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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第6章

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第10話 亡命者たちの狂騒と冷徹なる防波堤




 大帝国が、狂王の暴走と民衆の武装蜂起(クーデター)によって内側から崩壊を始めたその頃。


 燃え盛る帝都から、いち早く「この国はもう終わりだ」と見切りをつけた者たちが、続々と国境を越え始めていた。


 だが、彼らが逃亡先として選んだのは、帝国から行きやすい中立の隣国ではなく、これまで幾度となく小競り合いを繰り返し、最も警戒が厳重なはずの『モルトケ辺境伯領』の国境であった。



「頼む、通してくれ! 我々は帝国の軍事研究所にいた者だ!」


「あの大砲を弾き返した『動く鉄の城』! あれはどういう内燃機関で動いているんだ!?」


「装甲の材質を見せてくれ! どうか我々にも研究させてくれぇッ!」


 国境の検問所で目を血走らせ、モルトケの兵士に泣きついていたのは、寝食を忘れて技術に没頭する、研究一筋の『変わり者』たちであった。彼らにとって愛国心など二の次であり、自分たちの常識を破壊したモルトケの圧倒的技術力オーバー・テクノロジーを聞き、研究ができるならば、悪魔に魂を売ってもいいとすら思っていた。



「おいおい、列に割り込むなよ。俺たちは純粋に、魔法を自由に使わせてくれる場所に行きたいだけなんだからな」


「そうだ。あの狂った皇帝の『猛毒魔法の生け贄』になるなんて、まっぴらごめんだぜ」


「モルトケは実力主義だと聞く。俺たちの魔法技術、高く買ってくれよ?」


 その横で飄々(ひょうひょう)と肩をすくめているのは、帝国の旧体制に見切りをつけ、それぞれ単独行動で国境を越えてきたフリーの魔導士たちだ。彼らもまた、自らの腕一つで生き抜くための合理的な判断として、モルトケ陣営を選んでいた。



「ひぃっ、乱暴はしないでくれ! 我々は帝国の貴族だ!」


「あの狂王から逃げてきたのだ! 頼む、我々は無抵抗だ! 殺さないでくれ!」


「辺境伯殿は、むやみに人を殺すような野蛮人ではないはずだ。どうか、我々を保護し、エルデラント国王陛下へお取次ぎ願えないだろうか……!」


 そして、馬車を乗り捨てて泥だらけになりながら、一か八かの賭けでモルトケの『理性』に縋り付いてきた数組の帝国貴族たち。


 多種多様な亡命者たちが押し寄せる異常事態に、前線から急遽モルトケ領の執務室へと戻っていたハインリヒは、彼らの代表者たちを見下ろしていた。



「……なるほどな。逃げやすい安全な隣国ではなく、わざわざ『辺境の狂犬』と呼ばれる俺の領地へ飛び込んできた理由は分かった」


 ハインリヒの傍らで、アランが報告書を読み上げ、事態の全容を補足する。


「帝国では現在、追いつめられた皇帝が大地を腐らせる『猛毒の術式(ロスト・マジック)』を使用しようとし、それを止めようとした軍と民衆が反乱を起こしているとのことです。……帝都は完全に内戦状態(シビル・ウォー)ですね」


「……皇帝は、狂ったのか。国は哀れだな。死なばもろともの毒など、使わせる前に殺すに限る」


 ハインリヒは鼻で笑い、そして眼前の研究者と魔導士たちに条件を突きつけた。


「お前たちの知能と技術は買ってやる。……だが、このモルトケ領には、受け入れは簡単にできん」


 ハインリヒの合図で、娘のソフィアが分厚い羊皮紙を持って進み出た。


「お前たちには、領民や我がモルトケに対する『一切の悪意ある危害』を禁止する、『絶対契約の魔法(ゲアス)』が刻まれた誓約書に血判を押してもらう。少しでも裏切る素振りを見せれば、全身の血が沸騰して死ぬ強固な呪いだ。……さらに、お前たちがこの呪いに縛られていることを領民にも周知し、不必要な争いを防ぐ手立ても打つ。……モルトケの庇護下で働くのなら、この首輪を喜んで嵌めろ」


「喜んで! サインします!」


「魔力タンクにされて死ぬより百倍マシだぜ」


 彼らは躊躇なく契約書にサインをした。こうして、モルトケ陣営は帝国の頭脳を『安全かつ合法的な労働力』として吸収することに成功したのである。



「さて、帝国貴族の諸君」


 ハインリヒは、震え上がる帝国貴族たちに視線を移した。


「貴殿らの身柄は、俺の一存では決められん。まずは我が領地の迎賓館でゆっくり休むがいい。……その後、俺からエルデラント国王陛下へお伺いを立て、正式な外交ルート(プロトコル)で王都へと輸送してやる」


「おお……! 寛大なるご処置、感謝いたします、辺境伯殿! ああ、本当に馬車を飛ばしてきてよかった……!」


 貴族の一人が、安堵の涙を流しながら、ふと思い出したように震える声で告げた。


「我々は馬車があったからこそ、いち早く国境まで辿り着けました。……ですが、我々が逃げてくる道中……歩きで帝都から逃げ出した、無数の平民や飢えた兵士たちの姿がありました。彼らはすでに飢餓でバタバタと倒れていましたが……生き残った者たちは、いずれ難民の波となって、この国境やファルサ王国へ押し寄せてくるでしょう」


 その生々しい証言を聞き、貴族たちを下がらせた後、執務室の空気は一気に重く、張り詰めたものへと変化した。


「……有能な頭脳と、外交のカードになる貴族を確保できたのは重畳(ちょうじょう)ですが。問題は、あの後に続く『難民の波』です」


 アランが、大陸地図の帝国領を指差して顔をしかめる。


 武装した十万の軍隊より、飢えた無秩序な群衆のほうが、ある意味では遥かに恐ろしい。


「アラン。直ちに王都のエルデラント国王陛下、およびファルサに滞在している我が国の『首席外交官(アンバサダー)』へ緊急の通信を繋げ」


 ハインリヒは作戦盤(ボード)に置かれていた自軍の駒を手に取り、命じた。


「このままでは、ファルサ王都の防衛のために駐留させている『モルトケの精鋭四千』が、押し寄せる難民の対応という泥沼の警察行動に巻き込まれる。……我々の軍隊は敵の兵器を粉砕するためのものであって、丸腰の難民を銃殺したり、炊き出しをして回るためのものではない」


「では、駐留部隊を撤収させると?」


「ああ。だが、同盟国に無断で軍を引くような真似はせん。……外交官を通じ、ファルサ国王に『帝国の難民は、同盟国とはいえ他国同士のこと、非武装の民に対してこちらで勝手はできぬ。貴国自身の軍隊で国境警備にあたれ』と通達し、エルデラント政府の正式な了承を得た上で、我が軍の精鋭をモルトケ領へ帰還(フォールバック)させる」


 軍事力だけで暴走するのではなく、外交という『正規のルール』を完璧に使いこなす。それこそが、新生エルデラント王国の恐るべきシステマチックな強さであった。


「それに伴い、俺も王都へ向かう。……難民への国家としての対応方針と、帝国が使おうとしている『毒魔法』への対策。その帳尻を合わせるための貴族会議が開かれるはずだ」



 大帝国の自滅という未曾有(みぞう)の混乱を前に、辺境の狂犬は一切の隙を見せることなく、次なる国家戦略の盤面へと冷酷に駒を進めていったのである。




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