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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第6章

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第12話 地下牢の解放と皇帝の終焉




 ガルマニア帝国、帝都王城。


 かつて大陸全土を震え上がらせた絶対的な権力の象徴たる堅牢(けんろう)な白亜の城門は今、怒り狂う数万の民衆と、帝国の軍服を着た兵士たちの手によって、無惨にも打ち破られていた。


「押し通れぇッ! 狂王の首を()ねろ!」


「我々の故郷を、死の灰に沈めさせてたまるかァッ!」


 王の狂気を止めるべく立ち上がった彼らは、飢餓で痩せ細った体を怒りと生存本能だけで動かし、なだれを打って城内へ突入していく。迎え撃つのは、未だ狂王に盲従する一部の近衛兵(ロイヤル・ガード)たち。豪奢(ごうしゃ)な絨毯が敷かれた回廊は、かつての同胞同士が血で血を洗う凄惨(せいさん)市街戦(しがいせん)の舞台と化していた。


「急げ! 本隊は祭壇へ向かえ! 俺たちは王城の地下牢へ向かう!」


「グスタフ将軍を救い出すんだ! 俺たちには、将軍の指揮(コマンド)が必要だ!」


 反乱軍の別働隊の先頭を走るのは、かつてエルデラント戦線やファルサの地獄から命からがら生還した、歴戦の兵士たちであった。彼らは知っている。あの絶望的な泥沼の戦場の中で、モルトケの『戦車(タンク)』という無慈悲な殺戮機械さつりくきかいを前に、少しでも兵の命を救おうと自身の首を懸けて苦渋の完全撤退(フル・リトリート)を下してくれたのが、誰あろうグスタフであったことを。



 彼らは血に濡れた武器を手に、松明の灯りだけが頼りの、冷たく薄暗い地下牢への階段を駆け下りた。


「そこを退けェェェッ!!」


 地下牢を警備していた看守たちを乱戦の末にねじ伏せ、包帯まみれの兵士の一人が、巨大な鉄格子の錠前を剣の柄で力任せに何度も叩き壊す。


 重い金属音と共に扉が開かれたその先。冷たい石の床に鎖で繋がれ、拷問によってひどく衰弱していた泥だらけの将軍は、息を切らして駆け込んできた自軍の兵士たちを見て、驚愕(きょうがく)に目を見開いた。


「お前たち……なぜここにいる。まさか、反乱を起こしたというのか!」


「将軍閣下! ご無事で何よりです!」


 兵士の一人が、泣きそうな顔でグスタフの拘束具を叩き斬り、自らの腰に下げていた将校用の重厚な両手剣を差し出した。


「皇帝はすでに地下の最深部、大祭壇へ降り……大地を腐らせる『猛毒の術式(ロスト・マジック)』の儀式を始めています! あれが発動すれば、我々の故郷は数百年にわたって死の灰に沈みます!」


「どうか、我々を指揮してください! 狂王を討ち、この国を……我々の家族を救ってください!!」


 地に額を擦り付け、血の涙を流して懇願する兵士たちの姿に、グスタフの胸の奥で、冷え切っていた何かが熱く、激しく燃え上がった。


 狂った主君への忠義など、とうの昔に消え失せていた。今、自分が刃を向けてでも守り抜くべき『帝国』とは、玉座に座る老いた狂人ではなく、自分を信じて戦ってくれたこの血と泥にまみれた兵士たちと、彼らの帰るべき美しい土地なのだ。


「……礼を言う。お前たちの勇気が、私の目を覚まさせてくれた」


 グスタフは差し出された剣をしっかりと握りしめ、傷だらけの足でゆっくりと、しかし巨木のように力強く立ち上がった。


 その瞳には、かつて十万の大軍を率いた『帝国の知将』としての、鋭く冷徹な光が完全に戻っていた。


「全軍に告ぐ! これより我々は、国を滅ぼす狂王を討ち取る! ……地下の大祭壇へ突入せよ!!」


「「「おおおおおおおおおッ!!」」」



 グスタフという圧倒的な精神的支柱(カリスマ)を得た武装蜂起軍(クーデター軍)は、怒涛の勢いで王城のさらに深部――初代皇帝が禁忌を封印した、地の底の地下祭壇へと殺到した。



***



「……遅い。遅すぎるぞ。なぜもっと早く魔力が集まらんのだ!」


 地下の巨大な空洞。


 空気を吸うだけで肺が焼けつくような、毒々しい紫色の光を放つ巨大な魔法陣の中心で、皇帝は苛立たしげに叫んでいた。


 周囲には、不気味な黒いローブをまとった『異端魔導士(ペスト・ドクター)』たちが、地下牢から引きずり出してきた罪人や無実の民衆の命を次々と『魔力』に変換し、魔法陣へと注ぎ込んでいる。生け(にえ)にされた者たちは悲鳴を上げる間もなく、文字通り干からびたミイラとなって崩れ落ちていく。


 術式はすでに臨界点に達しようとしていた。あと数分もすれば、帝都を中心に恐るべき猛毒の灰が火山の如く噴出し、大陸のすべてを死の不毛地帯へと変えるだろう。


「ふふふ……モルトケの狂犬め。我らを追い詰めた代償だ。エルデラントもろとも、すべてを道連れにしてくれるわ……!」


「――お前の道連れなど、誰もご免(こうむ)る!!」


 その時、祭壇の重厚な石の扉が、凄まじい爆発音と共に木端微塵こっぱみじんに吹き飛んだ。


 濛々(もうもう)たる土煙の中から、抜身の大剣を上段に構え、鬼神の如き形相のグスタフが、数十人の精鋭兵士と共に雪崩(なだれ)れ込んでくる。


「グスタフ!? 貴様、牢を抜け出したか! 反逆者め、余を止めるつもりか!」


「黙れ! 己のちっぽけな自尊心を守るために、民の命と国を売った貴様に、もはや王を名乗る資格はない!」


 皇帝を守ろうと立ちはだかる異端魔導士たちが、即死の黒魔術を放つ。だが、グスタフに続くクーデター軍の兵士たちが、自らの命を盾にしてその魔法を身に受け、血を吐きながらも魔導士たちを刺し違えていく。


 部下たちが命がけで切り開いた血路(けつろ)を一直線に駆け抜け、グスタフはついに、毒の瘴気(しょうき)が渦巻く魔法陣の中央に立つ皇帝の眼鼻先まで肉薄した。


「狂っているぞ、グスタフ! どうせあの『鉄の怪物』には勝てんのだ! 辺境の野蛮人に蹂躙(じゅうりん)されて惨めに生き恥を晒すくらいなら、ここで自ら死を選び、奴らを道連れにするのが帝国の最後の誇りではないか!」


「モルトケの兵器に勝てないのならば、武器を捨てて停戦すればいい! 領土を奪われようと、賠償金を(むし)り取られようと、人が生きてさえいれば……国は、いつか必ず立て直せる!」


 グスタフの悲痛な、しかし確固たる『生命』と『未来』への咆哮(ほうこう)


 皇帝が怒りに顔を歪め、迎撃の魔法を放とうと杖を掲げた瞬間。それよりも速く、グスタフの渾身の力を込めた大剣の刃が、紫色の光を放っていた術式の要――皇帝の足元の『魔力核(コア)』ごと、狂王の体を袈裟懸(けさが)けに両断した。


「ガ、ハッ……! ば、かな……余が、余の、帝国が……」


 信じられないものを見るように自らの胸から噴き出す血を見つめ、皇帝の体がどさりと崩れ落ちる。


 同時に、臨界点に達しようとしていた禁忌の魔法陣は、供給源と術者を断たれたことでパリンッと甲高い音を立てて砕け散り、無数の光の粒子となって地下の空洞へと霧散していった。



「……終わった」


 血濡れた大剣を下ろし、グスタフは荒い息を吐きながらその場に膝をついた。


 死の灰の飛散は、間一髪のところで阻止された。ファルサの麦畑も、エルデラントの森も、名もなき動物たちも、すべてが守られたのだ。


 祭壇に突入し、生き残った兵士たちが、血まみれの顔で勝利の歓声を上げ、あるいはへたり込んで安堵の涙を流している。


「将軍……! 我々は、やりました! 国を、世界を救ったのです!」


 満身創痍の兵士の言葉に、グスタフは痛む体を庇いながら、力なく首を振った。


「いいや、違う。我々は国を救ったのではない。……自らの手で、この帝国に引導を渡したのだ」


 狂王は死に、絶対的な軍隊は崩壊し、国土は内戦で荒れ果てた。


 もはや帝国には、モルトケ辺境伯の兵器と戦う力も、国家という枠組みを維持する力も残されていない。誇り高き帝国は、完全に死に絶えたのだ。


「通信兵。直ちに、エルデラント王国とモルトケ殿へ『使者』を送れ」


 グスタフは、薄暗い地下の天井を見上げながら、帝国軍の最後の将軍として、最も重く苦しい決断を下した。


「ガルマニア帝国は、エルデラント王国に対し……停戦を申し入れる、とな」



 大陸全土を震え上がらせた魔法と竜の帝国は、皮肉にも自らの民の手でその歴史に幕を下ろした。


 古き戦火の時代は終わりを告げ、辺境の狂犬がもたらした『鉄と技術』が、新たな大陸の幕開けであった。




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