盗聴したら耳からの供給過多で爆発しそうです!
某月某日。私は学園から帰るとすぐに自室にこもり、両耳に新品のイヤーカフを装着した。
これは単なるアクセサリーじゃない。
さまざまな魔道具店が立ち並ぶことで有名なオータムリーフフィールド商店街で購入した「盗聴魔道具」だ。
「よし、まずはスイッチを入れて、次にこのダイヤルを回す、と……」
イヤーカフに付いているダイヤルをゆっくりと回転させる。
すると、最初に聞こえていた「ザザ……ザザザ……」というノイズがだんだんと小さくなり、やがて「ポロン、ポロロン」とピアノを演奏する音が聞こえてきた。
(この音色は間違いない……成功だわ!)
私はニンマリと笑って、イヤーカフ越しに聞こえてくるメロディーに耳を傾ける。
今流れているこの曲は、私が通う聖オクタヴィア音楽学園ピアノ科の今月の課題曲『亡き公女のための幻想曲』だ。
そして演奏者は私のクラスメイトであるチェーザレ・コルシーニ。学園ピアニストランキング第1位の男。
優れたテクニックと、クールな見た目からは想像もつかない情感たっぷりの演奏で、今や『学園一の天才ピアニスト』とも言われている。
でも……。
(そんなの認めないわ! 何が『学園一の天才ピアニスト』よ!)
学園で最も優れたピアニストはチェーザレじゃない。この私、ミーナ・ベルティーニだ。
……少なくとも、半年前まではそうだった。
〈ピアノの女神〉、〈超絶技巧クイーン〉の異名が付けられるほどだったのに、いつからかチェーザレが静かに頭角を現し始め、気づけば彼が『学園一』と称されるまでになっていた。
そして異名も、〈音楽神の愛し子〉、〈旋律の魔術師〉、〈鍵盤の支配者〉と彼のほうがひとつ多い。悔しい。
だから私は誓った。
必ずこの屈辱を晴らしてみせると。
次の学内コンテストの成績で彼に勝ち、『学園一』の称号を奪い返してやると。
その誓いを胸に手に入れたのが、このイヤーカフ型盗聴器だ。
もちろん、これが良くないことだというのは承知している。でももう、なりふり構ってはいられない。私の居場所を取り戻すために、使える手段はすべて使うのみ。
(さあチェーザレ。あなたの上達の秘密を暴かせてもらうわ!)
今チェーザレがピアノの練習をしているのは、学園の防音室。どんな音も漏らさない強力な防音魔法が施されている特別な部屋だ。
トップクラスの生徒は、特にコンテストなどのイベントが近くなると集中して練習するためにこの部屋を利用する。本来なら防音魔法の効果で演奏の音は聞こえないが……。
(昨日仕掛けた盗聴器のおかげで、すべての音がクリアに聞こえるわ!)
まるでその場にいるかのように一音一音が鮮明に聴こえる。
穏やかなサフィア湖に降り注ぐ月光。
月影に照らされ金色に輝く湖面。
そして泡沫から生まれた水の妖精たちが、薄絹のような翅を羽ばたかせて戯れている──。
そんな幻想的な光景が、頭の中に立体感を持って浮かんでくる。
「なんて美しいの……」
思わずそう呟いたとき、チェーザレの演奏がピタリと止まった。そうして次に聞こえたのはピアノの音ではなく……。
「誰かいる?」
イヤーカフからチェーザレの怪訝そうな声が聞こえてきて、私は思わず「ヒッ」と悲鳴をあげた。
「やっぱり! 隠れてないで出てくるんだ」
チェーザレが侵入者を探すために歩き回る足音が聞こえる。私はもうパニックだった。
(ななななんで!? チェーザレに私の声が聞こえた!?)
盗聴器を仕掛けた相手にこっちの声が聞こえるなんて、そんなことありえるだろうか。
一体どうなっているのかと、イヤーカフを外して確認してみる。
すると、起動スイッチとは別のスイッチが入っていることに気がついた。
(これは……つ、通話モードぉぉぉ!?!? はあぁぁあああ!?!?)
訳が分からず取扱説明書を急いで確認する。
すると、こんな売り文句が書いてあった。
『盗聴&嫌がらせにオススメ!』
『うめき声・呪詛を聞かせて相手を恐怖に陥れよう!』
(いや、そういうのはあらかじめ内蔵しといてよ! 通話モードにする意味ある!?)
どうやらこの商品は双方向の通信が行える魔道具だったらしい。重大な見落としに頭を抱える。すると、イヤーカフから聞こえていた足音が止まった。
「たしか、この鏡の辺りから声が聞こえたような」
さすが天才ピアニスト、耳がいい。
一言の呟きと一瞬の悲鳴だけで、発信源を特定するとは。
(……って、感心してる場合じゃないわ!)
もしチェーザレに盗聴器を見つけられてしまったら。もし通報されて警察の捜査が入ることになってしまったら。もし私の仕業だとバレてしまったら。
(一巻の終わり、身の破滅だわ……)
学園新聞には『ミーナ・ベルティーニの卑劣な犯行』、『堕ちた〈ピアノの女神〉』、『超絶技巧の盗聴』などセンセーショナルな見出しが並ぶだろう。
そうなればピアニストの夢は完全に断たれてしまう。そんな事態は絶対に回避しなくてはならない。
「うーん、誰もいないな。それならさっきの声は一体……。まさか何が魔道具が仕掛けられているとか?」
ギクッ……これはまずい。
破滅へのカウントダウンが聞こえる。
「この鏡の裏が怪しいな。よし、ちょっと見てみよう──」
絶体絶命のその瞬間。
私は一か八かの賭けに出た。
「お、お待ちなさい! 私は魔道具なんかではありません……っ!!!」
「えっ……?」
チェーザレの驚いた声が聞こえる。
このまま考える暇を与えず誤魔化さなくては。
「ほほほ、ずいぶん驚いているようね。でも、それは私もよ。まさか妖精の声を聞ける人間がいるなんて」
「よ、妖精だって……?」
「そうよ。私は〈鏡の妖精ミラージョ〉。はじめまして、ピアニストの人間さん」
そう神秘的な感じで挨拶しながら、私はバクバクと今にも爆発しそうな胸を必死に押さえていた。
(なーにが〈鏡の妖精ミラージョ〉よ! こんなウソに騙される奴いないでしょ!)
(いや、私の演技力ならギリ騙せるかも……)
(てかもうこれしか助かる道はないんだから信じてくれ、頼む……!)
頭の中でいろんな私がジタバタしながら叫んでいる。
果たしてあのクールなチェーザレは、妖精の存在を信じてくれるか──。
「妖精? でもこの声はミーナ・ベルティーニさんの声みたいだけど……」
ばっちり個人特定されてるじゃん!!
もう地獄行き確定だ。
絶望のあまり滂沱の涙が流れる。
(いえ、諦めてはダメよ。どんなピンチにも逆転のチャンスはある……!!)
私は涙を拭き、頭脳を高速回転させる。
そして天啓のようなインスピレーションを得ると、そのひらめきのストーリーを騙り始めた。
「あら……あなたにはそう聞こえるのね?」
「どういう意味?」
「鏡の妖精の声は本来、人間界では聞こえないもの。だから、私の声はあなたの記憶によって作られたものなの」
「つまり……?」
「あなたにとって、ミーナ・ベルティーニさんの印象がとても強かったのではないかしら?」
「……!?」
チェーザレが息を呑む音が聞こえる。
どうやら図星だったようだ。
(学園1位の座を奪われはしたものの、常に次席をキープしているもの。当然私のことは意識してるはず)
だから妖精の声がミーナ・ベルティーニの声と同じに聞こえるのも当然のこと。我ながら納得感のあるデマカセだ。
チェーザレも私の説明が腑に落ちたのか、「ああ……」と深いため息を漏らした。
「そうか、僕がミーナさんのことを考えていたから……」
「ええそうよ。あなたったらそんなに彼女を意識してたのね」
「はい」
「私も彼女のことは知ってるけど、素晴らしい才能の持ち主だものね。つい頭に浮かんでしまうのは仕方ないわ」
「はい、つい毎日……いえ、四六時中意識してしまって」
「し、四六時中?」
「コンテストが近くなると、どうしてもそうなってしまうんです」
「まあ、気持ちは分かるわ。ライバルに負けたくないものね」
「いえ、正直勝ち負けはどうでもよくて」
「は? どうでもいいって──」
「だって……次のコンテストで上手に演奏できたら、ミーナさんに好きになってもらえるかなってドキドキしちゃって……」
「………………????」
あれ、混線したのかな?
急に別人の台詞が聞こえてきたよ?
「ご、ごめんなさい。今よく聞き取れなくて。もう一度言ってもらえる?」
「えっ、もう一度ってそんな……。ぼ、僕がミーナさんを好きすぎてドキドキしちゃうって言ったんですけど……」
「??????」
2回目も同じ台詞が聞こえて、頭の中が疑問符でいっぱいになる。
するとイヤーカフから、クールなチェーザレらしからぬキャピキャピした声が聞こえてきた。
「わっ、どうしよう言っちゃった……! でも防音室だから誰も聞いてないよね? もしミーナさんに今の聞かれてたら恥ずかしくて死んじゃう……!」
(えっと………………誰?)
チェーザレ・コルシーニといえば、いつもポーカーフェイスを崩さないことで知られるクールな男だったはず。
なのに今頭に浮かぶのは、いつか女性向けファッション誌で見た『子犬系萌え袖男子』のイメージ絵だ。
「あの……あなたはチェーザレ・コルシーニでお間違いございませんか?」
「え? はい、そうですけど……」
小首を傾げながら、キュルンとした丸い目でこちらを見つめている姿が目に浮かぶ。
(ワケが分からないわ……!?)
一体どうなっているのか、今すぐ防音室に乗り込んで確かめたい。
そんな衝動に駆られていると、チェーザレがおずおずと私──いや、鏡の妖精ミラージョに尋ねてきた。
「ミラージョさんは、学園のことなら鏡を通じて何でも知ってたりしますか?」
「そ、そう、ね……! 割と知っていたりいなかったり……」
「それじゃあ、ミーナさんが僕のことどう思ってるとか分かりますか? 僕、ミーナさんはきっとクール系が好きだと思うから頑張ってカッコよく見せようとしてるんですけど、上手くいってるといいなって……えへ」
「!?!?」
ビックリしすぎて頭が爆発するかと思った。
(え? 私の好きなタイプ=クールな男だと思ってそれを演じてるってこと? あと今「えへ」って言った??)
私の胸の奥で、訳の分からない感情がムクムクと膨らんでくる。
「ミラージョさん、どうですか? もっとクールっぽくしたほうがいいですか?」
「いやーー!! それはどうかしら!!!」
思いがけず馬鹿でかい声が出て自分でもビックリする。でも、これは重要な二択だ。
クール系か、子犬系か。
正直、これまでのチェーザレはお高く止まっていそうに見えて、なんとなくイラッとさせられることが多かった。
でもそれが今はどうだろう。
甘えん坊の子犬のようにキュルンとした表情をして、萌え袖で隠れた手を口もとに添え、あざとくも見えるポーズで私の返事を待っている──という想像だけで、なぜだか胸がたぎってくる。
(クッ、どうして私は鏡の妖精ではないの……! 今この瞬間の姿を目に焼き付けられないなんて……!)
通信魔道具だけでなく、カメラ魔道具も仕掛けておくべきだった。
「チェーザレ、あなたは子犬系で行くべきです」
「え? 子犬系って?」
「ありのままのあなたを見せるべきだということです」
「で、でもミーナさんはクール系が好きなんじゃ……」
「違います、今確信しました。ミーナさんの好みは子犬系です。間違いありません」
「そ、そうだったんだぁ。僕、間違えちゃってた……」
脳内チェーザレが犬耳を垂らしてしょんぼりしている。なんて可哀想な子……。
「大丈夫、まだまだ全然取り返せるわ!」
「そうかなぁ……? 僕、嫌われてない? 今思えばミーナさん、ちょっと怒ってたような気もしてきた……」
「怒ってない怒ってない! ほら、ミーナさんはちょっと顔がキツめなとこがあるから……!」
「あ、ダメだよミラージョさん。ミーナさんのことそんな風に言わないで。とっても綺麗でお姫様みたいな子なんだから」
「ひゃ、ひゃい……」
もう耐えられない。
耳からの供給が凄すぎる。
このまま血を噴き出して倒れてもおかしくない。
「よし、じゃあ明日からはありのままの僕で頑張ってみるね」
「ええ、それが大正解よ。鏡の妖精の私を信じて」
「うん、分かった。アドバイスしてくれてありがとう。ミラージョさんは良い妖精さんだね」
脳内の子犬チェーザレがにこっと微笑む。
こんな汚れきった偽妖精にお礼を言ってくれるなんて、心がピュアすぎて涙が出てくる。
「あ、そろそろ防音室の予約時間が終わるから、僕はもう行くね」
「あ……ええ分かったわ。練習を邪魔してごめんなさいね」
「ううん、練習するよりずっと楽しくて為になる時間だったよ。本当にありがとう。それじゃあね!」
「ええ……頑張って」
チェーザレが荷物をまとめて部屋を出ていく音がする。
そして防音室のドアが閉まる音を聞いた直後、私はイヤーカフを外して部屋を飛び出した。
「証拠隠滅ッ……!」
その後、私は超特急で学園に戻り、「防音室に忘れ物をした」と申し出て鏡の裏のブツを回収した。これからはもう絶対に盗聴なんてしない。
〈鏡の妖精ミラージョ〉の亡き骸を鞄の奥底に封印し、私は素知らぬ顔で学園の廊下を歩く。
今日の佳き日に爆誕した推しのボイスを思い出しながら。
「……待って、〈祝福の大天使〉というキャッチフレーズはどうかしら。それか〈萌え袖の伝道師〉とか? いやちょっと違うか……」
──その日、『廊下で意味不明な独り言を呟くミーナ・ベルティーニを目撃した』と語る生徒が続出したという。
……
……
【後日談】
「ミ、ミーナさん!」
「チェーザレ……?」
「あの、よかったら……一緒にコンテストの練習をしませんか……!? えっとその、君が嫌じゃなかったらだけど──」
「喜んで!!」
「い、いいの……?」
「もちろんよ。私たちライバルである前に同じピアニストの夢を目指す仲間じゃない。これからは毎日一緒に練習しましょ!」
「うん! ありがとう!」
(はーーー!! かわよ!!!!)
それから二人は毎日一緒にピアノを練習するようになり、他の生徒たちは学園トップ2である二人の突然の変わりように恐怖を覚えたという……。




