序章 裏切りの大地の蹂躙と鋼鉄の遠征軍
【隣国遠征編】スタートです。
エルデラント王国の東に位置する、農業大国ファルサ。
かつて見渡す限り黄金色に輝いていたその豊穣な麦畑は今、赤黒い炎と夥しい死体に埋め尽くされ、文字通りの地獄と化していた。
「ひ、ひぃぃっ! お助けを! 麦はすべてお渡ししますから、どうか命だけは……!」
「うるせェ! 隠してる食料を全部出せ!」
血走った目をした帝国兵たちが、ファルサの農民から容赦なく物資を奪い取っていく。
十万の兵と膨大な兵站をモルトケ軍によって消し飛ばされ、極限の飢餓状態に陥っていた帝国軍は、エルデラントへの再侵攻を一時保留し、その凶暴な牙を「かつて自分たちに道を開けた隣国ファルサ」へと向けたのである。
ファルサ軍の旧態依然とした騎士たちは、馬に乗って突撃を試みたが、飢えと怒りで狂暴化した帝国兵の数の暴力と、将軍グスタフが編み出した新たな『魔法陣形』の前に、為す術なく殺戮されていった。
かつて、自分たちだけ助かるためにエルデラントを裏切った代償は、あまりにも重かった。国境の防衛線はわずか数日で食い破られ、ファルサの王城では、愚かな王が震える手で『エルデラント王国への救援要請』を書き殴った。
***
「――という状況で、ファルサ王国は現在、国土の三分の一を帝国軍に蹂躙されております」
モルトケ城の作戦会議室。
参謀長アランが読み上げたファルサの悲惨な現状報告に、マクシミリアンが獰猛な笑みを浮かべて吐き捨てた。
「ハッ! 笑わせるぜ。自分たちだけ助かるために俺たちを売り飛ばした裏切り者どもが、今度は帝国に食い潰されそうになって泣きついてきたってのか? 自業自得だ。そのまま帝国に滅ぼさせておけばいい」
幹部たちの多くが同意するように険しい顔をした。だが、上座に座るハインリヒは、冷酷な為政者の顔で大陸地図を見下ろし、首を横に振った。
「心情としては同意見だ。ファルサの愚王など知ったことではない。……だが、地政学的に見れば、奴らを見殺しにするのは『最悪の悪手』だ」
ハインリヒの言葉に、アランが地図上に黒い駒を置きながら説明を引き継ぐ。
「現在、帝国軍は深刻な飢餓状態にあります。彼らが豊かな穀倉地帯を持つファルサを完全に呑み込めば……再び十五万以上の大軍を養う兵站を回復させます。そして何より、ファルサが帝国の領土となれば、我がエルデラント王国は、北と東を完全に帝国に塞がれ、『戦略的包囲網』に閉じ込められてしまうのです」
会議室の空気が、一気に凍りついた。
ファルサを見殺しにすれば、それはそのまま自分たちの首を真綿で絞める結果に直結する。帝国皇帝と敵将グスタフの、恐るべき戦略眼であった。
「我々は、慈善事業でファルサを助けるのではない」
ハインリヒが、重々しい声で最終決断を下す。
「我が国の領土で再び戦争を起こさせないため……ファルサの地を『緩衝地帯』とし、あの大地を帝国の血を吸う泥沼の戦場に変える。……これより我がモルトケ軍は、隣国ファルサへの『海外遠征』を開始する!」
***
数日後。モルトケ領の巨大な停車場。
そこには、地響きを立てて黒煙を吹き上げる、巨大な『鉄の怪物』が鎮座していた。アンジェリカが開発し、昼夜を問わず領民たちが組み上げた近代兵器の結晶――大砲と分厚い装甲板を備えた『装甲列車』である。
その列車の前には、恐るべき威容を誇る大軍団が整列していた。
漆黒の軍服に身を包んだ、歴戦のモルトケ軍。
そしてその隣には、かつての弱々しい姿を捨て去り、真新しい後装式小銃を構え、アランの指導によって近代歩兵へと生まれ変わった『エルデラント王国軍(近衛兵)』の姿があった。
「聞け! これより我々は、国境を越える!」
装甲列車のタラップに立ち、ハインリヒが野太い声で全軍に呼びかける。
国王からの親任を受け、エルデラント王国全軍の『総司令官』となった彼の背中には、モルトケの紋章とエルデラントの国旗が誇り高く翻っていた。
「戦場は他国だ! だが、これは我々の家族と領土を守るための『絶対防衛線』の死守である! 我がモルトケの鉄と、新生王国軍の誇りをもって、帝国どもをファルサの泥に沈めてやれ!!」
「「「おおおおおおおおおッ!!」」」
モルトケ軍と王国軍が一つになった、地鳴りのような咆哮が辺境の空を揺らす。
汽笛が甲高く鳴り響き、装甲列車が重々しい車輪を軋ませて動き始めた。
防衛戦から、他国を舞台にした大規模な機動戦へ。ハインリヒ総司令官率いる鋼鉄の合同遠征軍が今、新たな戦端が開かれた裏切りの大地へと向けて、力強く進軍を開始したのである。
よろしければ、【評価】・【ブックマーク】お願いいたします。励みになります!




