閑話1 王都の復興と生まれ変わる近衛兵
血塗られた王都奪還と、大裁判による裏切り者たちの粛清から、数ヶ月の月日が流れた。
エルデラント王国は、モルトケ辺境伯による徹底した事後処理と、地下牢から救出された宰相たちの不眠不休の働きによって、急速にその秩序を取り戻しつつあった。
王城の執務室では、白髪の宰相が山積みの書類に目を通し、深く安堵の息を吐き出していた。
「……素晴らしい。モルトケ領から送られてくる支援物資と、計算し尽くされた兵站の仕組みのおかげで、王都の餓死者は完全にゼロとなった。崩壊していた物流網も、かつてないほどの速度で再構築されている」
これまでの旧態依然とした王政では、馬車と人力に頼る非効率な輸送しかできなかった。しかし、モルトケが持ち込んだ『規格化された木箱』と『馬車の運行表』という近代的な物流管理は、王都の行政に革命的な効率化をもたらしていたのである。
さらに、宰相を驚かせているのは内政だけではなかった。
「宰相閣下。王都の防衛を担う『近衛兵』たちの訓練視察の時間です」
「おお、そうであったな」
文官に促され、宰相は王城のバルコニーへと足を運んだ。
そこから見下ろす広大な練兵場では、かつて帝国軍に降伏し、絶望に打ちひしがれていたエルデラント王国軍の兵士たちが、見違えるような精悍顔つきで整列していた。
彼らの手には、すでに時代遅れの剣や槍はない。
モルトケ領から支給された、黒光りする『後装式小銃』が握られていた。
「そらァ! 動きが遅ェぞ王都の坊ちゃん共! 銃弾が飛び交う戦場で、密集陣形などただの的だ! 数名一組の分隊で動き、互いの死角を援護し合え!」
練兵場に響き渡る、怒声。
それは、ハインリヒの命によって王都に残り、軍事顧問として近衛兵たちを鍛え上げているモルトケ軍の教官――アランの副官を務める歴戦の兵士であった。
「我々モルトケが常に王都を守れるわけではない! 貴様らが国王陛下を守り抜く『最後の盾』だという誇りを忘れるな! 次、的当て用意!」
「「「ははぁっ!!」」」
近衛兵たちは一糸乱れぬ動きで地面に伏せ、ライフルを構える。
乾いた銃声が一斉に響き、百ヤード先の的が次々と正確に撃ち抜かれていった。
それはもはや、見栄えだけの儀仗兵ではない。近代的な防衛戦術を徹底的に叩き込まれ、鉄と火薬の戦い方を完全に理解した『近代歩兵』の姿であった。
「……見事だ。数ヶ月前まで、指揮官を失い烏合の衆となっていた彼らが、ここまで強靭な軍隊に生まれ変わるとは」
バルコニーからその光景を見下ろしていた宰相は、感嘆の声を漏らした。
モルトケ軍の強さは、未知の兵器そのものだけではない。それを使って戦うための『圧倒的な合理性』と、兵士一人一人に役割と誇りを与える『指揮統率力』にあるのだと、宰相は深く理解していた。
「辺境の狂犬、か。……とんでもない。ハインリヒ辺境伯とモルトケ一族こそが、このエルデラント王国を真なる強国へと導く、至高の覇者であったか」
王城の地下深くには、未だに処刑を待つだけの裏切り者の残党たちが繋がれている。
彼らが腐らせた旧時代の王国は、モルトケという強烈な劇薬によって、内側から完全に血肉を入れ替え、強固な軍事国家へと生まれ変わりつつあった。
王都の守りと内政は、もはや揺るがない。
エルデラントの憂いは絶たれ、舞台は遙か辺境のモルトケ領、そして海の向こうの『他国』へと移っていくのである。




