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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第5章

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序章 裏切りの大地の蹂躙と鋼鉄の遠征軍

【隣国遠征編】スタートです。



 エルデラント王国の東に位置する、農業大国(のうぎょうたいこく)ファルサ。


 かつて見渡す限り黄金色に輝いていたその豊穣(ほうじょう)な麦畑は今、赤黒い炎と(おびただ)しい死体に埋め尽くされ、文字通りの地獄と化していた。


「ひ、ひぃぃっ! お助けを! 麦はすべてお渡ししますから、どうか命だけは……!」


「うるせェ! 隠してる食料を全部出せ!」


 血走った目をした帝国兵たちが、ファルサの農民から容赦なく物資を奪い取っていく。


 十万の兵と膨大な兵站(ロジスティクス)をモルトケ軍によって消し飛ばされ、極限の飢餓状態に陥っていた帝国軍は、エルデラントへの再侵攻を一時保留し、その凶暴な牙を「かつて自分たちに道を開けた隣国ファルサ」へと向けたのである。


 ファルサ軍の旧態依然とした騎士たちは、馬に乗って突撃を試みたが、飢えと怒りで狂暴化した帝国兵の数の暴力と、将軍グスタフが編み出した新たな『魔法陣形(フォーメーション)』の前に、為す術なく殺戮(さつりく)されていった。


 かつて、自分たちだけ助かるためにエルデラントを裏切った代償は、あまりにも重かった。国境の防衛線はわずか数日で食い破られ、ファルサの王城では、愚かな王が震える手で『エルデラント王国への救援要請(SOS)』を書き殴った。



***



「――という状況で、ファルサ王国は現在、国土の三分の一を帝国軍に蹂躙(じゅうりん)されております」


 モルトケ城の作戦会議室。


 参謀長(さんぼうちょう)アランが読み上げたファルサの悲惨な現状報告に、マクシミリアンが獰猛(どうもう)な笑みを浮かべて吐き捨てた。


「ハッ! 笑わせるぜ。自分たちだけ助かるために俺たちを売り飛ばした裏切り者どもが、今度は帝国に食い潰されそうになって泣きついてきたってのか? 自業自得だ。そのまま帝国に滅ぼさせておけばいい」


 幹部たちの多くが同意するように険しい顔をした。だが、上座に座るハインリヒは、冷酷な為政者の顔で大陸地図を見下ろし、首を横に振った。


「心情としては同意見だ。ファルサの愚王など知ったことではない。……だが、地政学的に見れば、奴らを見殺しにするのは『最悪の悪手』だ」


 ハインリヒの言葉に、アランが地図上に黒い駒を置きながら説明を引き継ぐ。


「現在、帝国軍は深刻な飢餓状態にあります。彼らが豊かな穀倉地帯を持つファルサを完全に呑み込めば……再び十五万以上の大軍を養う兵站(ロジスティクス)を回復させます。そして何より、ファルサが帝国の領土となれば、我がエルデラント王国は、北と東を完全に帝国に塞がれ、『戦略的包囲網(チョーク・ポイント)』に閉じ込められてしまうのです」


 会議室の空気が、一気に凍りついた。


 ファルサを見殺しにすれば、それはそのまま自分たちの首を真綿で絞める結果に直結する。帝国皇帝と敵将グスタフの、恐るべき戦略眼であった。


「我々は、慈善事業でファルサを助けるのではない」


 ハインリヒが、重々しい声で最終決断を下す。


「我が国の領土で再び戦争を起こさせないため……ファルサの地を『緩衝地帯(バッファ・ゾーン)』とし、あの大地を帝国の血を吸う泥沼の戦場に変える。……これより我がモルトケ軍は、隣国ファルサへの『海外遠征(エクスペディション)』を開始する!」



***



 数日後。モルトケ領の巨大な停車場。


 そこには、地響きを立てて黒煙を吹き上げる、巨大な『鉄の怪物(モンスター)』が鎮座していた。アンジェリカが開発し、昼夜を問わず領民たちが組み上げた近代兵器の結晶――大砲と分厚い装甲板を備えた『装甲列車(アーマード・トレイン)』である。


 その列車の前には、恐るべき威容を誇る大軍団が整列していた。


 漆黒の軍服に身を包んだ、歴戦のモルトケ軍。


 そしてその隣には、かつての弱々しい姿を捨て去り、真新しい後装式小銃ボルトアクション・ライフルを構え、アランの指導によって近代歩兵へと生まれ変わった『エルデラント王国軍(近衛兵(ロイヤル・ガード))』の姿があった。



「聞け! これより我々は、国境を越える!」


 装甲列車のタラップに立ち、ハインリヒが野太い声で全軍に呼びかける。


 国王からの親任を受け、エルデラント王国全軍の『総司令官(そうしれいかん)』となった彼の背中には、モルトケの紋章とエルデラントの国旗が誇り高く(ひるがえ)っていた。


「戦場は他国だ! だが、これは我々の家族と領土を守るための『絶対防衛線』の死守である! 我がモルトケの鉄と、新生王国軍の誇りをもって、帝国どもをファルサの泥に沈めてやれ!!」


「「「おおおおおおおおおッ!!」」」


 モルトケ軍と王国軍が一つになった、地鳴りのような咆哮(ほうこう)が辺境の空を揺らす。


 汽笛が甲高く鳴り響き、装甲列車(アーマード・トレイン)が重々しい車輪を(きし)ませて動き始めた。


 防衛戦から、他国を舞台にした大規模な機動戦へ。ハインリヒ総司令官率いる鋼鉄(こうてつ)の合同遠征軍が今、新たな戦端が開かれた裏切りの大地へと向けて、力強く進軍を開始したのである。




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