第4話
「先日の舞踏会の際にお召しになっていた深緑色のドレスもよく似合っておいででしたが、そういった可愛いらしい色合いのドレスもいいですね」
ブライトクロイツ侯爵はそう言ってにっこりとアレクシアに微笑みかけた。アレクシアは高鳴る胸を押さえて、はにかんだような笑顔を浮かべた。
「ありがとう。嬉しいわ」
アレクシアがそう答えると侯爵はじゃあと言ってその場を離れようとした。アレクシアは思わず、侯爵を呼び止めた。
「あの!私、侯爵ともっと話しをしてみたいのだけど」
アレクシアの瞳を見つめた侯爵はその瞳に宿る感情にすぐに気づいた。彼女は自分に好意を持っていると。百戦錬磨の侯爵にはそれが自惚れでないと自信があった。
「そうしたいのは私も同じですが、大切な役目がございまして・・・」
侯爵はやんわりとアレクシアの申し出を断った。途端に沈んでしまった目の前の少女にほんの少し罪悪感を覚えて、侯爵は戸惑う。今まで、女性の申し出を断ったところでそんな感情を抱きはしなかった。相手が王女であるせいだろうと侯爵は当たりをつけて、戸惑いを無理やり吹っ切る。
「大切な役目ってなんですの?」
アレクシアが問いかけると侯爵はニヤッと笑ってこう答えた。
「私の甥がギルベルト殿下を襲わないように見張ることです。アレクシア様も噂くらいは聞いてらっしゃるのではないですか?ギルベルト殿下に想いを寄せる部下がいると、しかもそれが男性で殿下が大層困っているって。若い女官や侍女はこういう話が好きですからねぇ」
侯爵の話にアレクシアは口元を手で押さえ、目を丸くした。
「お兄様のことを心酔してる部下がいるっていうのは聞いていましたけど、そういう意味でお兄様のことを好きなんですの?」
「えぇ。そういう意味で殿下をお慕いしているみたいなんです。ですが、ご安心ください。殿下の貞操はこのカミル・ブライトクロイツがこの身に変えてもお守りいたします」
貞操を守るなどと言われてアレクシアは何だか恥ずかしくなって俯いた。まだまだそういうことには初心なのだ。
「それではアレクシア様、私はこれで失礼いたします」
そう言って侯爵はアレクシアに一礼し、その場を離れた。去り行く侯爵の後ろ姿を見つめながらアレクシアは先程まで心を占めていた形容しがたい苦しみが幾分、楽になったのを感じた。心がぽかぽかと温かく、ちょっぴり幸せな気分だ。それでも消えない一抹の寂しさに、アレクシアは自分の胸に手を当て、小
首を傾げた。そんなアレクシアの様子をちらりと振り返り見ていた侯爵はその仕草を可愛らしいと思った。そして、もう少し話して居たかったと思った。そう思った時、侯爵は思わず足を止める。そんなことを女性相手に思ったのは久しぶりだった。
翌日、朝早くから自分の執務室を訪れて、そわそわと落ち着かない妹の姿にギルベルトは困っていた。
「・・・アレクシア、何でここに来たんだ?」
「ここに居れば、ブライトクロイツ侯爵に会えるでしょ?」
ギルベルトの問いかけにアレクシアは当然といった感じで答えた。その答えにギルベルトは額に手をやり、項垂れる。アレクシアが侯爵に興味を持っているという話はギルベルトも聞いていた。逢わせない方がいいとも言われていた。だからギルベルトは執務室の入り口に立っている兵士にアレクシアを通すなと命令していた。
だが、この妹は実力行使でここに入り込んでしまった。
アレクシアを通すまいと懸命に説得をしていた兵士に泣き落としをした上、誰が泣かせたのか、テオバルトに言いつけるとのたまった。テオバルトを怒らせるとどうなるのか、王宮の中で知らぬ者は居ない。命が惜しい兵士はアレクシアを部屋に通してしまった。
この場合、どっちに転んでもテオバルトの逆鱗に触れそうなものだが、アレクシアが自分が我侭を言ったのだと兵士を庇えば兵士達は軽いお仕置きは受けても命までは取られない。そこまで計算して動いているのだがら本当にこの妹は侮れないとギルベルトは改めて思った。
「アレクシア様は私の叔父に興味がお有りなんですか?」
声を掛けられ、アレクシアが振り返るとブロンド色の髪に翡翠色の瞳を持った男性が立っていた。どことなく侯爵に似ていて、彼を若くしたらこんな感じだろうかとアレクシアは思った。男性は侯爵のことを叔父と呼んだ。ということは件のギルベルトの部下だと気づいて、アレクシアは思わず、まじまじと男性のことを見つめてしまった。
「アレクシア様?」
自分を見つめ、何も言わないアレクシアにもう一度、男性が声を掛ける。アレクシアはハッと我に返って男性の質問に答えた。
「え、えぇ。そうよ」
思わずどもってしまったアレクシアに男性は不思議そうな顔をした。
「どんな風に興味がお有りなんですか?」
男性がもう一度質問をしてきた。ギルベルトが訝しい顔でそのやり取りを見つめている。
「どんな風にって、そうね、まず逢いたいと思うわ。そして、話がしたいと思うの。もっと彼のことが知りたいし、私のことも知って貰いたいわ」
アレクシアの答えに男性は合点がいったように頷いて見せた。
「なるほど。アレクシア様は叔父に恋をしてらっしゃるのですね」
男性がはっきりとそう言い切ると、ギルベルトが焦ったように声を上げた。
「ハンス!余計なことを言うな!」
ハンスと呼ばれた男性は首を傾げて、ギルベルトに向かいこう言った。
「余計なことでは無いと思いますが?事実、アレクシア様の叔父への興味は恋する者がその対象に抱く物その物です。私もギルベルト殿下に対し、同じような想いを抱えております故、よく解ります」
「それが余計なことだと言うんだ!大体、妹の前でまでそんな話をするな!」
ハンスが飄々としているのに対してギルベルトは怒りを隠そうともしない様子だった。
アレクシアはそんな二人のやり取りをどこか遠くで感じていた。先程、ハンスが言った言葉が頭の中で反響していて、周りの音がよく聞こえない。
私が恋をしている?ブライトクロイツ侯爵に?
アレクシアは自問していた。そして、答えにたどり着く。
私は彼のことが・・・好き・・・
アレクシアが己の気持ちを自覚した瞬間だった。