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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢、生存第一に剣から銃に持ち替える~  作者: 薄氷薄明
第3章

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第20話 猛牛の警戒と射程外の死神




 上陸から一夜が明けた。


 海岸線に構築されたモルトケ軍の橋頭堡(きょうとうほ)。その司令部天幕(しれいぶてんまく)では、張り詰めた空気の中で軍議(ぐんぎ)が行われていた。


「……報告(ほうこく)します。敵先鋒(てきせんぽう)、約一万。旗印(はたじるし)は『猛牛(もうぎゅう)』。バルガス将軍の麾下(きか)です」


 客将(きゃくしょう)アランが、血と泥に塗れた地図(ちず)を広げる。


「バルガスは、前回の撤退戦で我々が用いた『袋のネズミ(殺傷地帯(キル・ゾーン)への(おび)き込み)』の戦術を完全に警戒しています。……奴の布陣(ふじん)を見てください」


 アランは地図上に、帝国軍の戦闘序列を示す駒を並べた。


「敵は突撃してきません。最前列に鉄板を張った『重装甲馬車(じゅうそうこうばしゃ)移動防盾(いどうぼうじゅん))』を並べ、後方には攻城用(こうじょうよう)の『帝国式魔導砲ていこくしきまどうほう』を配備。……罠があると分かっている地点に、遠距離から砲撃の雨を降らせ、陣地ごとすり潰す構えです」


 その報告に、騎士団長ガンツが重い溜息を吐いた。


厄介(やっかい)だな。我々の『待ち伏せ』を物理的に破壊しに来たか。……だが、どれほど新兵器のライフルが優れていようと、防盾越しでは効果が薄い。陣地を壊され、そこに三千の重装騎兵(じゅうそうきへい)雪崩(なだ)れ込んでくれば、『数と質量(しつりょう)』の暴力で押し切られるぞ」


 ガンツの言う通りだった。


 一万の軍勢が防衛線(ぼうえいせん)突破(とっぱ)し、白兵戦(はくへいせん)になれば、こちらの死傷者(ししょうしゃ)は免れない。野戦病院(やせんびょういん)には入りきらないほどの負傷者(ふしょうしゃ)が溢れるだろう。


「……ええ。だからこそ、第一野戦病院だいいちやせんびょういん設営(せつえい)を急がせました」


 アンジェリカが、静かに口を開いた。


 彼女の顔に、新兵器を手にしたことによる慢心(まんしん)はない。あるのは、冷酷なまでの計算と、拭いきれない危機感(ききかん)だ。


「皆様。この一戦の真の目的は、敵を追い払うことではありません。……『完全なる殲滅(せんめつ)』です」


 アンジェリカの言葉に、ハインリヒの目が細められた。


「……情報漏洩(じょうほうろうえい)を防ぐためか」


「はい。現在、帝国の本隊(ほんたい)『十万』は、まだ後方に控えています。

もしバルガス将軍を逃がし、我々の『後装式ブリーチ・ローディングライフル』や『榴弾砲(りゅうだんほう)』、『塹壕(ざんごう)鉄条網(てつじょうもう)』の存在が本隊に知られれば……帝国は必ず、十万の規模で『対策』を講じてきます」


 兵数で一対十の格差がある以上、新兵器のアドバンテージは『初見(しょけん)』である今しかない。


 バルガスの一万を、一人たりとも逃がしてはならない。それが、このモルトケ領奪還戦(だっかんせん)における最大の使命(ミッション)だった。


「作戦を提案します」


 アンジェリカは、地図上の海岸線に直線を引いた。


「バルガス将軍は『魔導砲で陣地を崩せる』と信じています。……ならば、その前提を崩します。

 敵が魔導砲の射程(しゃてい)(約一キロ)に入る前、距離三キロの地点で、こちらから新型榴弾砲による砲撃戦カウンター・バッテリーを仕掛けます」


「射程外からの先制攻撃(せんせいこうげき)か」

「はい。高炭素鋼ハイ・カーボン・スチールの砲弾であれば、敵の防盾など紙くず同然に貫通(かんつう)炸裂(さくれつ)します。

 装甲と大砲を失い、一方的に削られる状況になれば……猛牛の異名(いみょう)を持つバルガスは、撤退(てったい)するか、『被害覚悟で全軍突撃』するかの二択を迫られます」


 ガンツが獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた。


 バルガスは誇り高い帝国の将軍だ。一矢も報いずに背を見せるなどあり得ない。必ず、血路(けつろ)を開くために突撃してくる。


「……キルゾーンだと分かっていても、突っ込んでこざるを得ない状況を作るわけか。えげつないな」


「それでも、三千の重装騎兵による死に物狂いの突撃です。最前線(さいぜんせん)の塹壕には確実に肉薄(にくはく)されます」


 アンジェリカは、指揮官たちを見回した。


「正面の歩兵大隊(ほへいだいたい)がその猛攻を耐え(しの)ぐと同時に、両翼から別働隊(べつどうたい)を回り込ませて『退路(たいろ)を断つ』必要があります。……陣地防衛(じんちぼうえい)と、包囲殲滅(ほういせんめつ)。我々一万で、それを同時にやらねばなりません」


 前線では確実に血が流れるだろう。

 それでも、ここでバルガスの首を獲らねば、明日の十万に飲み込まれる。


「……覚悟(かくご)は決まったな」


 ハインリヒが、低く(すご)みのある声で場を締めた。


 彼は作戦卓に軍刀(ぐんとう)を突き立てる。


「我々は挑戦者(ちょうせんしゃ)だ。小細工は通じない。泥を(すす)り、血を流してでも、バルガスの首をこの海岸に繋ぎ止める!

 全軍、第一種戦闘配置(せんとうはいち)! 砲兵隊(ほうへいたい)仰角(ぎょうかく)を合わせろ! 工兵隊(こうへいたい)と歩兵は鉄条網の裏に伏せろ!」


 「「「了解!!」」」


 幹部(かんぶ)たちの悲壮(ひそう)な、しかし力強い返答が天幕に響く。

 

 日没が近づいていた。


 遠くの平原(へいげん)から、一万の軍勢(ぐんぜい)地鳴(じな)りを立てて進軍(しんぐん)してくるのが見える。


 鋼の軍馬(ぐんば)、巨大な装甲馬車、そして帝国兵たちの怒号(どごう)


 その「数の暴力」を前に、モルトケの兵士たちは塹壕の中で銃を握りしめ、荒い息を吐いていた。


 まもなく、新旧の戦術が激突する防衛戦が幕を開ける。




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