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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第5章

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第4話 無限軌道の蹂躙と動く鉄の城




 ファルサ西部の平原に掘り巡らされた、帝国軍の最前線塹壕(フロント・トレンチ)


 泥水と汚物にまみれたその深い溝の中で、帝国兵たちは数日ぶりに安堵(あんど)の息を吐き、配給された硬い黒パンをかじっていた。


「……ざまぁみろ、モルトケの悪魔ども。俺たちが大地に潜り、風と土の『複合防盾コンポジット・シールド』を張ってから、奴らの恐ろしい魔法の筒(銃)は完全に沈黙したぜ」


「ああ。グスタフ将軍閣下の仰った通りだ。奴らの攻撃は直線にしか飛ばない。このまま塹壕を掘り進めて奴らの陣地まで肉薄すれば、最後は数の暴力と白兵戦で俺たちの勝ちだ」


 兵士たちが泥だらけの顔で笑い合う。


 十万の犠牲を払い、彼らはようやく『未知の兵器を無力化する方法』を見つけたのだ。この泥沼の膠着状態(デッドロック)こそが、帝国軍の勝利への絶対的な布石であると、前線の誰もが疑っていなかった。


 ――その、異様な『地鳴り』が響いてくるまでは。


「……ん? なんだ、今の音。大砲か?」


 帝国兵の一人が、泥壁に耳を当てて怪訝な顔をした。


 ズウン、ズウン、という断続的な爆発音ではない。それは、無数の金属の板がすり合わさり、大地を重々しく削り取りながら進んでくるような、聞いたこともない不気味な駆動音(メカニカル・ノイズ)であった。


「お、おい……! 見ろ、前方から何か来るぞ!」


 見張りに立っていた兵士の悲鳴(スクリーム)に、帝国兵たちが慌てて土の胸壁(きょうへき)から頭を出す。


 そして彼らは、朝霧の向こうから現れた『それ』を見て、完全に言葉を失った。


「な、なんだあれは……。鉄の、箱……!?」


 それは、巨大な『動く鉄の城』であった。


 馬も引いておらず、線路もない悪路の平原を、屋根からもうもうと黒煙(こくえん)を吹き上げながら、鈍い鋼鉄の輝きを放つ巨大な塊が三両、横並びになってじりじりと前進してくる。


 側面に備えられた巨大な鉄の帯――『無限軌道(キャタピラ)』が、泥濘(でいねい)も、岩も、あらゆる障害物を力任せに踏み砕きながら、地響きと共に帝国陣地へと迫っていた。

***



「……アンジェリカ。あれが、お前が言っていた新型か」


「はい、お父様」


 後方の装甲列車(アーマード・トレイン)司令室(ブリッジ)から双眼鏡(オペラグラス)で戦場を見渡すハインリヒに対し、アンジェリカが誇らしげに頷いた。


「装甲列車の技術を応用し、内燃機関(エンジン)を搭載した自走式の陸上装甲兵器。どんな悪路も踏み越えるその足回りと、機関銃の弾丸すら弾き返す分厚い傾斜装甲(スロープト・アーマー)を備えています。……我がモルトケの技術力の結晶、『戦車(タンク)』ですわ」


 アンジェリカの言葉通り、三両の戦車の背後には、ガンツやマクシミリアンが率いるモルトケ歩兵部隊と近衛兵たちが、戦車の巨大な車体を『動く盾』として利用しながら、安全に、そして確実に帝国軍の塹壕へと肉薄していた。


「なるほど、凄いな。これならば、敵の防盾も塹壕も、一切の脅威にはならん」


 ハインリヒが、獰猛(どうもう)な笑みを深める。


「全歩兵部隊に告ぐ! 戦車を盾にして前進し、敵の塹壕を蹂躙(じゅうりん)しろ! ……旧時代の遺物(モグラ)どもに、真の恐怖を教えてやれ!」



***



「ひ、ひぃぃぃっ! 魔法部隊、撃てぇッ! あの鉄の化け物を止めろ!!」


 帝国軍の前線指揮官が、泡を食って絶叫する。


 塹壕から無数の土魔法と炎の魔法が放たれ、さらに後方の投石器(カタパルト)から巨大な岩弾が戦車めがけて雨あられと降り注いだ。


 ガァァァァンッ!! ドゴォォォォンッ!!


 激しい着弾音と炎が戦車を包み込む。帝国兵たちは「やったか!?」と歓声を上げた。


 だが、煙が晴れた後、彼らの顔は絶望に凍りついた。

 モルトケの戦車は、無傷であった。


 直撃した岩弾は、計算し尽くされた角度の傾斜装甲(スロープト・アーマー)によって威力を斜めに逃がされて弾き飛ばされ、炎の魔法は分厚い鋼鉄の表面を黒く焦がしただけであった。


「ば、馬鹿な……! 魔法が、大岩が、まったく効かないだと!?」


「ひっ、来るな! 来るなぁぁッ!!」


 一切の攻撃を意に介さず、戦車は無慈悲な駆動音を響かせて、ついに帝国軍の最前線塹壕の眼鼻先(めはなさき)まで到達した。


「敵の風魔法の盾、確認しました」


 戦車の狭い車内で、操縦手(ドライバー)潜望鏡(ペリスコープ)越しに報告する。


 帝国軍が銃弾を防ぐために作り上げた、風と土の『複合防盾』。


「そんな小賢しい魔法の盾ごと、物理で踏み潰してやれ。……そのまま前進(前へ)!」


 車長(コマンダー)の容赦なき号令と共に、戦車がエンジンの回転数を上げる。


 メキ、メキメキィィィッ!!


 戦車の巨大なキャタピラが、帝国兵が必死に維持していた魔法の岩の盾に乗り上げ、数十トンの重量で飴細工(あめざいく)のようにあっさりと粉砕した。


「ぎゃああああっ! た、盾が踏み潰された!?」


 防御を失い、塹壕の底で悲鳴を上げる帝国兵たち。


 戦車の巨大な車体が塹壕の上に覆い被さり、空を遮る。そして、戦車の側面に備えられた銃座(スポンソン)から、冷酷な機関銃の銃口が、塹壕の底にすし詰めになった帝国兵たちへと向けられた。



「モグラ退治の時間だ。……死ね」


 ズガガガガガガガガガガガガッ!!!



 至近距離、かつ真上からの掃射(そうしゃ)


 それはもはや戦闘ではなく、純粋な屠殺(とさつ)であった。塹壕という『地の利』は、戦車の登場によって、逃げ場のない『巨大な棺桶(かんおけ)』へと反転したのである。


「撃て! 戦車が切り開いた穴から、塹壕の中に突入しろ!!」


 戦車の背後に隠れて進軍していたマクシミリアンやガンツ率いる歩兵部隊が、戦車を乗り越え、あるいは脇から回り込み、次々と塹壕の中へ雪崩れ込んでいく。


 手榴弾(しゅりゅうだん)が放り込まれ、後装式小銃(ライフル)の銃剣による無慈悲な白兵戦が展開される。


「退け! 退けぇぇっ! 陣地放棄! こんな化け物どもに勝てるわけがない!!」


 完璧なはずだった防御陣地を力業で踏み抜かれた帝国軍は、完全に戦意を喪失し、武器を放り捨てて後方の塹壕へと我先にと逃げ出し始めた。


 だが、その逃げる背中にも、戦車の主砲(メインガン)から放たれた榴弾(りゅうだん)が容赦なく降り注ぎ、肉片と泥を空高く吹き上げる。


 帝国が知恵を絞り、必死に食らいつこうとした泥沼の戦場は、モルトケが解き放った『鋼鉄の怪物』の前になす術なく粉砕された。


 それは、歩兵と戦車が一体となって戦線を押し上げる『近代機動戦モダーン・ウォーフェア』という、さらに恐るべき次元の軍事力の証明であった。




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