後編
次の日もみんなといつも通りに過ごした。帰り道、わたしは昨日のことを思い出して、少し気まずくなるかと思ったけどそんなことはなかった。やはりいつも通り、駄弁りながら駅に着いた。
だが、下り方面のホームへ向かう階段へ差しかかろうとしたとき、いつもと違うことが起きた。通路の向こうの方でわたしたちと同じくらいの年齢の女の子がこちらを気にして見ていた。なんだろう、と思っていると、その女の子は近寄ってきて「まなみん」と言った。すると真奈美が「やっほー」と言ってその女の子の方へ近寄った。
「ごめん、あたし友達と約束があるんだ」と真奈美は言った。女の子は笑顔で小さく会釈した。
「そっか。じゃあね」
そう言って由希とわたしは笑顔で手を振り、涼ちゃんと友ちゃんも小さく会釈して、階段を下りた。わたしたちが乗る電車はもう着いていて、通過電車待ちをしていた。わたしたち四人はその電車のボックス席に座った。しばらく黙っていた。
電車が出発して、外を眺めたまま由希が口を開いた。
「残念だよね」
悪意の込もった言葉だった。由希の顔は残念がっているというよりは、怒っている。真奈美が自分の知らないところで人間関係を築いていることに対してだ。みんなも由希の怒りの正体をすぐに察した。あえて怒りを隠さない由希は醜かった。でも、わたしも自分の心の中に怒りが芽生えていることを理解していた。その芽は、由希の怒りにあてられて成長を始めてしまった。どうしてわたしたちに別の人間関係を見せつけるようなことをしたんだ。怒りが強くなるほど、その分真奈美を好きであったことを証明するようで、わたしは絆に溺れていった。でも、悪人になりたくない気持ちは強かった。「うん」とごまかすようにうなづいて、わたしはわたしの立場を保った。友ちゃんは黙っていて、涼ちゃんだけは「まあ、しょうがないべ」と言った。
「まあね」
由希はそういって、また黙りこくってしまった。わたしたちも、黙っていた。由希と涼ちゃんが降りる駅に着いて「じゃあね」と由希が言って、早足で出て行き、涼ちゃんはわたしたちに手を上げたあと、由希の後ろをゆっくり歩いていった。多分、そのあと由希は後ろを見ることもせずに帰っただろうし、涼ちゃんも由希を無視して帰っただろう。わたしの中の怒りは収まっていなかったが、それよりもグループの危機が焦燥感としてわたしを支配し始めていた。
電車の中にわたしと友ちゃんが残され、このまま無言のままでいることになるのかと思うと、いよいよ焦燥感は体を動かし始めた。視線が泳ぎ、手がもじもじと動いた。それを自覚しながらも、わたしは何もできなかった。そして、友ちゃんがこちらを見たときに恐怖を感じて、何も喋らないでほしい、と思っている自分を見つけてしまい、それが悔しかった。友ちゃんは無情にも、そのまま喋り始めた。
「お前は優しいよ。真奈美は悪くないけど、もっと信じたかった。俺はちょっと距離を置く。ごめんな」
衝撃であった。わたしは、友ちゃんが真奈美の味方だと思っていた。だが、友ちゃんはわたしが真奈美の味方だと思っていた。相手が真奈美の守り盾になると信じて、わたしたちは二人とも真奈美への敵意を抱えていたのだ。もはや、何かを裏切らなければいけない状況になっていた。わたしはもう言い逃れることのできない悪人になってしまった。
「うん」
わたしはさっきと同じく、逃れるようにうなづいて黙った。そのあとは、やはり二人とも下車するまで黙っていた。
その次の日から、由希と友ちゃんは真奈美に近づかなくなった。真奈美もその気配を察したようで、二人から遠ざかって過ごしていた。涼ちゃんは変わらず真奈美にも、由希にも、友ちゃんにも、わたしにもいままで通りに接していた。一方、わたしは自分の卑しさをもみ消すように、真奈美と一緒に過ごした。涼ちゃんの立場が、羨ましかった。昼休み、耐え切れなくなった真奈美がわたしに向かって「ごめんなさい」といった。わたしも心の中で、ごめんなさい、と言った。
「真奈美は悪くないよ。謝らないで」
真奈美は悪くない。でも、だからこそ真奈美は許されるという立場になかった。どうしようもなくて、わたしは真奈美を抱きしめた。
その日の夜、わたしは眠れなくて窓の外を眺めていた。月が綺麗だった。月が綺麗ですね、という告白の台詞を思い出した。そこでふと、友ちゃんは真奈美のことが好きだったんじゃないか、と思った。それなら、友ちゃんが抱いた怒り、あるいは悲しみは当然だったのかもしれない。醜いのは由希とわたしだけ。いや、由希が余計なことを言わなければ、と思って、考えるのをやめた。月明かりに照らされたわたしの影が部屋でゆらゆらしていた。今にも独りでに動き出しそうだった。もう何もかもが怖くて、目をつむってベッドに飛び込んだ。気づいたら、変わってしまった明日という日を迎えていた。
へたくそ。次はもっと頑張ります。