第5話
アレクシア、暴走開始。
「何ですか?騒がしい。・・・アレクシア様、どうしてこちらに?」
ギルベルトとハンスが言い合いをしている最中、侯爵がひょっこりと現れた。アレクシアは勢いよく立ち上がると侯爵にこう宣言した。
「ブライトクロイツ侯爵!私は貴方のことが好きです!私を妻になさい!」
アレクシアは王女であるのだから、こういう物言いになるのは仕方が無いのかもしれない。だが、大の大人に対し、少女がそう言いながらふんぞり返っている姿は何とも可愛らしく、どこか滑稽に見えた。
シーンと静まり返った部屋の中でギルベルトは頭を抱え、ハンスは面白そうな顔をしていた。そして、上から目線で告白をされた侯爵は一瞬、呆気に取られたような顔をした後、にっこりと微笑んだ。
「アレクシア様、大変光栄なお申し出ではございますが、私はすぐにそれを受ける訳には参りません」
侯爵はそう言うとアレクシアに向かい深々と頭を下げた。
「どうしてよ!?」
納得がいかないアレクシアが叫んでも侯爵は笑みを絶やさず、こう告げた。
「アレクシア様はこの国の王女でらっしゃいます。婚姻には国王陛下の許可が必要でございましょう?」
そう言われてアレクシアは確かにそうだと思った。勢いだけでは駄目なのだと今更悟った。アレクシアはよし!と気合を入れると侯爵の瞳をしっかりと見据えた。
「ならば、陛下の許可が下りればいいのね?待ってらっしゃい!すぐに許可を貰ってくるから!」
アレクシアはそう言い切るとギルベルトの執務室を走り去った。その後姿を侯爵はやれやれといった表情で見送った。
「・・・お前、兄貴が許可を出さないって解ってて、ああ言ったな?」
ギルベルトが責めるような眼差しを侯爵に送ると侯爵はただ、にこりと微笑んだ。
「・・・まぁいい。一つだけ忠告しといてやろう。アレクシアを甘く見るな」
意外な言葉を告げられて侯爵は首を傾げた。
「どういう意味ですかな?」
侯爵の問いかけにギルベルトは肩を竦めるだけで答えはしなかった。後日、この言葉の意味を侯爵は身をもって知ることとなる。
「叔父上はアレクシア様のお気持ちを受け入れる気は無いんですか?」
ハンスの問いに侯爵はため息をついた。
「受け入れる気は無いというか、アレクシア様の好意がどのくらいの物か量りかねているというか。いきなり妻になさいと言われて、はい、喜んでと言えるくらい、私も若くないのでね」
「アレクシア様が本気でらっしゃったら、受け入れて差し上げるのですか?」
食い下がるハンスに侯爵は何と答えたものかと思案していた。侯爵の中で引っ掛かっていることは年齢差だった。実を言えばアレクシアは彼の息子よりも年下なのである。流石にここまで歳の離れた女性を相手にしたことは無かった。アレクシアくらいの年齢の女性は侯爵に憧れは抱いても、恋愛感情は抱かない。それはまた、侯爵も同じで可愛いとは思うが、手を出さそうとは思えなかった。
アレクシアは侯爵の中で規格外の女性に思えた。
だからと言ってこのまま黙っていてはブライトクロイツの名に傷がつく。侯爵は何とか言葉をひねり出した。
「お前が向きになる必要がどこにある?」
ひねり出した言葉が結局これでは家名に傷がついたような気がした。どうも調子が狂っていると侯爵は思った。
「報われぬ想いを抱えるのは辛い事です。受け入れる気が無いのなら、ブライトクロイツの名に懸けて、アレクシア様を諦めさせるべきだ」
ハンスの言い分は尤もな気がした。だが、そうしたいのかどうかも今の侯爵には解らなかった。突然の告白にまだ完全には対処しきれていないのだ。
「何だ?俺への当てこすりか?」
ギルベルトが不愉快そうにそう言うと、ハンスは慌ててギルベルトの方を向き直った。
「違います!一般論ですよ!私は報われないと解って陛下をお慕いしているんですから、辛くなんてありません。ですが、アレクシア様はそうでは無いでしょう?」
ギルベルトはフンと鼻で息をすると手元の書類に視線を戻した。
「叔父上、よくお考えになった方がよろしいですよ!」
ハンスは侯爵に向かってそう言うと自らも執務を始めた。けれど、ちらちらとギルベルトの方を窺っていて全く集中出来ていないようだった。
「ハンス、殿下は本気で怒ってなどいらっしゃらないから、仕事に集中しろ。嫌われるぞ」
侯爵がそう言ってやるとハンスはそれは一大事とばかりに仕事に集中し始めた。そうして、再び静かになった部屋の中で侯爵は姫君の告白と今後のことを考えてもう一度、大きなため息をついたのだった。