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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第4章

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第36話 迎撃の誤算と闇夜の作戦会議




 旧モルトケ領を出立した一万五千の軍による、王都への進軍(マーチ)


 それは、エルデラント王国の常識を覆す、恐るべき速度による『電撃戦(ブリッツクリーグ)』であった。


「止まるな! 装甲馬車(そうこうばしゃ)の速度を落とすな! 夜明けまでに次の街を抜けるぞ!」


 ガンツの怒号が、街道に響く。


 通常、単騎の早馬ですら王都まで五日かかる距離を、一万数千の大軍が移動すれば、歩兵の疲労と荷馬車の遅れにより半月(十五日)はかかるのが軍事の常識である。


 しかし、モルトケ軍は歩兵を装甲馬車に乗せてローテーションで眠らせ、食事も馬車の中で乾パンをかじるという近代的な機動戦術を採用していた。


 問題は、馬車を牽く馬の体力である。


 これに対し、モルトケ軍は極めて冷酷かつ合理的な手段に出た。道中、帝国に寝返った貴族たちの領地を次々と通過する際、彼らの館を榴弾砲(りゅうだんほう)で吹き飛ばし、領主が私兵のために飼い込んでいたな『元気な軍馬』と『兵站(食糧)』を強引に徴発(ちょうはつ)して乗り換えていったのだ。


「領主の蔵が開いたぞ! 残った飯はてめェら領民で好きに分けろ! 俺たちは先を急ぐ!」


 ガンツは拡声器で叫び、使い潰した馬を置いて、新たな馬で装甲車を牽引させる。


 軍隊の『慈悲』とは、敵の根源(ルール)を物理的に破壊してやることだ。略奪でも慈善活動でもない、ただの破壊と徴発の通過。


 モルトケ軍は速度という最大の武器を殺すことなく、裏切り者の領地を物理的に蹂躙(じゅうりん)しながら、一直線に王都へと迫っていた。



***



「……申し上げます! モルトケの軍勢一万五千が国境を越え、王都へ向けて進軍を開始した模様です!」


 王城の本陣。報告を受けた帝国軍総司令官ジークス大将は、冷徹に地図を見下ろした。


「出たか。だが、一万五千の大軍が王都へ到達するには、半月かかるだろう。……第一軍団、および第二軍団の計二万は直ちに出撃し、王都の三十マイル手前にある『大峡谷(キャニオン)』に防衛陣地を敷け。あそこなら大軍は通れん。奴らの足を止め、弾薬を消耗させろ」


「はっ! 直ちに迎撃に向かわせます!」


 ジークスの判断は、軍事理論として百点満点であった。


 しかし――その五日後。彼のもとに届いたのは、絶望的な報告だった。


「ほ、報告します! 大峡谷へ向かった迎撃部隊二万が、たった半日で壊滅(かいめつ)しました! 敵は鉄で覆われた異常な馬車に乗ったまま、すさまじい速度で峡谷を突破……現在、王都の十マイル手前まで迫っております!!」


「な、なんだと!?」


 常に冷静だったジークスの顔が、初めて愕然(がくぜん)と歪んだ。


 迎撃の常識を粉砕する、異次元の進軍速度。彼らが飢餓状態にある八万の帝国兵を慌てて王都の城壁(ウォール)へと配置につかせた頃には、王都を見下ろす小高い丘の上に、すでにモルトケ軍が『圧倒的な砲陣地』を構築し終えた後であった。


 モルトケ軍は、大軍の常識を覆す『八日間』という異常な速度で、王都到達を果たしたのである。



***



 深夜。王都の城壁からおよそ二マイル離れた丘陵地帯。


 帝国軍の大砲の射程外ギリギリのこの位置に、ハインリヒ率いるモルトケ軍は無数の『迫撃砲(モルタル)』を並べ終えていた。


 司令部天幕では、ランプの灯りの下、ハインリヒを中心に幹部たちが集まり、緊迫した『王都奪還作戦会議』が開かれていた。


「――その座標なら、私たちが持ってきたよ。可愛い孫娘」


 音もなく。天幕の暗闇から、王都の地下水路の匂いを漂わせた初老の男女――長年王都に潜伏し続けてきたモルトケ家の最強の暗殺者(アサシン)、ハインリヒの父母が姿を現した。


「遅かったな。父上、母上」


「待たせたね。王太子と帝国軍の配置が変わらないか、ギリギリまで監視していたのさ」


 祖父が、血に濡れた王都の見取り図(マップ)を卓上に広げる。


 そこには、八万の帝国兵が眠る兵舎の位置、弾薬庫、そして王城の構造が、狂気的なまでの精度で書き込まれていた。


「いいか。国王陛下が幽閉されている地下牢獄(ダンジョン)は、王城の西塔の地下だ。そして、餓死寸前の王都の民は、南区画に押し込められている。……この二箇所には、絶対に大砲を撃ち込むな。それ以外の『赤で塗られた区画(帝国兵の兵舎)』は、すべて更地にして構わん」


 祖父母の報告を受け、ハインリヒは力強く頷き、指揮杖で地図を叩いた。


「よし、各部隊に最終通達を行う! ただ闇雲に撃つな、我々の目的は王都の奪還と制圧だ!」


 ハインリヒの鋭い視線が、幹部たちを射抜く。


「アンジェリカ、およびアラン! 貴様らは砲兵隊を指揮し、新型の『迫撃砲』で、指定された帝国軍の兵舎と弾薬庫のみをピンポイントで爆撃しろ! 城壁の裏に潜む敵の防衛線を、頭上からの爆発で完全に麻痺(まひ)させよ!」


「「はっ!」」


「ガンツ! 貴様は装甲馬車と歩兵一万を率い、砲撃の援護下に合わせて城門へ突撃しろ! 門を爆破し、市街地での白兵戦および残敵掃討(クリアリング)を行え! 民の居住区には絶対に被害を出すな!」


「カッカッカ、任せな! 王都のネズミ駆除は俺の部隊の十八番(おはこ)だ!」


「そして、マクシミリアン!」


「はいっ」


 ハインリヒは、凶悪な笑みを浮かべる長男を見据えた。


「お前は精鋭中の精鋭五百を率い、混乱に乗じて王城の『西塔』へ突入しろ。……幽閉されている国王陛下を救出し、あわよくば、ふんぞり返っている王太子と裏切り者どもを拘束しろ。逃がすなよ」


「了解。……泥の味を教えてやるよ」


 各部隊への役割(ロール)の付与。それは、ただミサイルを撃ち込むだけの烏合の衆ではなく、近代戦術を完全に理解した統率された軍隊の姿であった。


「作戦開始時刻は、これより五分後とする。……全砲門、弾着用意!」


 ハインリヒの号令が飛び、アンジェリカの計算によって正確な角度をつけられた百門の迫撃砲が、一斉に王都の夜空へ向けて口を開いた。


「――撃て!!」


 ドスゥゥゥゥゥンッ!!


 その瞬間。丘の上に並んだ砲身が一斉に火を噴いた。


 放物線を描いて夜空へと打ち上げられた無数の砲弾は、高い城壁をやすやすと飛び越え、ジークスの待つ王都の『頭上』へと、無慈悲な死の雨となって降り注ぐのだった。




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