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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第6章

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第14話 砕けぬ盾の凱旋と海を渡る報せ




 エルデラント王都での冷徹な戦後処理を終え、モルトケ辺境伯軍の主力部隊が領地へと帰還(きかん)を果たしたのは、それから数日後のことであった。


 モルトケ領の中心にそびえる堅牢(けんろう)城塞(じょうさい)。その広大な前庭には、帰還した泥だらけの兵士たちだけでなく、不眠不休で武器や弾薬を作り続けた工場の労働者たち、そして帰る家を失いながらもこの地で歯を食いしばって生き抜いてきた領民たちが、足の踏み場もないほどに押し寄せていた。


 皆が一様に、固唾(かたず)を呑んで城塞のバルコニーを見上げている。


 やがて、重厚な扉が開き、漆黒の軍服に身を包んだハインリヒ・フォン・モルトケが姿を現した。


 その背後には、アンジェリカをはじめとするモルトケの将校たちが静かに控えている。


 ハインリヒはバルコニーの縁に手をかけ、眼下に広がる何万という領民と兵士たちの顔を、鷹のような鋭い目でゆっくりと見渡した。


「……よくぞ、生き抜いた」


 拡声用の魔導具を通し、ハインリヒの低く、しかし腹の底に響くような声が領都全域に(とどろ)いた。


「今日、俺はお前たちに報告するために戻ってきた。……我々の故郷に侵攻し、大事な仲間を奪い、この国を滅ぼそうとしたガルマニア帝国は、完全に解体された。奴らは二度と我々に牙を剥けない絶対的な『首輪(くびわ)』を受け入れたのだ!」


 その言葉が響き渡った瞬間、広場は一瞬の静寂に包まれ――直後、大地を揺るがすような大歓声が爆発した。


 涙を流して抱き合う者、天を仰いで祈る者、帽子を放り投げて絶叫する兵士たち。あの絶望的な王都占領から始まり、常に死と隣り合わせだった長きにわたる泥沼の戦争が、ついに終わったのだ。


「お前たちが流した血と汗が、不眠不休で回し続けた工場の歯車が、魔法という旧時代の幻想を完全に打ち砕いたのだ! 俺たちはもう、誰にも脅かされることはない! これからは、我々モルトケが敷く『黒い鉄の道』が、この大陸の新たな秩序となる!」


 ハインリヒは力強く拳を突き上げた。


「誇れ! お前たちこそが、決して砕けなかったエルデラントの『最強の盾』だ!!」


「「「おおおおおぉぉぉぉぉッ!! 辺境伯閣下、万歳!! モルトケ万歳!!」」」


 地鳴りのような歓声が、冬の終わりの澄んだ空へと吸い込まれていく。


 アンジェリカは、バルコニーの特等席でその光景を見下ろしながら、安堵(あんど)と共に熱い息を吐き出した。生き残るために剣を捨て、銃に持ち替え、がむしゃらに駆け抜けてきた日々が、ようやく一つの結実を迎えたのだ。


 だが、軍事と兵站(ロジスティクス)を司るモルトケにとって、戦いの終わりは、次なる『巨大な国家事業』の始まりでもあった。



***



 熱狂に包まれた凱旋演説の翌日。


 モルトケ領の港には、蒸気と黒煙を上げる巨大な『黒鉄の艦隊(くろがねのかんたい)』の一隻が出航の準備を進めていた。


 海風が吹き抜ける甲板で、分厚い外套(がいとう)を羽織った辺境伯夫人ソフィアが、真新しい外交文書の束を抱えながら、見送りに来た末娘のアンジェリカに向かって優しく微笑んでいた。


「それじゃあ、行ってくるわね。……留守の間、ハインリヒ様の補佐と、帝国へ敷く鉄道の技術的な準備は任せたわよ、アンジェリカ」


「はい、気をつけてくださいね、お母様。……向こうの皆さんにも、よろしくお伝えください」


 今回のソフィアの任務は、海を渡った先にある『連合王国』への重要な外交使節であった。


 モルトケが王都を奪還し、帝国を打倒できたのは、連合王国の慈悲と協力があったからこそである。連合国王への正式な戦勝報告と、今後の大陸における貿易協定の締結。それは、元連合国王女であり、モルトケ家の外交の要であるソフィアにしか任せられない大役であった。


「母上の護衛と連合国王陛下へのご報告は、次期辺境伯としてこのマクシミリアンがしっかりと務めよう。……それに、我が魔導部隊・素材確保班としても、これからの大規模な工業化に向けて、新たな交易の道筋を立ててこなければならないからな」


 ソフィアの傍らに立ち、アンジェリカに力強く頷いてみせたのは、長男であるマクシミリアンであった。


 彼は次期当主としての威厳と、数少ない魔法使いとしての誇りを胸に、数名の精鋭を率いてこの重要な外交任務に同行するのだ。


「頼りにしているわ、お兄様。お母様のこと、どうかよろしくお願いしますね」


「ああ、任せて!」


「ふふっ、本当に頼もしい息子と娘がいてくれて、心強いわ」


 ソフィアは目を細め、そして視線をはるか海の向こう――モルトケの反撃の原点である『監獄島』の方角へと向けた。


「連合国王陛下へのご報告もそうだけれど……まずは、あの過酷な島で今もツルハシを振るい、我々のために『黒魔炭(こくまたん)』を掘り続けてくれている労働者たちや、元海賊の荒くれ者たちに、一番に勝利の報せを届けてあげなくちゃね」


 モルトケが絶望の淵に立たされていた時、共に汗にまみれ、黒魔炭の採掘という過酷な労働で『内燃機関(エンジン)』の燃料を支え続けてくれた恩人たち。彼らの存在なくして、モルトケの兵站は成り立たなかった。


「彼らには、モルトケからの莫大な特別報酬と、新たな交易拠点としての『自由』を約束する手はずよ。……きっと、(たる)の底が抜けるまでお酒を飲んで大騒ぎするでしょうね」


「ふふっ、目に浮かぶようです」


 アンジェリカもくすりと笑い、出航の汽笛が鳴り響く中、大きく手を振った。


 帝国という最大の脅威は去った。だが、大陸の覇権は完全にモルトケの『鉄と物流』へと移行し、海を越えた新たな外交と交易の時代が幕を開けようとしている。


 果てしない青空の下、黒鉄の艦隊は力強い推進機関(スクリュー)の音を響かせながら、恩人たちの待つ海へと勇ましく進み出していった。




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