第2話
「お兄様、あの方はどなた?」
アレクシアに問われてテオバルトがアレクシアの視線を追うと一人の男が目に入った。その男を見て、テオバルトの眉間に少しだけ皴が寄る。
「あの人はブライトクロイツ侯爵だよ。・・・何?まさかアレクシアも彼の微笑みの魔術にかかったわけじゃないよね?」
「微笑みの魔術?」
アレクシアが小首を傾げるとテオバルトは大げさに頷いて見せた。
「彼に微笑みかけられると女性は皆、彼の虜になってしまうらしいよ。それでついたあだ名が『微笑みの魔術師』」
テオバルトの言葉にアレクシアは目を丸くした。確かに、微笑みかけられた瞬間から胸が高鳴り、顔が熱い。これが魔術なのだろうか・・・。
「でも、あれくらいの年齢の方なら、既に妻帯なさっているでしょう?」
アレクシアは少しだけ寂しい気持ちになりながらもそう、問いかけた。
「いや、彼は独身だよ。といっても、早くに奥方を亡くしてからずっと一人身って意味なんだけどね。確か、子供もいたはずだけどもう、独立してて、彼は一人暮らしだよ」
「まぁ。それはお寂しいでしょうね・・・」
一人暮らしといっても侯爵なのだから使用人には囲まれているだろう。それでもアレクシアは侯爵が寂しいのではないかと思った。アレクシアの言葉にテオバルトは苦笑いを浮かべた。
「そうでもないと思うよ?なんたって微笑みの魔術師だからね。相手に苦労してないみたいだよ。まぁ、後添えを貰う気は無いみたいだけどね」
「・・・そうなの」
後添えを貰う気が無いみたいだという言葉が、アレクシアの心の中に重い鉛のようにずしりとおかれたような気がした。アレクシアは何故、自分がこんなにも落ち込んでいるのか分からなかった。
アレクシアの耳に楽団の奏でるファンファーレが響く。
「おっ、陛下のお出ましだ」
テオバルトの声にアレクシアが壇上に目を向ければ、そこには次兄、エドアルドが悠然と現れた。エドアルドは眼下にアレクシアを見つけると少しだけ笑みを浮かべ、ゆっくりと壇上を降りた。
「アレクシア、今宵はお前のための宴だ」
エドアルドはそう言いながらアレクシアに手を差し出した。アレクシアはその手を取って礼を述べる。
「このような素晴らしい宴をありがとうございます。陛下」
アレクシアの言葉にエドアルドは小さく頷くとアレクシアを広間の中央に誘った。
「次は僕と踊ろうね」
歩き出すアレクシアの背にテオバルトがそう声をかけた。
「その次は俺だぞ~」
いつの間に来ていたのか三番目の兄であるギルベルトからもそう声が掛かりアレクシアは少し照れくさく感じた。
広間の中央に着き、音楽が始まるのを待つ間、アレクシアは会場を見回した。そして、やはり来てはいないのかと思った。長兄、ゲオルクの姿が見えなかったのである。
エドアルド以外の弟や姉妹にまったく関心を持っていないゲオルクとはアレクシアはほとんど逢ったこともなければ口を利いた記憶も無かった。アレクシアの方は何度か話し掛けようとしたことがあるが、その度に冷たい目で睨み付けられ、アレクシアは怯んでしまい声を掛けることが出来なかった。そうしたことを繰り返す内、アレクシアはゲオルクと関わろうとすることをやめた。
こうした場にも出て来ないほど無関心だといっそ清清しい想いがするから不思議だ。アレクシアは自分には兄は三人しかいないと思うようにしている。
音楽が始まり、エドアルドと踊りだすと周りの者達もダンスに興じ始める。その輪の中にブライトクロイツ侯爵の姿を見つけたアレクシアは自分も彼と踊ってみたいと思った。しかし、その想いは叶わず、三人の兄と踊り終えたところで舞踏会はお開きとなった。
初めての舞踏会はとても楽しかった。ずっと憧れていた場所に立てたことがアレクシアの気持ちを高揚させていた。だが、それだけでは無いことにアレクシア自身も気づいていた。
アレクシアの脳裏にブライトクロイツ侯爵の笑顔が張り付いて離れなかった。