第4話 王都からの亡命者
王太子による「逆賊認定」から、三日が過ぎた頃。
モルトケ辺境伯領の南端にある砦から、緊急の連絡が入った。
「南の街道より、騎兵隊接近! 数はおよそ一千! ……旗印は『王国正規軍』です!」
司令室に緊張が走る。
北の帝国軍より先に、王都からの討伐軍が来たのか?
兄マクシミリアンが即座に立ち上がる。
「迎撃する! 数は千か……先鋒部隊だな。一気に叩くぞ!」
「待ちたまえ、マクシミリアン」
父ハインリヒが、送られてきた遠見の映像を指差して制した。
「様子がおかしい。……彼ら、ボロボロだぞ?」
映像に映る騎兵たちは、鎧が傷つき、煤け、馬も疲労困憊していた。
何より、彼らは戦意を示すどころか、先頭の騎士が必死に白旗を振り回していた。
「……門を開けてくれ! 我々は戦いに来たのではない! 辺境伯閣下に、庇護を求めに来たのだ!」
***
武装解除を条件に城内へ招き入れられたのは、王国第二騎士団の一部隊、千名の騎士たちだった。
その指揮官であるアラン千人隊長は、三十代半ばの実直そうな男だったが、今はやつれ果て、ハインリヒの前で深く頭を下げた。
「……突然の非礼、お詫びいたします。我々は王都を……いや、国を捨てて逃げて参りました」
「国を捨てた、だと? 王都で何があった? 近衛ごときが正規軍を制圧できるとは思えんが」
ハインリヒの鋭い問いに、アランは悔しげに拳を握りしめた。
「……騙し討ちです。『対帝国戦の緊急軍議』と称して、各騎士団の将軍・団長クラスが王城へ招集されました。そして……誰一人として戻ってきませんでした」
「なんと……。指揮系統を断たれたか」
「はい。指揮官不在で混乱する駐屯地を、近衛騎士団が包囲しました。『将軍らは辺境伯と通じた逆賊として処断された。全軍、武装解除せよ』と」
アランの声が震える。
それは軍の制圧ではない。頭を切り落とし、手足を麻痺させるクーデターだ。
「多くの兵は状況が理解できず、近衛に従いました。……ですが、私は上官の無実を知っていた。これは罠だと直感し、私の千人隊だけを連れて、包囲が完成する前に強行突破したのです」
「賢明な判断だ。残っていれば、間違いなく投獄か処刑されていただろう」
ハインリヒは重く頷ずいた。
アランは、とっさの判断で部下千人の命を救った優秀な指揮官だ。
「事情は分かった。アラン殿、貴官らの命、私が預かろう。……ここもじきに戦場になるが、それでも良いか?」
「望むところです! ……我々は国を守るために騎士になったのです。」
***
アランたちの受け入れは決まったが、現場の空気は少しピリついていた。
数時間後、練兵場の一角。
「おい、そこの! 邪魔だ!」
「あ? なんだよ、偉そうに……」
アランの部下の一部の騎士たちと、領民兵(義勇兵)の間で小競り合いが起きていた。
騎士たちは命からがら逃げてきた極限状態で神経が尖っており、領民兵たちは「王都から逃げてきたくせに」という反発心がある。
それに、騎士にとって「農民が銃を持つ」という光景は、生理的な嫌悪感を抱かせるものだった。
「やめろ! 貴様ら、世話になっている身で何をしている!」
アランが慌てて割って入り、部下を叱りつける。
だが、部下の一人が不満げに漏らした。
「ですが隊長……農民が騎士の真似事など。あんな筒で戦争ごっこをされては、我々の士気に関わります」
その言葉に、領民兵たちも色めき立つ。
一触即発の空気を止めたのは、アンジェリカや父でもなく――
「……ごちゃごちゃと騒がしいな。王都の騎士様は随分と元気が有り余っているようだ」
モルトケ家の騎士団長ガンツだった。
歴戦の傷跡が残る顔で、ギロリと正規騎士たちを睨みつける。
「貴殿は……モルトケの『岩鉄』、ガンツ団長か」
「アラン殿。部下たちが、我々の『牙』を侮っているようですな」
ガンツは、アランとその部下たちを練兵場の射撃レーンへと誘導した。
「百聞は一見に如かずだ。……おい、第一班! 構え!」
ガンツの号令で、五十人の領民兵が整列する。
彼らは緊張した面持ちで、アンジェリカ考案の『三段撃ち』の陣形を組んだ。
50メートル先には、騎士が使う厚手の鉄鎧が置かれている。
「放てッ!」
ドパンッ!!
一斉射撃の轟音。
正規騎士たちがビクリと体を震わせる。
硝煙が晴れた後――彼らは絶句した。
自慢の鉄鎧が、穴だらけのボロ雑巾のように変わり果てていたからだ。
「な……っ!?」
「鉄鎧を、一撃で……?」
「個人の腕ではない。集団の暴力だ」
ガンツは呆然とする騎士たちに告げた。
「これが、我々が対帝国用に用意した戦術だ。……剣の届かない距離から、鎧ごと敵を粉砕する。農民だろうが子供だろうが、引き金を引けば騎士を殺せる」
その言葉に、正規騎士たちの顔から血の気が引く。
自分たちが誇ってきた「個の武勇」が、この轟音の前では無力だと突きつけられたのだ。
「だが、彼らは脆い」
ガンツは続けた。
「接近されれば終わりだ。装填の隙を突かれれば死ぬ。……だからこそ、だ」
ガンツはアランに向き直り、右手を差し出した。
「彼らが安心して弾の雨を降らせるには、前で敵を食い止める『盾』が必要だ。……王家の騎士殿。その剣と盾、我々の『牙』を守るために貸してはくれんか?」
それは、プライドを傷つけない、武人としての提案だった。
アランはハッとして、ガンツの手を握り返した。
「……我々が浅はかでした。ガンツ殿。……どうか、我々に『守る』場所を与えてください」
隊長の言葉に、部下の騎士たちもバツが悪そうに剣を収め、領民たちに頭を下げた。
こうして、騎士(前衛)と銃兵(後衛)の役割分担が成立した。
城壁の上からその様子を見ていたアンジェリカは、ほっと胸を撫で下ろした。
隣に立つ父ハインリヒが、満足げに頷く。
「……ガンツの奴、上手くまとめたな」
「ええ。私が出ても、反発を招くだけでした」
「餅は餅屋だ。現場のことは現場に任せればいい。……それよりアンジェリカ、弾薬は足りるか? 人数が増えたぞ」
「はい、お父様。予備の生産ラインを稼働させます。……食料も、彼らの分を含めて再計算済みです」
父と娘、そして現場の指揮官たち。
それぞれの役割がかみ合い、モルトケ軍は組織としての強度を増していく。
そして翌日。
ついに北の森から、帝国軍三万の進軍ラッパが聞こえてきた。




