第五話 夜戦崩壊 ― 第一層・後背混線 ―
夜は、戦場を隠さなかった。
むしろ夜は、すべてを剥き出しにした。
光が消えたことで、誤魔化しが消える。
何が機能していて、何が限界に近いのかが、はっきりと見える。
黒い軍勢は止まらない。
斬り倒しても、進む。
砕いても、崩れない。
だがそれでも――
第一層は、まだ“成立していた”。
アンタレス公ヴァルツ・クロイツの騎士団が、中央を支えている。
剣は正確だった。
恐怖を押し殺した動きではない。
恐怖を前提にした統率だ。
「列を崩すな」
短い命令。
それだけで、兵は戻る。
その背後で、ベテルギウス公グロム・ザル率いるオークの戦列が踏みとどまる。
「来るなら来い」
低い声。
盾が並ぶ。
衝突が起きる。
押し返される。
だが崩れない。
そのさらに上。
スピカ公リュミエル・シルヴァのエルフたちが矢を放つ。
夜でも外さない。
だが――
その精度に、わずかな揺らぎが生まれていた。
敵の顔が見えてしまうからだ。
その“迷い”を埋めるように、別の存在が動く。
ヴェガ公ティア・ルミナ率いる妖精族。
淡い光が戦場に散る。
幻惑。
認識の歪み。
アンデッドの輪郭がぼやける。
「……これで、撃てる」
エルフが再び矢を引く。
精度が戻る。
だがそれは、現実を見ないことで成立していた。
第三層では、カペラ公ドゥルガン・バルドのドワーフたちが壁に張り付いている。
「歪みが早い」
「補強を増やせ」
石が軋む。
だが崩れない。
彼らがいる限り、城はまだ“戦える”。
その後方。
プロキオン公イルム・トレントのエント族が、傷ついた兵に触れる。
裂けた肉が戻る。
血が止まる。
だが。
「……限界が近い」
再生が追いつかない。
数が多すぎる。
それでも手は止まらない。
その横で、シャウラ公イグニス・ラヴァの炎精族が動く。
炎が走る。
アンデッドを焼く。
今夜、最も“正しい攻撃”だった。
「焼け。迷うな」
その炎には躊躇がない。
だからこそ、前線はわずかに持ち直す。
空では、アルタイル公セラフィエル・ノクス率いる堕天使が旋回している。
「後方、異常」
その声は冷静だった。
だがその情報は、遅れていた。
デネブ公キリクのゴブリン伝令が走る。
だが――
遅い。
「連絡が届かない……!」
通信網が詰まり始めている。
それが戦場全体の“鈍化”を生む。
空の別方向。
アルナイル公エリアス・スカイの翼人部隊が降下する。
「左翼、補強!」
急降下。
突入。
空から戦場へ。
その機動力が、崩れかけた側面を繋ぎ止める。
だがそれでも。
何かが足りない。
その時。
空が歪む。
アルデバラン公ヴァルガン・ドレイク。
龍が降りる。
圧が落ちる。
空気が沈む。
吐息が戦場を薙ぐ。
アンデッドがまとめて吹き飛ぶ。
一瞬だけ、静寂が戻る。
「……まだ終わらない」
誰かが言う。
その通りだった。
これは勝利ではない。
ただの“遅延”だ。
そのさらに奥。
フォーマルハウト公ファーレンハイトの指示が飛ぶ。
「前線維持。後方確認を急げ」
だが――
その「後方」が、すでに崩れている。
兵士の一人が振り返る。
暗闇。
何もない。
はずだった。
だがそこに、“いる”。
ゆっくりと歩く影。
鎧。
剣。
見覚えのある姿。
「……誰だ」
声が漏れる。
返事はない。
ただ、近づく。
その動きに呼吸はない。
理解が遅れる。
遅れて、届く。
「後方……敵……!」
ゴブリンの声。
途切れる。
遅すぎた。
振り返る。
そこにいるのは。
味方ではない。
だが敵とも認識できない。
「……これ、は」
リゲル公ゼルヴァ・ドラクのダークエルフが、遠くでそれを見ている。
目を細める。
「……なるほど」
理解している。
だから動かない。
その沈黙が、さらに戦場を歪ませる。
前線では、サルガス公ズ=ラガのリザードマンが叫ぶ。
「押し返せ!」
だが背中が崩れる。
前ではない。
後ろだ。
トロールのアークトゥルス公バルグ・ドゥムが一歩前に出る。
「ここは通さぬ」
だがその後ろに、敵がいる。
意味がない。
構造が崩れる。
エントが止まる。
妖精の光が揺れる。
エルフの矢が乱れる。
すべてが繋がっていた。
だからこそ。
一箇所の崩れが、全体に波及する。
兵士は理解する。
これは正面戦ではない。
「……後ろだ」
その言葉が、ようやく戦場に広がる。
遅すぎる。
すべてが遅い。
夜は、深くなる。
そして戦場は、完全に別のものへと変わる。
前から来る敵ではない。
背中から侵食する敵。
それがこの戦争の本質だった。
そしてその瞬間。
エステルは、遠くでそれを感じていた。
何も見えない。
だが確実に、何かが壊れている。
この戦は――
もう“戦い”ではない。
崩壊の始まりだった。
筆者の初作品です。不定期投稿あしからず!




