第5話 黒い資源と王家の密勅
監獄島での開発が軌道に乗り始めた頃。
ソフィア・フォン・モルトケは、一隻の小船で密かに王都へ戻り、王城の奥深く、国王の私室を訪れていた。
南の大国、連合王国。
この国は、五つの大公爵領が「連合」して成立した連邦国家である。
ゆえに、国王といえども絶対権力者ではない。予算や軍事の決定権は、各領地の代表で構成される「貴族院(議会)」が握っている。
そして今、その議会を牛耳っているのが、財務大臣であり筆頭公爵であるギルバートだ。
国王リチャードは、妹ソフィアを助けたくとも、ギルバートの承認なしには兵一人動かせない「籠の鳥」だったのである。
「……ソフィアか。無事だったか。あの島での暮らしは酷いものだろう?」
リチャードは、妹の突然の来訪に驚きつつも、安堵の表情を浮かべた。
「いいえ、陛下。……今日はその件で、ご報告とお願いがあり参りました」
ソフィアは深く一礼すると、持参した小さな木箱をテーブルに置いた。
中から取り出したのは、黒く光る石――『黒魔炭』と、それを使って精製された『鋼鉄のナイフ』だった。
「なんだ、これは?」
「あの島に無尽蔵にある資源です。……ギルバート公や議会は『燃えるゴミ』だと思っていますが、娘のアンジェリカが解明しました。これは、国を富ませる莫大なエネルギー源です」
リチャードが怪訝な顔をする。
ソフィアは、そのナイフを恭しく差し出した。
「陛下、失礼ながらお手にとってご覧ください。……そして、机の上の『金貨』を一つ、そのナイフで切ってみてください」
「……?」
リチャードは半信半疑でナイフを受け取った。
ずっしりと重いが、バランスが良い。そして何より、波紋のような輝きを放っている。
彼は言われた通り、金貨の上に刃を当て、力を込めた。
スッ……
抵抗感は、ほとんどなかった。
だが、金貨が真っ二つに両断され、テーブルの上に転がった。
刃を確認するが、刃こぼれ一つない。
「……なッ!?」
リチャードの目が驚愕に見開かれた。
金貨は柔らかいとはいえ、金属だ。それを、これほど軽い力で、音もなく断ち切るとは。
彼は戦慄した。もしこれが「剣」や「槍」となり、敵の騎士が装備したらどうなるか。
「この石を燃料にすれば、帝国の鋼鉄をも凌ぐ武器が作れます。あの島は監獄ではありません。『宝の島』なのです」
ソフィアは、国王の目を真っ直ぐに見つめた。
「陛下。私たちはギルバート公と『島で得た利益はモルトケ家のもの』という契約を交わしました。」
彼女は一度言葉を切り、膝をついた。
「ですが……それはあくまで、ギルバート公が『ゴミ』だと思っていたから成立した契約。
これほど価値ある国家資源を、報告もなしに使い潰せば、後々『横領だ』『国家への反逆だ』と難癖をつけられるでしょう」
難民として助けてもらった恩がある。
だがそれ以上に、ここで「国(王)の承認」を得ておく必要がある。
「お願いでございます、陛下。
この資源……黒魔炭と鉱脈の全てを、『国家存亡の危機に際し、特例としてモルトケ家が軍事利用すること』を、正式に許可していただきたいのです」
リチャードは腕を組み、長い沈黙の後、重い口を開いた。
「……ソフィアよ。王として言わせてもらえば、これほどの資源、直ちに国が管理し、富国強兵に充てるべきだ」
「はい。仰る通りです」
「だが……今、これを公表すればギルバートたち議会派が利権に群がり、開発は止まる。あるいは、その利益を懐に入れるだけだろう」
リチャードは自嘲気味に笑った。
悲しいかな、今の連合王国政府には、この「革命」を扱えるだけの能力も清廉さもない。
「それに、その石を使いこなせる技術を持っているのは、世界でお前たち(アンジェリカ)だけだ。国が没収したところで、ただのゴミに戻るだけだろう」
リチャードは決断した。
この資源は、今の腐った政府に渡してはならない。
「使える者」に託し、その結果(武力)として国を守ってもらうのが、今の王にできる最善の統治だ。
「……よかろう。私が許可する」
リチャードは、王家の紋章が入った指輪を外し、即席で書き上げた羊皮紙に封蝋を押した。
それは、国王直筆の『資源開発・軍事利用特認状』。
議会の承認を経ない、王の独断による『密勅』だ。
「ただし、条件がある。……タダでくれてやるわけではないぞ?」
王の目が鋭く光る。
「第一に、この資源を使って、春までに帝国の脅威を排除すること。
第二に……戦いが終わった暁には、その技術と資源を我が国と共有し、『正規の貿易』として国に還元すること」
「……!」
「今は貸しておくだけだ。モルトケ家が再興した時、改めて良き隣人として、この国の繁栄に協力してくれ。……それが、私の望む対価だ」
兄は、ただ優しいだけの王ではなかった。
国の未来を見据え、今は妹に投資する。その代わり、将来的なリターン(国益)をしっかり約束させたのだ。
「……御意。このソフィア、モルトケ家の名にかけてお約束いたします」
ソフィアは深く頭を下げた。
春になれば、帝国も私たちの『新しい力』に腰を抜かすことでしょう。
こうして、ソフィアは島へ戻った。
手には、王からの「密勅」と、未来への約束を携えて。
監獄島・サルガッソ。
そこでは今、黒い煙と共に、歴史を変える準備が着々と進められていた。




