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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢は、王都の混乱を他所に一族と領民の生存戦略を画策する~  作者: 薄氷薄明
【第2章】

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第4話 黒い火薬と鉄の規律




 軍議から一週間。


 監獄島・サルガッソの海岸線にある巨大な洞窟は、昼夜を問わず轟音と熱気に包まれていた。


 カンッ! カンッ! ゴウゥゥゥ……!


 『黒魔炭』を燃料にした反射炉が唸りを上げ、ドロドロに溶けた高炭素鋼が型に流し込まれる。


 鍛冶師のガレン率いる「工廠こうしょう部隊」は、3万人の民の中から手先が器用な者を選抜し、24時間体制で稼働していた。


「温度が低い! 風を送れ! 不純物を徹底的に抜け!」


「銃身のライフリング(施条)加工、次! 規格サイズが1ミリでもズレたら不良品だ、溶かし直せ!」


 ガレンの怒号が飛ぶ。


 彼らが作っているのは、職人の勘に頼る「芸術品」ではない。


 誰が使っても同じ性能を発揮し、部品を交換すれば直る「工業製品」だ。


 その工場の隅で、アンジェリカは完成したばかりの「試作一号機」を手に取っていた。


 黒光りする銃身。装飾の一切ない、武骨なボルトアクション式ライフル。


「……設計通りです。この鋼鉄なら、火薬の爆発にも耐えられます」


 彼女は、隣に立つ騎士団長のガンツにその銃を渡した。


「団長。……試射をお願いします」



***



 場所を移して、島の外れにある岩場。


 ガンツは、渡された「新型ライフル」を構え、戸惑っていた。


「……軽いな。それに、魔石を入れる場所がない」


「ええ。代わりにこれを」


 アンジェリカが手渡したのは、紙とろうで固められた親指大の筒――『紙製薬莢カートリッジ』だった。中には、黒魔炭から精製した強力な粒状火薬と、弾丸が入っている。


「手元のレバー(ボルト)を引いて、薬室を開け、この弾を入れて戻してください。……それで装填完了です」


 ガンツは言われた通りに操作した。


 ジャキッ、ガチャン。


 硬質な金属音が心地よい。


 魔力を込める瞑想も、魔石の残量を気にする必要もない。ただ、動作一つで次弾が装填される。


「的は、あの岩の上に置いた鉄兜てつかぶとです。距離300メートル」


 300メートル。弓矢なら届くか怪しい距離だ。


 ガンツは半信半疑のまま、引き金を引いた。

 ズドンッ!!


 凄まじい轟音と共に、肩に重い衝撃が走る。


 銃口から白煙が噴き出し、瞬きの間に――遠くの鉄兜が吹き飛んだ。


「なっ……!?」


 ガンツが駆け寄って確認すると、帝国の重装歩兵が使う分厚い鉄兜が、正面から貫通され、ひしゃげていた。


「……馬鹿な。魔力も込めずに、これほどの威力が?」


「はい。そして団長、そのまま次を撃ってください」


 ガンツはその場でボルトを引き、排莢し、次弾を込める。


 ジャキッ、ズドン!

 ジャキッ、ズドン!


 1分間に10発以上の連射。


 しかも、銃身は熱を持っているが、歪む気配はない。


「……これが、『量産型(スタンダード)・モルトケ・ライフル』。魔導師でなくても、農民でも、訓練さえすれば帝国の騎士を正面から撃ち抜ける武器です」


 ガンツは震える手で銃を握りしめた。


 武人として、彼は悟ってしまったのだ。


 これからの戦場では、剣の腕も、魔力の多寡たかも意味をなさない。


 「鉛の弾幕」こそが正義になるのだと。


「……恐ろしいな。だが、頼もしい」


 ガンツはニヤリと笑い、アンジェリカを見た。


「これなら……数で勝る帝国軍とも殺り合える。いや、一方的に狩れるぞ」



***




 武器の性能が証明された翌日から、島は巨大な「軍事訓練所」へと変貌した。


 これまでくわを持っていた農民たちが、銃を担いで整列する。


 号令に合わせて、伏せ、撃ち、再装填する。

 徹底的な反復練習。


 彼らが学ぶのは、個人の武勇ではなく、集団としての「射撃規律ファイア・ディシプリン」だ。


 そして、訓練の場は射撃場だけではない。

 島の奥に広がる『魔境の森』が、彼らの実戦訓練場となった。


 ダァァァンッ!!


 森の中で銃声が響く。


 体長3メートルを超える巨大な魔獣『鋼鉄猪(アイアン・ボア)』が、眉間を撃ち抜かれて地響きを立てて倒れた。


「やったぞ! 仕留めた!」


「すげぇ……あの硬い皮を一撃かよ!」


 歓声を上げるのは、元農民の兵士たちだ。


 かつてなら逃げ惑うしかなかった魔獣を、自分たちの手で狩った。その自信が、彼らの顔つきを変えていく。


「解体班、急げ! 血の匂いで他の魔獣が来るぞ!」


「へい! 今夜は猪鍋だ!」


 仕留めた魔獣は、すぐに拠点へ運ばれる。


 肉は貴重なタンパク質として兵士たちの筋肉を作り、毛皮は防寒具に、骨はスープの出汁や肥料になる。


 皮肉にも、魔獣が跋扈ばっこする危険な森こそが、モルトケ軍にとって最高の「食料庫」であり、「実戦経験の場」となっていたのだ。


 高台からその様子を見下ろすハインリヒとアラン。


「……兵たちの顔つきが変わりましたな」


 アランが感嘆の声を漏らす。


 栄養状態が改善され、厳しい訓練と「狩り」の成功体験が、彼らを精強な兵士へと変えつつある。


「ああ。……これなら春までに間に合うだろう」


 ハインリヒは頷き、視線を海岸へ向けた。


 そこでは、アンジェリカの指揮の下、ガレンたちが次なるプロジェクト――『野戦築城フィールド・フォートレスキット』の試作品(鉄条網と鉄板の防壁)を組み立てていた。


「盾(陣地)と、矛(銃)。……役者は揃いつつある」


 冬の風は冷たい。


 だが、監獄島・サルガッソには、復讐の炎のような熱気が満ちていた。


 雪解けまで、あと二ヶ月。


 帝国の喉元に食らいつくための牙は、着実に研ぎ澄まされていた。




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