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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第5章

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第1話 鋼鉄の咆哮と絶望を砕く軌道




 ファルサ王国、西部国境の要衝『キール要塞』。


 かつてファルサの誇りであった巨大な石造りの城壁は、今や帝国軍の放つ攻城魔法(シージ・マジック)と投石によって無惨に崩れ落ち、その隙間から飢えた狼のような帝国兵たちが次々と雪崩なだれを打って押し寄せていた。


「ひ、退けぇっ! 門が突破されたぞ!」


「駄目だ、後ろにも敵が回り込んでいる! もはやこれまでか……!」


 血まみれになったファルサの騎士たちが、絶望の叫びを上げる。


 彼らの剣と槍では、飢えと怒りで死を恐れなくなった十万近い帝国軍の人海戦術(ウェーブ)を止めることなど到底不可能であった。すでに要塞の指揮官は討ち死にし、残された数千のファルサ兵は、ただ殺される順番を待つだけの惨めな獲物(ターゲット)へと成り下がっていた。


 帝国軍の前線指揮官が、残虐な笑みを浮かべて剣を振り上げる。


「一人残らず皆殺しにしろ! 食糧庫の麦はすべて我が大帝国のものだ!」


 帝国兵の一団が、逃げ惑うファルサ兵に止め(とどめ)を刺そうと襲い掛かった、その時である。


 ――プォォォォォォォォォォォンッ!!!


 戦場の喧騒(けんそう)を切り裂いて、鼓膜を(つんざ)くような異様な『悲鳴(きてき)』が鳴り響いた。


 同時に、大地が激しく揺れる。帝国兵もファルサ兵も、一体何事かと足元をよろめかせ、音の鳴る方角――要塞の脇を走る、かつて石炭を運ぶために使われていた古い『鉱山鉄道(トロッコ・ライン)』の線路へと視線を向けた。


 そこには、莫大な黒煙を噴き上げながら突進してくる、見たこともない巨大な『鉄の怪物(モンスター)』の姿があった。


「な、なんだあれは……!? 鉄の箱が、自ら動いているだと!?」


 帝国兵たちが驚愕(きょうがく)に目を見開く中、アンジェリカが設計し、モルトケの工業力で生み出された近代兵器の結晶――『装甲列車(アーマード・トレイン)』は、一切の減速をすることなく、線路上に展開していた帝国軍の陣形めがけて猛烈な速度で突っ込んだ。


 ガァァァンッ!! ゴシャァァァァァッ!!


「ぎゃああああっ!?」


 魔法の盾など紙切れ同然。分厚い鋼鉄の排障器(カウキャッチャー)が、帝国兵の肉体を鎧ごと跳ね飛ばし、数十人を一瞬でミンチに変えて血路を切り開く。


 列車の先頭車両、その防弾ガラスで覆われた司令室(ブリッジ)では、総司令官ハインリヒが冷徹な眼差しで戦場を俯瞰(ふかん)していた。


「……敵軍、要塞周辺に約一万。密集陣形を形成中。見事なまでの(まと)だな」


「ええ。旧時代の戦術(セオリー)から抜け出せていない証拠です」


 傍らで戦況図(マップ)を広げる参謀長(さんぼうちょう)アランが、冷笑を浮かべる。



 ハインリヒは腰の軍刀を引き抜き、通信用の魔導具(トランシーバー)に向かって野太い声で命を下した。


「各部隊、展開(てんかい)開始! これより我がモルトケ合同遠征軍は、帝国軍の殲滅(せんめつ)に移行する!」


 その号令を合図に、装甲列車の側面に無数に設けられた分厚い銃眼(ガンポート)が一斉に開いた。


「ヒャァハハハハッ! ファルサの泥水をたっぷり飲ませてやるぜ! 撃てぇッ!!」


 第二車両の銃座で笑い声を上げたのは、遊撃隊長(ゆうげきたいちょう)マクシミリアンである。


 彼が指揮する強襲部隊(アサルト・チーム)が、列車に搭載された多銃身の『重機関銃(ガトリング・ガン)』のクランクを猛然と回し始めた。


 ズガガガガガガッ!! と、耳を塞ぎたくなるような連射音が鳴り響き、秒間数十発の鉛玉の暴雨(ストーム)が、要塞に群がっていた帝国兵たちを次々と肉の塊に変えていく。


「なっ……モルトケの悪魔どもか!? なぜこんな所に! 魔導兵(ウィザード)、あの鉄の箱に火球を放て!」


 帝国軍の指揮官が慌てて反撃を命じる。


 数十発の巨大な炎の魔法が装甲列車に着弾するが、分厚いコンクリートと鋼鉄で覆われた複合装甲コンポジット・アーマーには、(すす)をつける程度の傷しか与えられなかった。


「……無駄だ。次、第一歩兵大隊、降車(ドロップ)!」


 列車がブレーキをかけ、金属音を立てて急停車した瞬間。


 後方車両の扉が開き、ガンツ率いるモルトケ兵と、新たに編入された王国軍の近衛兵(ロイヤル・ガード)たちが、一糸乱れぬ動きで線路脇へと飛び出した。


「素早く散開しろ! 土魔法使い、列車の前に胸壁(きょうへき)を作れ! 小銃部隊は横一列に並び、一斉射撃(ボレー・ファイア)の構え!」


 ガンツの的確な指揮統率(リーダーシップ)により、数百名の歩兵があっという間に即席陣地(バリケード)を構築する。かつて烏合の衆であった王国兵たちも、モルトケの教官に叩き込まれた通り、冷静に後装式小銃(ライフル)遊底(ボルト)を引き、帝国軍に向けて銃口を並べた。


「放てェッ!!」



 ガンツの怒号と共に、数百の銃口が火を噴く。


 列車の重機関銃と、歩兵たちのライフルによる完璧な十字砲火(クロスファイア)。それはもはや戦争ではなく、一方的な『掃討作業(クリアリング)』であった。



***



 一方、戦場の後方に位置する列車の最も安全な後尾車両(最後尾)


 そこは、戦況のデータ収集と新兵器の観測を行うための装甲観測室(オブザバトリー)となっていた。


「……敵の魔法の着弾による装甲の温度変化、許容範囲内です。機関銃の砲身の焼き付きもありません」


 精密な計器板を見つめながら、アンジェリカが冷静にメモを取る。


 彼女の周囲には、いつものように三名の『専属護衛』が、盾と自動小銃を構えて壁のように立ち塞がっていた。


「お嬢様、身を乗り出さないでください。流れ弾や、敵の残存魔法が飛んでくる可能性があります」


 アンジェリカを(かば)うように分厚い防弾盾(ライオット・シールド)を構える。


「ありがとうございます。ですが、ここは安全です。……お父様、主砲の照準(エイム)、完了しました。敵の指揮本陣は、前方八百ヤードの丘の上です」


「ご苦労、アンジェリカ。……これで、終わりだ」



 司令室(ブリッジ)のハインリヒが、右手を大きく振り下ろした。


 装甲列車の屋根に搭載された、巨大な『榴弾砲(りゅうだんほう)』の砲身が、ゆっくりと仰角(ぎょうかく)を上げる。


 ズドォォォォォォォンッ!!!


 天地を揺るがす発射音と共に放たれた巨大な砲弾(シェル)は、美しい放物線を描いて空を切り裂き、帝国軍の指揮官たちが集まる丘の上へと正確に着弾した。


 凄まじい爆発と熱風が巻き起こり、敵の本陣は一瞬にして巨大な擂鉢状(クレーター)の穴へと変わる。


「……し、指揮官殿が吹き飛んだぞ!?」


「化け物だ! 逃げろ、モルトケの悪魔が来たんだ!!」


 指揮系統を完全に失い、恐慌状態に陥った帝国軍の残存兵たちは、武器を放り捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。それを追撃する必要すらない。


戦闘終了(オールクリア)。……我が軍の損害、ゼロです」


 アランの静かな報告が、司令室に響く。



 遠巻きにその光景を見ていたファルサの兵士たちは、武器を握りしめたまま、ただ腰を抜かして震えることしかできなかった。彼らを数日で地獄に突き落とした一万の帝国軍が、辺境の公爵がもたらした『鉄の塊』によって、わずか十数分で塵と化してしまったのだから。


 絶望の大地ファルサに、モルトケ合同遠征軍がその圧倒的な『暴力と秩序』を刻み込んだ、凄惨(せいさん)にして完璧なる初戦の幕開けであった。





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