少年、闘いは厳しいと知る
iPhoneからの初登校となります。
半円を描くように振り下ろされた大剣はウサギの胴体を捉え、その腹を引き裂いた。
一瞬その惨状に目を背けようとしてしまったが、描写規制の為か赤い光の粒子が飛び散るだけであった。
僕はそれを見届けると、内心ホッとしながら肩から力を抜いた。
大剣の一撃を受けたウサギは、何事が起こったのかを認識する前に事切れたようだ。
「……やった。やれるぞっ!あっ、そうだ。皮をっと」
勝利の余韻に浸りつつ、僕は頼まれていた皮を手に入れようとウサギの亡骸へと近づいた。
「んー……これってどうしたら良いんだろ」
皮を手に入れようと思ったが、どうしたら良いのかが分からない。
「もしかして、剥いだりしないと駄目だったり……ん?」
獲物の前でしゃがみ込み悩んでいると、ウサギの身体から半透明の文字が浮かび上がっていることに気付いた。
『ウサギの皮』
『ウサギの肉』
ひょっとしてコレだろうか?と手で『ウサギの皮』と表示された部分へと触れる。
触れた瞬間、浮かび上がっていた文字は消え、視界の左下へ入手をしたというログが現れた。
どうやら何かの制限があるようで、触れていなかった『ウサギの肉』の方は取得していないようである。
取得したアイテムは所謂アイテムボックスという場所へと保管されていた。
最初は何処へいってしまったのかと戸惑ったがアイテムを思い浮かべていると、視界の端へボックスを展開させることに成功したのだ。
こういうところは利便性に優れ、やはりゲームなのだなと実感する場所でもある。
それからも僕は先手必勝とばかりに大剣の一撃による奇襲を繰り返すことで、ウサギを数匹倒すことに成功した。
「ふふん、これは楽勝かもなぁ〜‼︎」
少々浮かれつつ、次の獲物は居ないかと辺りを散策する。
大剣の威力とは凄まじいものがあり素人が扱ったとしても、その一撃はウサギ程度を相手にするには充分な威力を持っていた。
「何か居ないかなぁーっと……あれは、ゴブリン?」
視界に捉えたのは緑色の肌をし、髪の毛の生えていない頭部、ギラギラと血走らせた眼を持ち、ゴツゴツとした鉤鼻が印象的な小人が居た。
絵に描いたようなファンタジーの世界の魔物は、手には錆びた鍋の蓋のような盾と簡素なナイフを持っている。
その血走った瞳は完璧に僕を捉えていた。
「ひっ……!?と、とにかく戦わないと!」
僕は迫り来る醜悪な魔物に対して取り乱しながらも剣を身体の前へ立てて構えた。
こうして、この世界へと降り立って始めての受動的な戦闘へと突入した。
小柄な身体を素早く動かしながら近づいて来たゴブリンはナイフを振り上げた。
刀身の短さと小柄なゴブリンの体型も合間って、僕は少し身を引くことで避けることが出来た。
(これ、どうしたら良いの……!?)
小柄で分かりやすいゴブリンの攻撃を避けることはさほど難しくはなかった。
しかし、避けることは出来ても攻撃を与える隙というものがまるで分からないのだ。
(今?もしかして、今だった?それとも……)
辛うじて回避行動を取るものの、集中力が続かず徐々に避け切れず受けてしまう攻撃が増える一方、僕は未だに有効打を見出せずにいた。
剣の構え方一つ取っても知らない素人には、ゲームだとしても攻撃に転じることは難しい。
ましてや満足に振り回すことのできない大剣を使おうものならば相応の危険を犯さなければならない。
「くそッ……‼︎これでどうだぁ‼︎」
攻撃を回避する為に一歩後ろへ下がった僕は、振り子のように再び勢いをつけて前へと踏み出した。
その勢いのまま両手に持った大剣を薙ぎ払うかのように振りかぶった。
大剣の重さから腕だけが引っ張られるように前へと突き出された。
僕の渾身の一撃はゴブリンの小柄な頭部を切り裂く軌道を描いていた筈であった。
ゴブリンは左手に持った盾で、そのまま左側から迫る大剣の一撃を迎え撃った。
小柄な身体を活かし、下から打ち上げるように振るわれた盾による強撃で剣の軌道が逸れる。
金属と金属がぶつかり合う鋭い音が辺りへと響く。
そして、僕の渾身の一撃はゴブリンの頭上の空を切るように過ぎ去ろうとしていた。
満足に体重の込められていない一撃はゴブリンにいなされてしまう程度の威力しか持ち合わせていなかったのだ。
一撃で仕留め切れていたウサギとは違う。
「ゲッヒャ!」
大剣を振り切り、膝は曲げ腕は伸ばし切っている格好の僕を嘲笑うかのようにゴブリンは短く鳴いた。
ゴブリンはナイフを直ぐには動けない僕の顔面へと尽きたてようと腕を引いた。