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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第4章

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第42話 英雄たちと鉄の認識票




 大裁判から数日後。


 王城の玉座の間で、モルトケ軍の全幹部に対する、国王からの正式な『恩賞(おんしょう)の儀』が執り行われていた。


 ずらりと並んだ王国貴族や文官たちが見守る中、国王は静かに立ち上がり、ハインリヒに向けて重々しく口を開いた。


「ハインリヒ・フォン・モルトケ辺境伯。其方とその一族の武勲、および王都復興の尽力(じんりょく)、真に見事であった。国家存亡の危機を救ったその功績に報いるため……余は其方に、公爵への陞爵(しょうしゃく)と、王国軍総司令官の地位を与えたい」


 それは、辺境の泥にまみれた武家が、実質的に『国の軍事の頂点』に立ち、王家に次ぐ権力を握る栄誉を意味していた。



 だが。



「……ありがたき幸せ。しかし陛下、その儀は辞退申し上げます」


 ハインリヒは静かに片膝をついたまま、首を横に振った。


「我々は『辺境の猟犬』。陛下に変わらぬ忠誠を誓えど、(きら)びやかな王都の中枢で、政治の駆け引きをするような、器用な真似は性に合いません。……また、逃げ延びた敵が帝国本国で体制を立て直し、銃弾と大砲の対策を講じて、再び大軍で攻め込んでくる日は必ず来ます。我々は直ちに領地へ戻り、国境の防衛線(ライン)を極限まで固めねばなりません」



「……相変わらず、欲の無い。では、何か望みはないか」


「反逆者から没収した、エルデラント国内の鉱山資源の採掘権を、我がモルトケに下賜していただきたい。それらすべてを金と鉄に換え、帝国を二度と寄せ付けない絶対の兵器を量産いたします」


 国を動かす権力よりも、外敵を殺すための鉄と火薬を。


 その徹底した合理性と、己の役割を(たが)えない武人としての姿に、国王は深く頷き、モルトケ領への資金提供と、他貴族の干渉を一切許さない絶対的な『軍事自治権(オートノミー)』を約束した。



***



 数日後。


 王城の再建と防衛を近衛兵たちに任せ、ハインリヒ率いるモルトケ軍は、ついに故郷である旧モルトケ領へと凱旋(がいせん)を果たした。


 数週間のうちに、領地はすでにアンジェリカが残した図面のもと、巨大な兵器工場とコンクリートの特火点(トーチカ)が立ち並ぶ『近代要塞』へと変貌を遂げつつあった。


 黒煙を上げる溶鉱炉(ようこうろ)の熱気の中、帰還した兵士たちを、女子供や老人といった領民たちが涙を流して出迎える。



 その日の夕刻。


 領地の中心にそびえるモルトケ城の大広間に、軍人から義勇兵、工場で働く領民に至るまで、帝国軍と共に戦ったすべての者が集められた。


 ハインリヒとアンジェリカは、広間の中央に置かれた巨大な木箱を開けた。


 中に入っていたのは、鎖で繋がれた『小さな鉄のプレート』の山であった。チャリ、チャリと、冷たい金属音が広間に響く。


「……帝国軍の撃退。そして、王都奪還。この奇跡の勝利は、決して我々モルトケ一族だけの力ではない。お前たち名もなき領民と兵士たちが、共に泥にまみれ、引き金を引いてくれたからこそ掴み取れたものだ」


 ハインリヒの野太い声が、静まり返った広間に響く。


 アンジェリカが一歩前に出て、一枚のプレートをランプの光にかざして見せた。そこには、一人の兵士の名前と、所属する部隊名が深く刻み込まれていた。


「これは『認識票(ドッグタグ)』と呼ばれるものです」


 アンジェリカの澄んだ声が続く。近代兵器の凄惨さを誰よりも知る彼女の顔には、深い祈りのような色が浮かんでいた。


「砲弾や魔法が飛び交うこれからの戦争では、人の体など容易く吹き飛び、誰か分からなくなってしまったり、命の尽きた戦友を連れて帰れないこともあるかもしれません。だからこそ……この戦いで、私たちと共に血を流してくれた、工場で武器を作り続けてくれた、すべての皆さんに、名前を刻んだこの鉄の首飾りを贈ります。

 今後、戦場に出る者は必ずこれを身につけてください。万が一、体が灰になろうとも……私たちが必ず『貴方』を家族の元へ帰すため、貴方がここで生きたという、絶対の証明です」


 ただの兵士()として使い捨てるのではない。一人の名前を持った人間として、その命の尊厳を最後まで守り抜く。


 その近代軍隊としての『個人の尊重』に、荒くれ者の兵士たちや、銃を取った農民たちの目から、(せき)を切ったように涙が溢れ出した。


 ガンツをはじめとする幹部たちも、黙ってその首飾りを受け取り、固く握りしめている。



「そして……この勝利の影で、命を落とした百十二名の同胞たちについてだ」


 ハインリヒは振り返り、モルトケ城の1階――かつては美しい彫刻(レリーフ)が施されていた内壁を指差した。


 その壁は改装され、冷たく分厚い、巨大な『黒鋼の壁』へと作り変えられていた。


「我々は、亡くなった百十二名全員の『名前の刻まれた認識票』を、このモルトケ城の内壁の裏に、城の骨組みの一部として厚く打ち込んだ」


 ハインリヒの言葉に、遺族たちが息を呑む。


「彼らは死してなお、このモルトケ城の(いしずえ)となり、我々を外敵から守り続ける『永遠の護り手』となったのだ。そして……外側の壁には、彼らの名前と共に、我がモルトケの紋章である『薔薇と剣』を使用した刻印(エンブレム)を、一人ずつ刻ませてもらった。」


 無骨な黒鋼の壁に、等間隔に刻まれた百十二の誇り高き紋章。


 それは、ただの兵士の墓標ではない。


 『剣』は彼らが最前線で振るったモルトケの誇り高き武力を示し、『薔薇』は彼らが血を流して守り抜こうとした領民への気高い愛を意味していた。


 それは、一切の妥協なき最高の敬意(トリビュート)であり、永遠に彼らを忘れないという一族の誓いそのものであった。


「我々は、誰一人として忘れない。この誇り高き刻印の一つ一つが、我々の大切な家族だ!!」


 ハインリヒが力強く言い放つと、遺族たちは黒鋼の壁に歩み寄り、刻まれた愛する者の名と紋章に触れながら、声を上げて泣き崩れた。


 そして広間は、悲しみを乗り越え、モルトケへの絶対の忠誠を誓う一万の地鳴りのような咆哮(ほうこう)に包まれた。


 エルデラント王国という腐った泥船を離れ、独自の近代軍事国家として完全に生まれ変わったモルトケ領。


 彼らは冷たい鉄の要塞の中で、誰よりも熱い家族の絆を深め、遙か北の帝国本国から再び迫り来るであろう『戦争』に向け、冷酷に牙を研ぎ澄ませていくのであった。




これにて『王国奪還編』完結です。

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