少年、寂しさを覚える
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中央国の出入り口である門の前に1人の少年が居た。
門の先には東の国方面へと続く、殺風景な印象の高原が続いている。
このRe:Dream.の世界には、東の国、西の国、中央国の3つの国が存在する。
ゲームを始めたプレイヤー達は、東と西の好きな国を選択し冒険を始める。
清水雅紀、この世界ではMiya【ミヤ】と名乗っている少年もその例には漏れず東の国から冒険を始めている。
始まりの街、東の国の周辺である程度の経験を積んだあと中央国へと拠点を移していた。
ミヤの装いは灰色の生地の地味なチュニック、幅が広く頑強な印象のブロードソードを腰に下げ、左手には木材の表面に革を張った菱型状の小盾であるタージュを着けている。
その姿は、差し詰め中級冒険者に足を踏み入れたばかりといったところだ。
どことなく駆け出し臭の抜け切らないところのあるミヤであるが、目の前の高原を見つめる緑色の瞳には決意の色が見られた。
「……よしっ、やれるさ、うん、駄目でも突っ走って街まで行けば……」
自分に言い聞かせるように呟く癖気のある金髪の少年は高原へと歩みを進めていった。
その数分後――
「……やっっっぱり、駄目でしたぁああああ!!うおわぁぁああああ!!」
ミヤは街へと全速で駆けていた。
武器であるブロードソードを腰に戻す余裕すら無く、右手に握った状態で腕を振って疾走している姿はなんとも間抜けな姿であったが本人は気にしていられる状況ではないようだ。
その後ろをピッタリと追順して追いかけているのは二足歩行のカブトムシの様なモンスター、ノマドビートルである。
昆虫とは思えない筋肉質の手足には無数の棘が生え、甲虫の硬い殻を持ち、頭部には逞しく伸びた二股に分かれた角を生やしている。
ノマドビートルは、中央国周辺の高原エリアでは比較的ポピュラーな種族である。
この地方へと拠点を移し始める実力のある冒険者であれば数人のパーティーを組むことで狩ることが出来る。
そう、数人のパーティーであれば、だ。
「はっ、話が違う、じゃないかっ……!痛っ、攻撃が痛い……!!」
ミヤは息切れしつつも悪態をつき走り続けた。
始めは、ノマドビートルの背後から忍び寄り全体重を乗せた上段切りをミヤは放った。
それなりに自信のあった攻撃も、甲殻に阻まれ辛うじて肉に届いた程度であった。
この時点で焦りを感じ始めたミヤであったが、諦めず攻撃を続けていくが敵の体力を削りきれる手段が思いつかず、ジリジリと削られる己の体力に気付き街へと走り出したのだ。
街で聞いた「この間あのエリアの虫を狩ったんだが、めっちゃうまだった」という会話を聞いて飛び出したらこのザマだ。
それも仕方のないことなのかもしれない。
何故なら、この世界、Re:Dream.には従来のゲームでいうレベルという概念は存在しない。
レベルの代わりにプレイヤーには潜在能力と初期選択スキルというステータスが備わっている。
潜在能力は同じ動作を繰り返すことで行動アシストスキルを発現させる能力だ。
単純に戦闘を繰り返すだけでなく、素振りを繰り返すことでも筋力は鍛えられ、剣の型を習得する。
この能力は戦闘だけでなく、生産や様々な行動に影響を与える。
問題があるといえば、潜在能力が不可視のステータスであることだろうか。
実際にスキルを習得するまで、あとどれ程同じ動作を繰り返せばスキル習得という目に見えた効果があるのか分からないという訳だ。
その仕様故かプレイヤー間ではゲームの仕様というよりも人間の学習能力、所謂、行動を体が覚えてしまうという感覚のほうが強い。
もう1つの初期選択スキル。
これは開始時に得点として任意のアシストスキルを1つ習得できるものだ。
スキルの種類は豊富で、スキル一覧をスクロールさせると一番下までたどり着くのに数分かかる程の膨大な量だ。
このようなRe:Dream.の世界では街中で他人の実力を推し量ろうとすると身につけている装備か、体捌きを見極めるなどというものになる。
ミヤが勘違いをし、話を鵜呑みにしてしまったのは不注意な行動以外にも原因があったのだ。
「……危なかったぁ……ほんと、あと1発食らったら死んでた……」
街の門を潜りエリアを跨ぐとノマドビートルはミヤを狙うことを諦めたように、踵を返して帰っていく。
ミヤが大胆な行動に出られたのもこの方法があるからであった。
「もし、ラヴが居たら怒られただろうなぁ……そっちの意味でも危なかった……」
今日は居ない相棒のことを思い出し、少し自分の大胆な行動を反省する。
いつもは気が合い共に行動し狩りをしたり、パーティーに参加をしている相棒が居ないことが、今日ミヤを無謀な挑戦へと駆り立てた理由でもあった。
(そんなに上手くはいかないよなぁ……)
相棒は今日、リアルの世界での用事があってログインしないと言っていた。
居なくなって初めてその人の大切さが分かるというが、この場合も同じで相棒が居なければ満足に狩りすらできないのだと実感した。
(早く戻ってこないかなぁ……って、これじゃあ恋煩いみたいだ)
街の片隅の縁石へと腰を下ろし街行く人々を眺めながら、なんとも現金な恋煩いもあったものだと自嘲気味にミヤは小さく笑った。
(そういえばラヴと出会った時もこんな風に、街中でぼーっとしている時だったっけ)
やれることのなくなってしまったミヤは数ヶ月前、まだRe:Dream.を始めてばかりだった頃を思い出した。