表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/65

閑話3 隣国ファルサのSOSと装甲列車の産声




 エルデラント王国の王城、軍議の間。


 国王の前に置かれた一通の親書を読み上げ、ハインリヒは(かす)かに眉をひそめた。


「……『同じ大陸の友邦として、不当なる帝国の侵略から我が国を救っていただきたい』、か。どの口が言えたものだ」


 それは、東の隣国である『農業大国(のうぎょうたいこく)ファルサ』からの、悲痛なる救援要請(SOS)であった。


 つい数ヶ月前、帝国軍がエルデラントへ侵攻する際、自国の安全と引き換えに帝国軍の無害通航(むがいつうこう)を許可し、道を開けたのが隣国ファルサである。それが今や、食糧を求める帝国軍によって真っ先に牙を剥かれ、手のひらを返したように泣きついてきたのだ。


「都合の良い話です。見殺しにすべきかと」


 傍らに控えるアランが冷たく言い放つ。だが、ハインリヒは首を横に振った。


「心情としては同意見だ。だが、地政学的に見れば、奴らを見殺しにするのは最悪の悪手となる。ファルサの穀倉地帯を帝国に呑まれれば、我が国は東と北から完全に『戦略的包囲網(チョーク・ポイント)』に閉じ込められ、いずれ干上がる。……ここは、ファルサの地を帝国の血を吸う『緩衝地帯(バッファ・ゾーン)』とするため、我々から打って出るべきだ」


「ハインリヒの言う通りだ」


 国王が深く頷く。


 だが、遠征の決断を下す前に、エルデラントには解決せねばならない大きな問題があった。


 『王国軍の指揮系統』である。


 王都陥落の際、アラン以外の千人隊長や副官たちは、総指揮官であった王弟の愚かな指示に従い、帝国将校によって見せしめとして処刑されてしまった。


 現在、残存した王国軍と近衛兵は、王都を奪還したハインリヒが『仮の指揮官』として軍の再編と教育を行っている。しかし、正式な管轄ではないハインリヒがモルトケ領へ帰還し、さらに他国へ遠征となれば、王国軍は完全に宙に浮き、王都の防衛に致命的な穴が開いてしまう。


「……陛下。私が王都を離れれば、王国軍の指揮系統は崩れます。遠征中も、彼らを誰かの確固たる指揮下に置かねばなりません。誰に引き継ぐかはお決まりでしょうか」


 ハインリヒの進言に対し、国王は力強く宣言した。


「ならば、ハインリヒよ。其方(そなた)が近衛を正し、王国軍を再編した功績に報い……これより王国軍および近衛兵の全軍を、国王の名の元に『モルトケ辺境伯の指揮下』に置く。其方を、王国軍とモルトケ軍の『総司令官(トップ)』に任命する」


「……はっ。ありがたき幸せ」


 ハインリヒは片膝をつき、その重責を受け入れた。そして、すぐさま新たな軍の人事(オーガニゼーション)を国王に進言する。


「……王国軍と近衛の再編にあたり、モルトケに下った元・王国軍千人隊長のアランを、我が直属の『王国軍および近衛担当副官』といたします。そして、古参のガンツを『モルトケ軍および義勇兵担当副官』に。さらに、跡取りであるマクシミリアンを、両軍の『総指揮官補佐』として据えることをご報告いたします」


「うむ。エルデラントの矛と盾、其方らに託す」


 国王の快諾を得た直後。


 軍議の間の扉が開き、王国軍の中から新たに選抜された『五名の新しい千人隊長』たちが、ハインリヒの前に進み出て一斉に片膝をついた。


「ハインリヒ総司令官閣下! 我々五名の千人隊長と、その部下五千の兵は……王都に留まるのではなく、アラン隊長たちのように、閣下の元で最前線を戦うことを志願いたします!」


 彼らは、モルトケ軍の近代兵器とハインリヒの圧倒的な指揮統率力(リーダーシップ)に魅せられた、熱き志願兵たちであった。


 ハインリヒは彼らの覚悟に獰猛な笑みで応え、王都の守りを新設の『近衛隊長』に厳命すると、志願した五千の王国軍を引き連れ、モルトケ領への帰路についたのである。



***



 数日後。モルトケ公爵領。


 領地に足を踏み入れた王国軍の兵士たちは、その異様な活気と、黒煙を上げる巨大な工場群に言葉を失っていた。


「……おい、あれを見ろ! なんだあの巨大な『鉄の塊』は……!」


 彼らの視線の先、領地に敷かれた真新しい鉄の線路の上には、漆黒の装甲板で覆われ、大砲を何門も搭載した巨大な蒸気機関車――『装甲列車(アーマード・トレイン)』が、けたたましい汽笛を上げて産声を上げていた。


 さらにその横には、馬を使わずに蒸気で悪路を走る、分厚い鉄の盾を備えた『装甲車(そうこうしゃ)』が何台も並んでいる。アンジェリカとガレンたちが徹夜で組み上げた、陸の王者たちであった。



「旦那様、お帰りなさいませ」


 モルトケ城に到着したハインリヒは、早々に祖父母、ソフィア、マクシミリアン、アンジェリカ、ガンツとアランを会議室に集めて説明した。


 王国軍および王国近衛兵が王命により正式に自らの管轄となり、ハインリヒが総司令官となったこと。その上で、マクシミリアンはハインリヒの補佐官、ガンツはモルトケ軍(義勇兵含む)の担当副官に、アランは王国軍(王国近衛兵含む)の担当副官へ任命したこと。


 ……そして隣国ファルサへの『遠征』が決定したことを伝えた。



「ついに、こちらから打って出る時が来たか。血が騒ぐな」


「領地の守りと兵器の生産は、私たち老いぼれに任せておきなさい」


 祖父が好戦的に笑い、祖母が力強く頷く。



「アラン、お前は我々がファルサ遠征の間に王国近衛へ不在の間滞りないよう事前に指示をまとめてくれ。……それともう一つ、モルトケ軍との合同演習ジョイント・エクササイズを行う。その前に、王国軍五千にモルトケの近代戦術を浸透させておけ」


 翌日から、領地の広大な演習場では、王国軍とモルトケ軍による激しい軍事演習が開始された。


 王国軍を率いるのは、アランが副官に昇格したことで千人隊長を引き継いだ元副官のレオン。そして、王都で志願した五名の新隊長――豪傑バルバロ、冷静なシモン、老練なるダリウス、若きクロード、堅物のヴィクトルという、個性豊かな『六人の千人隊長』たちであった。


 彼らはアランの厳しい指導の下、剣と盾を捨て、ライフルと塹壕(ざんごう)を用いた『面』の制圧戦術を驚異的な速度で吸収していった。


 その演習の裏で、アンジェリカは護衛たちと共に、領民やガレンの鍛冶部隊を総動員していた。


「遠征部隊のための保存食(レーション)の確保、そして銃弾の予備は従来の三倍必要です! 装甲列車に積む石炭の量も計算し直して!」


 隣国という見知らぬ土地での戦い。兵站(へいたん)の切れ目が軍の死に直結することを誰よりも理解している彼女は、過労(オーバーワーク)ギリギリで物資の量産と防衛設備の強化に奔走していた。



***



 そして、出立の前夜。


 モルトケ城の作戦会議室にて、最終的な軍事会議が開かれた。


 参加者はハインリヒ、マクシミリアン、ガンツ、アランに加え、先ほどの六人の千人隊長、そして補給部隊など各部隊の長たちと筆頭軍医である。


「これより、隣国ファルサ遠征軍の編成を発表する」


 ハインリヒが重々しく告げる。


「遠征軍の総数は、王国軍五千、モルトケ軍七千の『計一万二千』。……残りの兵力は守備隊として、祖父母を代理総大将とし、モルトケ領と王都の防衛に分散配置する」


 一万二千という、エルデラント王国史上かつてない規模の遠征軍。


 各部隊長たちが緊張した面持ちで頷く中、ハインリヒは意外な人物の名を呼んだ。


「アンジェリカ。お前も遠征軍に同行しろ」


「……えっ、私ですか?」


 驚くアンジェリカに対し、ハインリヒは真剣な眼差しを向けた。


「未知の土地での戦いでは、負傷者がどれだけ出るか分からん。極端な人手不足にある軍医の補佐として、お前の医療知識が必要だ。……それに、装甲列車や装甲車といった『新兵器』の現地での保守点検(メンテナンス)と物資管理ができるのは、設計者であるお前しかいない」


「……はい! 謹んでお受けいたします、お父様!」


 安全な後方ではなく、最も危険な最前線へ。


 アンジェリカの決意に満ちた返事を聞き、マクシミリアンが「俺が死んでも守り抜いてやる」とばかりに力強く頷いた。


 王国軍を飲み込み、巨大な近代軍隊へと進化したモルトケ遠征軍。


 鉄の装甲列車がけたたましい汽笛を鳴らす中、彼らは裏切り者の隣国を蹂躙(じゅうりん)する大帝国軍を粉砕すべく、ついに新たな戦端へと足を踏み入れるのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ