第38話 地下牢の王と愚者の狂宴
王城、西塔の地下深く。
冷たい石造りの牢獄には、カビと腐臭が立ち込めていた。
鉄格子の前で欠伸をしていた二名の帝国兵の首筋に、闇の中から放たれた鉄の矢が音もなく突き刺さる。短い悲鳴すら上げる暇もなく、二人の兵士が崩れ落ちた。
「……通路の索敵完了。敵影なし」
闇の中から、軍用ナイフの血を拭いながらマクシミリアンが姿を現した。背後には、足音を殺して隠密行動を徹底するモルトケの精鋭部隊が続く。
彼らは祖父母の完璧な見取り図に従い、誰一人として警報を鳴らされることなく、王城の最深部へと到達していた。
鉄格子の奥。
ボロ布のような寝台に横たわっていたのは、やせ細り、見る影もなく衰弱した初老の男――エルデラント王国の正当なる統治者、国王陛下であった。
「……誰だ。私を殺しに来た帝国兵か……?」
掠れた声で問う国王に対し、マクシミリアンは軍帽を取り、静かに片膝をついた。
「お迎えに上がりました、国王陛下。辺境伯ハインリヒ・フォン・モルトケの長男、マクシミリアンです」
「モル、トケ……? お前たちは、十万の帝国軍に蹂躙されて全滅したと……」
「我々は生き延び、そして今夜、王都を奪還しに戻りました。……陛下の救出部隊と、医療班を連れてきております」
マクシミリアンが合図を送ると、衛生兵が手早く鉄格子を開錠し、国王の衰弱した体を担架に乗せる。
「……我が忠臣モルトケよ。……すまない、助かった…モルトケは無事だったのだな……!」
涙を流す国王を後方の脱出経路へと託し、マクシミリアンは立ち上がった。その眼の奥には、先ほどの臣下としての恭順とは真逆の、底知れぬ殺意が燃え上がっていた。
「第一分隊は陛下の護衛を。……残る部隊は、この上の階へ向かうぞ。国を売った豚どもに、引導を渡してやる」
***
一方、王城の大広間。
市街地から響く絶え間ない爆音と銃声に、狂宴はすでに恐怖のどん底へと突き落とされていた。
「ひ、ひぃぃっ! なぜ爆発音が近づいてくる! 帝国の将軍殿、早く鎮圧して私を守れ!」
王太子が、震える手で帝国将校の軍服に縋りつく。
しかし、帝国将校は忌々しげに王太子を蹴り飛ばした。
「黙れ、この傀儡のクズが! モルトケの未知の兵器に、我が軍の指揮系統は完全に崩壊しているのだぞ! 貴様を構っている余裕など……!」
その時である。
ドガァァァァァァァンッ!!
大広間の分厚い樫の扉が、指向性爆薬によって蝶番ごと内側へと吹き飛ばされた。
もうもうと立ち込める爆煙の中。黒煙を切り裂くように、深緑の軍服に身を包んだマクシミリアンと、自動小銃を構えた数十名の精鋭たちが、死神のように歩み入ってきた。
「そこまでだ、帝国の敗残兵。そして……国を売った泥棒ども」
マクシミリアンの低く冷たい声が、広間に響き渡る。
「て、敵襲! 出会え、出会えェッ!」
剣を抜いて襲いかかろうとした帝国将校と護衛兵たちに対し、モルトケの精鋭たちは一歩も退かず、冷酷に引き金を引いた。
ダダダダダダッ!!
圧倒的な連射速度の前に、重い鎧を着た帝国兵たちが紙切れのように蜂の巣にされ、血飛沫を上げて大広間の絨毯に倒れ伏す。
わずか数秒の制圧射撃。硝煙の立ち込める中、立っているのはモルトケの兵士たちだけになっていた。
「ひ、ひぃぃ……っ! た、助けてくれ! 私は王太子だぞ! 次期国王である私に無礼な真似をすれば、反逆罪で死刑だぞ!」
腰を抜かし、自身の尿で絨毯を濡らしながら後ずさる王太子。
マクシミリアンは、返り血で汚れた軍靴でゆっくりと距離を詰め、その首ぐらを片手で掴み上げた。
「……反逆罪? 勘違いすんなよ、なあ?」
マクシミリアンは、震える王太子の耳元で、地獄の底から響くような声で囁いた。
「俺たちは、たった今『国王陛下』を地下牢から救出したばかりだ。……実の父親を幽閉し、帝国に国を売り民を餓死させた貴様こそが、紛れもない『国家反逆者』だ」
「あ、あぁ……っ」
「……アンジェリカの卒業パーティーを台無しにし、婚約破棄だと辱めた時点で殺してやりたいが、殺さねェ。総大将(父上)の命令でな。てめェは、エルデラントの法と民の前で、すべての罪を吐き出すんだよ」
マクシミリアンが王太子の腹に強烈な拳を叩き込むと、王太子は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「標的の無力化を確認。王太子、および同調した裏切り貴族どもをすべて拘束しろ。……王都の中枢は、我々モルトケが完全に制圧した」
通信機に向かって告げるマクシミリアンの声が、王城奪還戦の、事実上の『勝利宣言』であった。




