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第8話

「おはよう、侯爵」


「おはようございます。アレクシア様」


あれからアレクシアは毎日、ギルベルトの執務室を訪れている。ここで侯爵との時間を過ごすためだ。ギルベルトは仕事の邪魔をしなければいいとそれを容認していた。アレクシアは自分の趣味の話や好きな物の話、好きな事の話を熱心に侯爵に侯爵に話したり侯爵に色んなことを質問したりして、楽しい時間を過ごしていた。少しずつ、自分のことを知ってもらい、侯爵のことも知っていく。それはアレクシアにとってとても充実した日々だった。


一方の侯爵はというと、自分からはあまり話さず、アレクシアの話に耳を傾け、質問されれば答えるくらいだった。その時間は侯爵にとっても楽しい時間だと思えるものではあったのだが、話せば話すほど、世代差や年齢差を痛感させられる時間でもあった。くるくると表情を変え、身振り手振りを交えて話すアレクシアの姿はとても愛らしかったが、それがアレクシアを余計に幼く見せる要因でもあった。娘が居たら、こんな感じだろうかなどと、一瞬考えてしまった自分に侯爵は苦笑いを浮かべた。


「ねぇ、侯爵。いつも部屋の中でお話してばかりだから、今日は外に行ってみない?」


ある日、アレクシアがそう提案した。外はいい天気で散策するには最適な状況ではあった。だが、侯爵は一応、ハンスのお目付け役でこの場に居るのだ。ハンスとギルベルトを二人きりにしていいものだろうかと侯爵はその提案を受け入れるかどうか少々迷った。


「行ってくればいいじゃないか?俺とハンスは修練所の視察にでも行くから」


迷いを見せる侯爵にギルベルトがそう言った。ハンスも頷いている。


「・・・そうですか?では、アレクシア様、参りましょうか」


修練所であれば、他の騎士や兵士もいる。ギルベルトとハンスが二人きりになるわけではない。侯爵はアレクシアの提案を受け入れることにした。


「侯爵、私のお気に入りの場所があるの。そこに行きましょう」


庭園を散策することにした二人はアレクシアのお気に入りの場所を目指して歩いた。


「ここよ」


アレクシアに誘われて侯爵がたどり着いたのは庭園の東屋だった。


「・・・ここは」


王宮の庭園は手入れが行き届いていて、どこも美しいが、この東屋の付近は別格だった。実はここがアレクシアのお気に入りの場所だと知っている庭師たちが特に念入りに手入れをしているのだ。


「さぁ、ここでお話しましょう」


東屋にはアレクシアがここでよく過ごすことを知っている庭師達がベンチを備え付けている。二人はそこに並んで座った。吹き抜ける風には花の香りが乗っていて、何とも気持ちが良かった。侯爵がそんな風に身を任せているとアレクシアがそっと声を掛けた。


「ねぇ、侯爵。聞いてもいいかしら?」


「何でしょう?」


いつもとはどこか違う声音を侯爵は聞き逃さなかった。きっと聞かれることはアレに違いないと侯爵は思った。


「奥さまを亡くされてから、ずっと独り身でいたのはどうして?」


予想通りの問いかけに侯爵はさて、どう答えたものかと考えた。いつもなら妻を愛していたからだとか、今も愛しているからだとか適当にそれらしいことを言って誤魔化すのだが、アレクシア相手にそれをしてはいけないような気がした。


「・・・私と妻の関係は良くも悪くもありませんでした。大きな喧嘩をするわけでもありませんが、かと言って、仲睦まじいわけでも無い。結婚は家同士が決めたことでしたから、言われるままに逢って、言われるままに結婚をした。そんな気持ちが私にも妻にもあったんだと思います」


侯爵は真実をありのままに話すことに決めた。アレクシアは侯爵の言葉を聞き洩らすまいと集中して聞いていた。


「結婚してすぐに妻が妊娠をして、息子が産まれました。後継ぎの誕生に周りは湧きましたが、正直に言えば、私は戸惑いの方が大きかった。直接本人に聞いたわけではありませんが、妻も同じだったと思います。私たちはきちんと夫婦になる前に父親と母親になってしまった。そんな風に感じていました」


ゆっくりと思い出に浸るように言葉を紡ぐ侯爵の姿にアレクシアは言いようの無い切なさを感じていた。


「家族としてはいい形を築けたと思いますが、夫婦として未熟のまま時が過ぎ、妻が病に倒れました。自分で言うのもなんですが、その時、私は献身的に看病したんですよ。名医の噂を聞けばどんな遠くの医者も訪ねましたし、体にいいとか病に効くとされる食べ物を方々から取り寄せたり、苦しむ妻の横でつっきりで手を握っていたこともあります。そんな闘病の最中、妻が私に言ったんです。私たち、漸く夫婦なれた気がするわって。それを聞いた時、私はとても後悔しました。流されるまま結婚したとはいえ、私と妻が過ごした時間は私たちの物だったのに、どうしてそれに気付かなかったのだろうかと」


そこまで話して侯爵は一度、言葉を切った。思い出すのも切ないあの情景。やつれた顔で微笑んだ妻の顔が脳裏に浮かんで、侯爵は思わず、目元を片手で覆った。


「気付くのが遅すぎました。妻に残された時間はあまりに短かった。その会話から一ヶ月もしない内に妻は亡くなりました。最期の時、妻は私に愛してると言ってくれました。私も愛してると答えました。お恥ずかしい話ですが、愛していると言い合ったのはそれが最初で最後でした。・・・妻を失って、私の心には大きな穴がぽっかりと空いたようでした。その穴を埋めるため、色んな女性と関係を持ちましたが、再婚をしようとはどうしても思えなかった。ずっと一緒だった彼女とすら、ちゃんと夫婦になれなかったんです。他の誰かとそれが出来るとは到底思えなかったんです」


アレクシアは黙って侯爵の話に耳を傾けていた。ずっと知りたいと思っていたことを知ることが出来た喜びなど微塵も感じなかった。寧ろ、訊かなければよかったとさえ思っていた。亡くなった人には敵わない。どこかで聞いた台詞が脳裏に浮かぶ。


「・・・その気持ちは今でも変わらないの?」


震える声でアレクシアが問いかけると侯爵は静かに頷いた。


「・・・そう。では、私は貴方を随分と困らせているのね」


今にも泣きそうなアレクシアに侯爵は全てを話したことを少しだけ、後悔していた。だが、アレクシアに嘘や偽りを述べることはどうしても出来なかった。真剣な彼女に真摯に向き合うためには必要なことだったからだ。


「・・・申し訳ございません」


侯爵は何に対して謝っているのか自分でも分からないまま、そう告げた。


「・・・こちらこそ、ごめんなさい」


アレクシアもそれは同じだった。二人はそれきり、黙り込んでしまった。

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