第37話 死の雨と黒鋼の突破口
王都の夜空を、無数の摩擦音が引き裂いた。
ヒュルルルルルッ――という、空気を切り裂く不気味な風切り音。
王都に駐留する帝国軍の将兵たちが、何事かと頭上を見上げた瞬間。分厚い石造りの城壁の『内側』で、文字通りの地獄が顕現した。
ドゴォォォォォンッ!!
「ぎゃああああっ!?」
防壁を完全に無視して天から降り注いだ『迫撃砲』の雨が、帝国兵が密集する兵舎の屋根を容易く貫通し、内部で無慈悲に炸裂したのである。
***
「報告しろ! 城門が破られたのか!?」
王城の本陣。凄まじい爆音と地鳴りに、帝国軍総司令官ジークス大将は玉座から立ち上がった。
「違います! 城壁は無傷です! 敵の砲撃は、分厚い城壁を飛び越えて、我々の頭上から正確に……ああっ、第三兵舎に直撃! 弾薬庫が誘爆しました!」
ジークス大将は、窓の外で次々と火柱が上がる王都を見下ろし、愕然と立ち尽くした。
(馬鹿な……。大砲というものは、直進する徹甲弾で城壁を壊すための攻城兵器ではないのか!? なぜ、壁の裏に隠れた我々の座標を正確に狙い撃てるのだ!)
旧来の軍事常識が、音を立てて崩れ去っていく。
防壁という『盾』を完全に無力化する曲射弾道。さらに、モルトケの砲兵隊は、祖父母から得た正確な地図を元に、百門の大砲の着弾タイミングを合わせる『|効力射《TOT(同時弾着射撃)》』を行っていた。
民間人の居住区を完全に避け、帝国兵の密集陣地だけを面で制圧していく。
わずか数分の砲撃で、八万の帝国軍の指揮系統は完全に崩壊し、連絡用の早馬すら爆風で吹き飛ばされ、部隊は完全に孤立していた。
***
「砲撃停止(撃ち方待て)! ……ガンツ隊、突入開始!」
丘の上からのアンジェリカの通信を、有線式の魔導具で受け取ったガンツは、城門の前まで肉薄していた装甲馬車の扉を蹴り開けた。
「突撃隊(|アサルトチーム》)! 工兵を前に出せ! 城門を吹き飛ばすぞ!」
装甲馬車から飛び出した重武装の歩兵たちが、城壁の上で混乱している帝国兵に対し、機関銃による苛烈な制圧射撃を浴びせる。
その分厚い弾幕の傘の下をくぐり抜け、モルトケの工兵たちが王都の巨大な正門に、大量の指向性爆薬を設置した。
「点火! 伏せろッ!」
轟音と共に、難攻不落を誇ったエルデラント王都の正門が、内側へと吹き飛んだ。
「突入! 市街戦に移行する! 路地裏の残敵掃討を徹底し、交差点を十字砲火で封鎖しろ!」
ガンツの怒号とともに、一万のモルトケ歩兵が、煙を上げる城門から王都の市街地へと雪崩れ込んだ。
彼らは単なる烏合の衆ではない。訓練された近代歩兵として、数名一組の分隊単位で動き、互いの死角を補い合いながら、旧態依然とした剣や槍で向かってくる帝国兵を、路地という路地で一方的に屠っていく。
「民間人の居住区には絶対に弾を撃ち込むな! 射線を考えろ!」
ガンツ部隊は、民間人を巻き込まないよう精密な射撃統制を維持しつつ、街の区画を一つずつ、機械的なまでの正確さで制圧していった。
***
正門の爆破と、砲撃の混乱。
王都の全戦力がその『正面の狂騒』に釘付けになっている最中。王城の裏手に流れる、暗く冷たい王都の地下水路。
「……親父のド派手な花火のおかげで、裏口はガラ空きだぜ」
汚水の中を音もなく進む、黒装束に身を包んだ五百の精鋭部隊。
その先頭を歩くマクシミリアンは、水面に反射する松明の光を見上げ、笑みを浮かべた。
彼らの手には、発砲音の出るライフルではなく、静音性に優れた鉄製の弩と、刃を黒く塗った軍用ナイフが握られている。
「いいか、野郎ども。ここから先は隠密行動だ。見張りの帝国兵は、声を上げる前に喉笛を掻き切れ。……目指すは王城の西塔地下、国王陛下の牢獄だ」
祖父母の完璧な先導により、彼らは城の最も手薄な防衛線を抜け、裏切り者の王太子がはびこる王城の中枢へと、致死の毒のように静かに浸透していく。
***
「……くそっ! 何が起きている! 前線からの伝令が一人も上がってこんぞ!」
王城の玉座の間で、ジークス大将は血の気が引くのを感じていた。
正門からの圧倒的な火力制圧。頭上から降り注ぐ死の雨。通信網を持たない帝国軍は、各部隊が孤立し、各個撃破されていた。
ジークスは、ここで一つの残酷な事実に気づく。
(この戦いは、城の奪い合いなどではない。……奴らは、旧時代の我々を『一方的な殺戮の俎上』に載せているのだ)
エルデラント王都を舞台にした、近代戦術と中世兵法の激突。
それは、圧倒的な技術格差がもたらす、無慈悲な蹂躙の始まりであった。




