中に挟むようになっていた。これがどれだけ大変なことか、田村がどれほど苦労して顔文字会話術を習得したのか……全く想像がつかない。
もちろん俺にそんな能力はないので、最近は田村との会話のためにノートパソコンを持ち歩いている。
田村の無言の要請に応えるようにそっとノートパソコンを取り出し、開く。十分な準備が整うのを待ってから田村は口を開いた。
「かっこオーバーライン繰り返したてスペースたて」
「ッ!?」
な、なんだこれは。
思わず狼狽えた。こんなに長い顔文字があるはずない。一体何をしようとしている?
一つ分かるのは……田村がまた新しいなにかを成し遂げようとしているということ!
「分かったよ、お前の言葉……全部俺が受け止めてやる!」
田村は俺の眼を真っ直ぐに見つめて大きく頷く。
「――アンダーバーアンダーバーアンダーバーアンダーバーたてスペースたてアンダーバー――」
「うおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
凄い速さでキーボードを叩いていく。
田村の努力を無駄にする訳にはいかない。だから一文字の間違いも許されない。
もう腕は疲労困憊、いつ攣っても不思議じゃないが俺はキーボードから意地でも指を離さなかった。
そしてとうとう、それは完成した。
「こっ、これはッ!?」
液晶に映し出されたのは――