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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第5章

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第7話 堕ちる天空と対空砲火の傘




 ファルサ王都を目指し、東へと進軍を続けるモルトケ合同遠征軍。


 先頭を行く三両の『戦車(タンク)』は、その圧倒的な重量とパワーで泥濘でいねいを踏み砕き、動く鋼鉄の壁となって歩兵たちを守護していた。地上の帝国軍はすでに戦意を喪失し、彼らの姿を見るだけで蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。


 だが、その完璧な進撃の列に、突如として異様な緊張が走った。


「――て、敵襲ッ! 上空、三時の方向! 多数の影が急速接近!」


 戦車の車長(コマンダー)が、潜望鏡(ペリスコープ)から空を見上げて絶叫する。


 歩兵たちが一斉に空を見上げた瞬間、どんよりと曇ったファルサの空が、さらに一段、暗く沈んだ。


 分厚い雲を引き裂き、空を覆い尽くすように現れたのは、数十頭の巨大な翼竜――帝国最強の航空戦力『飛竜騎士団(ドラグーン)』の大編隊(スウォーム)であった。


「な……嘘だろ。あんな数が、一気に来るのかよ……!」


 モルトケ軍の古参兵の顔から、一瞬にして血の気が引いた。


 かつて彼らは、王都を脱出する撤退戦(リトリート)において、たった一頭の飛竜と遭遇している。その一頭を撃ち落とすためだけに、彼らは持てる火力のすべてを注ぎ込み、死に物狂いの死闘を強いられたのだ。


 あの悪夢のような巨大な猛獣(けもの)が、数十頭も密集して空を埋め尽くしている。それはもはや軍隊というより、意思を持った『天災』そのものであった。


「グアァァァァァァッ!!」


 空を震わせる無数の咆哮が、地上の兵士たちの本能的な恐怖を呼び覚ます。


 いかに近代装備を持とうと、空という『絶対的な死角』から一方的に見下ろされる畏怖(いふ)は拭えない。



***



(見つけたぞ、忌々しい鉄の亀どもめ!)


 先頭を飛ぶ飛竜騎士団の隊長は、眼下の戦車を見下ろして嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを浮かべた。


 一頭の飛竜ならば、ただの厄介な魔獣に過ぎない。しかし、騎士の統率によって数十頭が『編隊』を組んだ時、彼らは無敵の『戦略爆撃機ストラテジック・ボマー』へと変貌するのだ。


 グスタフ総司令官の分析は完璧だった。あの鉄の箱は、正面からの攻撃には無敵だが、上空から見れば乗組員が出入りするための『天井(トップ)の装甲』が明らかに薄い。


「全騎、急降下(ダイブ)! あの鉄の箱の頭上に、最大火力の『火球(ファイア・ボール)』を一斉に叩き込め! 歩兵もろとも、大地ごと焼き尽くす『絨毯爆撃(じゅうたんばくげき)』だ!」


 隊長の号令と共に、数十頭の飛竜が一斉に翼を畳み、恐るべき速度でモルトケ軍めがけて急降下を開始した。


 彼らは知っている。この世界のいかなる軍隊も、空からの高速攻撃には対処できないことを。魔法による範囲爆撃と、巨大な爪による一撃離脱。それを繰り返すだけで、地上の軍隊は一歩も動けぬまま消滅することを。


 ――だが、彼らは知らなかった。


 モルトケ辺境伯軍が、空を飛ぶことの恐ろしさを誰よりも理解し、それに対する「準備」を完全に整えていたことを。



***



「……敵飛竜、急降下爆撃の態勢に入りました。距離、八百ヤード。高度、急低下中」


 地上。参謀長(さんぼうちょう)アランの氷のように冷静な声が、通信機に響く。


 その瞬間、戦車を護衛するように配置されていた、帆布(はんぷ)の偽装網を被った数台の『奇妙な荷車』が、一斉にその正体を現した。


 そこに座っていたのは、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべ、巨大なクランクハンドルを握るマクシミリアンたち遊撃隊(ゆうげきたい)の面々であった。


「ヒャハハハハッ! 王都脱出の時は随分と世話になったなァ、トカゲ野郎ども! お前らが群れで飛んでくるのを、首を長くして待ってたぜェ!」


 彼らが操作するのは、アンジェリカが開発した対空迎撃の切り札――四本の太い銃身を束ね、空を見上げるように設置された連装式の『対空機関砲アンチ・エアクラフト・キャノン』である。


 戦車部隊は、飛竜をおびき寄せるための巨大な『撒き餌(デコイ)』に過ぎなかったのだ。


「全基、仰角(ぎょうかく)・最大! 空の支配者気取りの馬鹿どもに、鉛の土砂降り(スコール)をくれてやれッ! 撃てェェェェッ!!!」


 マクシミリアンの怒号と共に、彼は発射ペダルを思い切り踏み込んだ。


 ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!!


 これまで戦場に響いていた小銃の乾いた音とは違う、腹の底を殴りつけるような重低音の連射音が炸裂した。



 四連装の砲口から吐き出されるのは、指先ほどの小銃弾ではなく、飛竜の分厚い鱗を粉砕するために作られた巨大な『徹甲機関砲弾(アーマー・ピアシング)』だ。それが毎分数千発という暴風雨となって、急降下してくる飛竜の群れに向かって逆流していく。


「な、なんだ!? 下から、何が飛んで……!」


 急降下爆撃の態勢に入っていた飛竜騎士の隊長が、眼下から凄まじい速度で迫る無数の『光の筋(曳光弾)』に気づき、目を見開いた瞬間。


 バキィィィンッ! グシャァァァッ!!

 先頭を飛んでいた数頭の飛竜が、見えない巨大なハンマーで殴られたかのように空中でひしゃげた。


 鋼鉄の鱗も、魔法の障壁も一切意味をなさない。高速度で飛来する大口径の徹甲弾は、飛竜の巨大な翼を根元から引き千切り、分厚い胴体に風穴を開け、乗っていた騎士ごと肉片に変えて弾け飛んだ。


「グギィィィヤァァァァァッ!?」


「ば、馬鹿なッ! 我々は空にいるのだぞ!? なぜ地上の攻撃が届く!?」


 絶対安全圏であったはずの空が、一瞬にして「死の壁」へと変わる。


 急降下(ダイブ)という、自ら速度を上げて一直線に突っ込んでくる軌道は、下から待ち構える対空機関砲にとって最も狙いやすい『最高の的』であった。


 マクシミリアンたちが操作する機関砲は、空中に巨大な『弾幕の傘』を広げ、そこに突っ込んでくる飛竜を次々とミンチに変えていく。


 それは、ファンタジー世界において空の生態系の頂点に君臨していた魔獣が、近代工業の暴力によって一方的に屠殺(とさつ)される、歴史的な転換点であった。


「逃げろ! 上昇しろ! このままでは全滅する!」


「駄目だ、腹が減って力が出ねェ! 言うことを聞け、この駄竜がぁっ!」


 生き残った騎士たちが爆撃を諦め、必死に手綱を引いて逃げようとする。だが、飢餓状態で無理やり叩き起こされた飛竜たちは、恐怖と混乱で完全に制御不能に陥り、ある者は空中で同士討ちを始め、ある者はそのまま機関砲の餌食となって墜落していく。


「ハッハー! どうした空の王様よォ! 自慢の魔法を落としてみろよ! おらぁっ、もっと堕ちろ! 全部堕ちろォォォッ!!」


 狂喜乱舞するマクシミリアンの砲撃によって、最後の数頭が黒い煙と血しぶきを引いて墜落した時、ファルサの空から飛竜の影は完全に消え失せた。


 大帝国が最後に切った最強のカードは、モルトケの対空砲火の前に、ただの一発も魔法を落とすことすらできず、完全なる殲滅(せんめつ)を喫したのである。




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