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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第6章

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第11話 王都の緊急貴族会議と防毒の布石




 それから、二週間後。


 エルデラント王国の王都。豪奢(ごうしゃ)なシャンデリアが照らす王城の大円卓会議室(グランド・カウンシル)は今、急遽招集された貴族たちの緊迫と喧騒に包まれていた。


「帝国の難民たちが、ついにファルサ王国の国境に到達し始めたぞ! その数、すでに数万規模だ!」


「このままでは我が国にも押し寄せてくる! 我が国の兵站(ロジスティクス)で養える数ではない!」


 上座に座る国王と、その脇で目を光らせる宰相の前で、各領地の貴族たちが顔を青ざめさせて怒号を飛ばし合っていた。


「――静粛に」


 会議室の重い扉が開き、軍靴の音を響かせて現れた大柄な男の落ち着いた声に、貴族たちは一斉に口を閉ざした。


 漆黒の軍服を身に纏い、帝国軍を粉砕してきたエルデラント軍総司令官、ハインリヒ・フォン・モルトケその人である。彼は国王に向かって深々と臣下の礼をとった後、円卓へと歩み寄った。


「モルトケ辺境伯! 貴殿がファルサ王国に駐留させていた四千の精鋭部隊は、すでに撤退したと聞いたぞ! ファルサ王国からこのエルデラントまで来るのは時間の問題ではないか!」


 一人の貴族が焦燥を露にして問いかけるが、ハインリヒは静かに首を横に振った。


「我が軍はエルデラント国王の『正式な承認』と、外交官を通じた合意のもと、撤退した。……我々の持つ兵器で、丸腰の群衆を制圧するような真似をすれば、兵の士気は崩壊し、無駄な血が流れます。ファルサ王国への難民を受け止める防波堤の役割は、隣国ファルサの軍隊自身に任せるのが、最も理にかなった選択だと判断したまで」


「それは……ファルサそのものを巨大な『緩衝地帯(バッファ・ゾーン)』とし、そこで難民の勢いを削ぐと?」


「左様。ファルサから我が国への国境は封鎖を維持し、通過を許すのは『技術者』や『労働に耐えうる者』。……選別と受け入れの政治的判断は、宰相閣下に」


 ハインリヒが視線を向けると、白髪の宰相が「無論だ」と、重々しく頷いた。


「我が国に、無尽蔵に民を養う余裕はない。受け入れた帝国の難民は、絶対契約の魔法(ゲアス)で法的に縛り、鉱山や施設の労働力として国力に貢献してもらう。……エルデラントの国益を守るための法案は、この二週間ですでに手配済みだ」


 軍事と政治の明確な分業。


 システマチックな国家運営を前に、他の貴族たちはホッと安堵の息を漏らした。


「……難民の方針はそれで問題ない。ですが、今日の緊急会議の『本題』は別にあります」


 宰相が、重々しい声で円卓を見回した。


 それは、モルトケ領へ二週間前に亡命してきた帝国の研究者や貴族たちから引き出した、最も恐るべき機密情報であった。


「クーデターの引き金となった、皇帝の凶行。……帝都の地下に封印されていた、大地と肉体を腐らせる『猛毒の術式(ロスト・マジック)』が解放されようとしています」


「なっ……!?」


 会議室の空気が、完全に凍りついた。


「バ、バカな! あれは使えば自国すらも数百年不毛の地となる大量破壊魔法だぞ!」


「モルトケ辺境伯殿! 直ちに貴殿の軍を帝都へ差し向け、その狂った儀式を力ずくで止めるのだ!」


 すがるような貴族の叫びに対し、ハインリヒは苦渋の表情を浮かべ、静かに事実を告げた。


「不可能だ。ファルサ国境から帝都までは、物理的な距離がありすぎる。いかに我が軍の装甲列車(アーマード・トレイン)が高速であろうと、皇帝がすでに地下へ潜った今から軍を動かしても、術式が発動するまでには絶対に間に合わん」


「そ、そんな……! では、我が国は終わりではないか!! 人間が逃げ延びたところで、我々の麦畑や水源、森の生き物までがすべて『死の灰』に沈めば、結局はこの大陸の全人類が飢えで死に絶えるのだぞ!」


 絶望の悲鳴が上がる会議室。大帝国の『死なばもろとも』の狂気は、どうにもならない次元の破滅を孕んでいた。


 だが、ハインリヒの瞳には、決して諦めの色はなかった。彼は愛する家族と、守るべき領民たちの顔を脳裏に浮かべながら、力強い声で貴族たちを諭した。


「……落ち着かれよ。大陸の自然が完全に死に絶えるか否かは、帝都で蜂起したという『反乱軍』が、どこまで狂王の暴走を食い止められるかに懸かっている。我々が外から手出しできない以上、彼らの意地を信じるほかない」


 絶望の悲鳴が上がる会議室。大帝国の『死なばもろとも』の狂気は、軍事力ではどうにもならない次元の破滅を孕んでいた。


 だが、ハインリヒの瞳には、決して諦めの色はなかった。彼は愛する家族と、守るべき領民たちの顔を脳裏に浮かべながら、力強い声で貴族たちを諭した。


「毒が『呼吸』から肉体を腐らせるのならば……吸う空気を物理的に『濾過(ろか)』する」


 ハインリヒが指を鳴らすと、控えていた部下が、奇妙な『覆面』のようなものを会議室の机に置いた。


 それは、ガラスの覗き窓と、豚の鼻のような円筒形のフィルターが口元についた、異様な姿の装備品であった。


「我がモルトケの工場では、亡命してきた帝国の研究者たちを指揮下に入れ、ゴムと活性炭(かっせいたん)を用いた新たな防衛装備――『防毒(ぼうどく)マスク』の開発を完了した。現在、我が軍の精鋭部隊を優先して量産を急がせている」


「おおっ! では、そのマスクを全国民に配れば……!」


 安堵の声を上げる貴族たちを、ハインリヒの冷酷な声が叩き落とした。


「だが、我が領地の工業力をすべて稼働させても、たった二週間で数百万の国民全員に配る数など作れるはずがない。配備できるのは、あくまで国家の中枢(コア)と軍の一部のみだ」


「なっ……! それでは結局、大半の民や我々の領地は死の灰に沈むではないか!」


「だから言ったはずだ。大陸の自然と大多数の命が助かるか否かは、帝都の『反乱軍』に懸かっていると」


 ハインリヒは机の上の防毒マスクを睨みつけた。


「これは魔法を無効化する魔法の杖ではない。最悪の事態が起きた時、国の中枢だけでも生き残らせるための『最後の保険』に過ぎん。……狂王が自爆のスイッチを押す前に、帝国の連中が自らの手で国を正せるか。今はただ、我々の兵器に屈しなかった有能な将軍の『意地』に期待するしかない」


 その頃。モルトケが冷徹な防衛線を敷いていた遥か東、大帝国の白亜の王城では。


 大陸全土の自然と命運を懸けた、決死の武装蜂起(クーデター)がいよいよ最終局面を迎えようとしていた。




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