表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢は、王都の混乱を他所に一族と領民の生存戦略を画策する~  作者: 薄氷薄明
【第2章】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/42

第18話 雪解けと黒鉄の艦隊




 季節は巡り、南の海に暖かい風が吹き始めた。


 監獄島・サルガッソにも、短い冬の終わりが告げられた。


 だが、今のこの島に、春の穏やかな空気はない。


 あるのは、地響きのような轟音と、黒い煙、そして張り詰めた殺気だけだ。


 島の入り江には、50隻の船団が整列していた。


 その船体は、島で産出した「黒魔炭」から抽出したタールと、薄い鋼鉄板で補強され、黒く、禍々《まがまが》しい『装甲艦(そうこうかん)』へと生まれ変わっていた。


 甲板には、真新しい『後装式ブリーチ・ローディング大砲』がずらりと並び、砲口が北の空を睨んでいる。


「……へっ、たまげたな。こんな化け物みてぇな船、海賊時代にも見たことねぇぜ」


 旗艦の甲板で、舵輪だりんを握る巨漢、船団長ゴッツォがニヤリと笑った。


 彼ら元海賊たちは、この冬の間に「モルトケ海軍」として正式に雇用され、操船技術を叩き込まれていた。


 彼らにとって、この黒い船は恐怖ではなく、最高の「相棒」だ。


「ゴッツォ、エンジンの調子は?」


「最高だ、お嬢! あの『黒魔炭』をけば、風がなくても怪物みたいに進みやがる!」


 アンジェリカの問いに、ゴッツォが親指を立てる。


 そして、その横には、青いローブを纏った長男マクシミリアンと、魔導師部隊が控えていた。


「魔導部隊、配置完了だよ、アンジェリカ」

 マクシミリアンは、以前のような疲労困憊した顔ではない。


 彼らの役割は「魔力タンク」から、風魔法による「推進補助」と、索敵魔法による「レーダー役」へと変わっていた。


「僕らの魔力を、もう『弾』としては使わせないんだね?」


「ええ、お兄様。魔法はもっと高度な『管制サポート』に使ってください。……火力なら、彼らが担当しますから」


 アンジェリカが視線を向けた先には、浜辺に整列した主力部隊がいた。


 指揮を執るのは、騎士団長ガンツと、客将アランだ。


「第一歩兵大隊、整列! 銃口の点検を怠るな!」


 ガンツの雷のような声が飛ぶ。


 そこに並ぶのは、モルトケ領の生き残りである兵士たちと、志願して銃を手にした屈強な若者たち。


 彼らの手には、統一された規格の『モルトケ式ライフル』が握られている。


「……アラン殿。彼らの仕上がりはどうだ?」


「悪くありません。冬の間、魔獣相手に実戦訓練を繰り返しましたからな。……個々の剣技では帝国騎士に劣りますが、集団戦なら負けません」


 アランは冷静に分析する。


 剣を捨て、銃を選んだ騎士たちの覚悟。それが静かな殺気となって満ちていた。


「資材班、積み込み急げ! 『野戦築城キット』は一番下の船倉だ! 上陸戦になったら、誰よりも早く展開するぞ!」


 補給隊長のハンスが走り回り、工兵たちが鉄条網や防壁のパーツを運び込む。


 これはただの移動ではない。


 海を渡る「強襲上陸作戦」だ。



 全ての準備が整ったのを見届け、当主ハインリヒ・フォン・モルトケが艦橋に立った。


 その隣には、王都から帰還したソフィアが寄り添い、兄王から託された『密勅みっちょく』の羊皮紙を渡す。


「……あなた。兄様からの許可も得ました。これで私たちは『資源泥棒』でも『反逆者』でもありません。連合王国の未来を背負った『軍隊』です」


「ああ、でかしたソフィア。……これで憂いなく暴れられる」


 ハインリヒは羊皮紙を懐にしまうと、軍刀を抜き放った。


「全軍、聞けッ!!」


 総大将の咆哮ほうこうが、波音を消し飛ばす。


「我々はこれより、北へかえる!

 だが、それは哀れな難民としてではない! 奪われた土地と、誇りを取り戻すための凱旋がいせんだ!」


 「「「オオォォォッ!!」」」


 出自の異なる者たちが、一つの「軍」として声を上げる。


「帝国は思っているだろう。モルトケの残党など、冬の間に海へ消えたと!

 ……教えてやれ! 我々は地獄の底で、奴らを殺すための牙を研いでいたのだと!」


 ハインリヒが切っ先を北の水平線へ向ける。


「目標、モルトケ領沿岸! ……出航ッ!!」


 ブオォォォォォッ!!


 船団の汽笛が鳴り響き、50隻の黒い艦隊が一斉に動き出した。


 煙突からは黒煙が上がり、マクシミリアンたちの風魔法が帆を膨らませる。


 それは、中世の海に突如として現れた、時代錯誤なほどの近代艦隊だった。



***



 一方、その頃。


 北の大陸、旧モルトケ領。


 雪解けと共に、帝国軍本隊十万を率いるバルガス将軍は、進軍を再開していた。


 アンジェリカの焦土作戦により、冬の間は足止めを食らったが、それも終わりだ。


「……ふん。忌々しい冬だったが、ようやく動ける」


 馬上のバルガスは、眼下に広がる荒野を見下ろした。


 かつてモルトケ城があった場所は廃墟となり、人っ子一人いない。


「閣下。……王都まではあと一週間ほどかと」


「ああ。モルトケさえいなければ、王国など赤子の手を捻るようなものだ。……蹴散らせ」


 バルガスは油断していた。


 モルトケ家は海へ消えた。あの貧弱な船団で冬の海を渡りきれるはずがない。今頃は海の藻屑か、どこかで野垂れ死んでいるだろう。


 背後の海など、警戒する必要もない――。


「……ん? なんだ、あれは」


 ふと、最後尾を歩いていた兵士が、海の方角を指差した。


 水平線に、黒い点が見える。


 一つではない。無数の点が、異様な速度で近づいてくる。


「……船か? だが、煙が出ているぞ?」


「おい、なんだか速くないか? 風上から直進してくるぞ!」


 ざわめきが広がる中、その「黒い点」は見る見るうちに大きくなり、異様な姿を現した。

 黒鉄の装甲。吐き出される黒煙。


 そして、そのマストには――帝国軍が最も恐れた「剣と薔薇」の紋章旗がひるがえっていた。


「な……ッ!?」


 バルガスが振り返り、絶句する。


「モ、モルトケの旗だと!? 馬鹿な……!」



 その時。



 先頭を行く黒い艦の側面が開き、無数の砲門が顔を覗かせた。


 ドォォォォォンッ!!


 雷鳴のような発砲音が響き渡り、帝国軍の列の真ん中に、見えない鉄槌が振り下ろされた。


 炸裂弾さくれつだん


 地面が吹き飛び、重装歩兵たちが紙切れのように舞う。


「ぎゃあぁぁぁっ!?」

「て、敵襲ゥゥッ! 背後から敵襲ゥゥッ!!」


 パニックに陥る帝国軍。


 海から現れた「亡霊」たちは、止まらない。


 次々と接岸した船から、タラップが降ろされる。


「上陸せよッ! 陣地を構築しろ! 資材班、前へ!」


 アランの指揮で、工兵たちが瞬く間に鉄の防壁を展開していく。


 そして、その後ろからガンツ率いるライフル部隊が展開し、一斉に銃を構えた。


 ダァン! ダァン! ダァン!


 剣が届く距離より遥か遠くから、帝国兵が次々と頭を撃ち抜かれて倒れていく。


 魔法の光はない。あるのは乾いた破裂音と、硝煙しょうえんの匂いだけ。


「な、なんだこれは……! 魔法じゃない……何だその武器はァァッ!?」


 バルガスの叫びは、轟音にかき消された。


 死んだはずの敗残兵たちが、地獄の業火を纏って帰ってきたのだ。


 ここに、「モルトケ領奪還戦」への火蓋ひぶたが切って落とされた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ