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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢は、王都の混乱を他所に一族と領民の生存戦略を画策する~  作者: 薄氷薄明
【第2章】

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第3話 砕けた牙と反攻への軍議




 監獄島への上陸から三日。


 海岸の洞窟を利用した仮設の「作戦本部」には、重苦しい空気が漂っていた。


 中央の粗末なテーブルを囲むのは、当主ハインリヒ、長男マクシミリアン、騎士団長ガンツをはじめとする、モルトケ軍の幹部たちだ。


「……報告します。現時点での我が軍の戦力は、壊滅的と言わざるを得ません」


 口火を切ったのは、古参の騎士団長ガンツだった。


 彼はテーブルの上に、あの過酷な撤退戦をくぐり抜けた『魔導ライフル(旧式)』の残骸を置いた。


「見ての通りです。銃身は熱で歪み、動力源である魔石は粉々に砕け散っています。……逃走中の連戦で、完全に寿命を迎えました」

「魔法部隊も同様です」


 続いて、マクシミリアンが重い口を開く。


「僕を含め、魔導師たちの魔力は枯渇寸前です。それに、これ以上の『手動充填』は無理があります。……魔石の在庫も尽きました。今の我々は、ただの棒切れを持った集団です」


 ハインリヒは眉間に深い皺を刻み、腕を組んだ。


 物理的な武器も、魔法の力も尽きた。

 

「……補給はどうだ? ハンス」


 ハインリヒが視線を向けた先には、補給隊長のハンスが青ざめた顔で立っていた。


「はっ……。食料は森の魔獣を狩ることで当面は凌げますが、武器の材料となる『鉄』と『火薬』が絶望的に足りません。……この島にあるのは、燃える黒い石と岩だけ。修理すら不可能です」


 武器がない。材料もない。


 完全な手詰まりだ。


 沈黙が支配する中、ハインリヒは壁に貼られた大陸地図を睨みつけた。


「……アラン。貴官は王都の守備に就いていたな。帝国の動きをどう読む?」


 元近衛騎士であり、現在は客将として参加しているアランが進み出る。


「はい。……現在、北方は冬の入り口です。帝国の主力である重装歩兵や騎馬隊は、雪深いモルトケ領での進軍を嫌うでしょう。……動くとすれば、雪解けを待って」


「……『春』か」


 ハインリヒが低く唸る。


 現在は冬の初め。つまり、敵が動くまでの「約三ヶ月」が、彼らに残された猶予だ。


「春になれば、帝国軍は補給線を再構築し、一気に王都へ雪崩れ込むでしょう。……病床の国王陛下と、腐敗した議会では止められません」


 ガンツが拳をテーブルに叩きつけた。


「分かっている! だが、どうすればいい! 春までに王都を奪還するには、正面から帝国軍を撃破するしかない。……だが、武器がないんだ!」


 戦略いつやるかは見えても、戦術(どうやって戦うか)がない。


 歴戦の猛者たちが頭を抱える中、洞窟の入り口から凛とした声が響いた。


「……失礼いたします。技術的な観点から、解決策を提示してもよろしいでしょうか?」


 アンジェリカだった。


 彼女の後ろには、すすだらけになった鍛冶師のガレンが、重そうな麻袋を引きずって控えている。


「アンジェリカか。……軍議の最中だぞ」


「存じております、お父様。ですが、皆様が頭を抱えている『武器の強度』と『魔力不足』の問題……この島の資源で解決できると判明しましたので」


 アンジェリカの合図で、ガレンが麻袋の中身をテーブルにぶちまけた。


 ゴロリと転がったのは、無数の『黒魔炭(こくまたん)』と、一本の『黒光りする鉄の延べ棒』だった。


「なんだ、これは?」


 マクシミリアンが怪訝な顔をする。


「この島に無尽蔵にある燃える石、『黒魔炭』です。……これを特殊な炉で燃やせば、従来の木炭とは比較にならない『超高温』が出せます」


 アンジェリカは、鉄の延べ棒を指差した。


「その熱で精錬したのが、この『高炭素鋼ハイ・カーボン・スチール』です。……ガンツ団長、腰の剣で叩いてみてください」


「……む? 分かった」


 ガンツは半信半疑で剣を抜き、思い切り延べ棒に叩きつけた。


 ガギィンッ!!


 高い金属音が響き、火花が散る。


 だが、折れたのは延べ棒ではなく――剣の方だった。


「なっ……!? 帝国の鋼鉄剣が、刃こぼれどころか折れただと!?」


 ガンツが目を見開く。他の隊長たちもどよめいた。


 アンジェリカは、一枚の設計図を広げた。


「この鋼鉄があれば、魔石に頼らず火薬で撃つ『新型ライフル』が作れます。……ですが、それだけでは足りませんね?」


 彼女は、もう一枚の図面を広げた。


 そこに描かれていたのは、武器ではなく、奇妙な「鉄の柵」や「組み立て式の壁」のようなものだった。


「これは?」


「『野戦築城フィールド・フォートレスキット』です」


 アンジェリカは冷静に説明した。


「私たちは春に、敵地へ逆上陸します。ですが、上陸直後は無防備です。そこで、この島で予め『鋼鉄の防壁』や『鉄条網(有刺鉄線)』のパーツを大量生産し、船に積んで持っていくのです」


 ハインリヒの目が鋭く光った。


 島を要塞にするのではない。


 「持ち運べる要塞」の部品を、この島で作るということか。


「現地に着いたら、組み立てるだけ。……そうすれば、平原のど真ん中でも、一夜にして帝国の騎馬隊を阻む『鉄の城』が出現します」


 「規格化された資材による、防衛ラインの即時構築」だ。


「……素材はこの島に山ほどあります。春までに、全軍3万人の装備を一新し、上陸用の資材を揃えることは可能です」


 その言葉に、ハインリヒの目に狂喜にも似た光が宿った。


 彼は、軍人として即座にその価値を理解したのだ。


 尽きることのない弾薬。帝国の剣をへし折る鋼鉄。そして、どこにでも作れる鉄壁の陣地。


「……道は開けたな」


 ハインリヒは立ち上がり、全員を見回した。


「総員、聞け! 目標は『来たる春』!

 それまでに、全軍の装備をこの『新型』へ換装し、上陸用の資材を量産する!」


 彼の声に、先ほどまでの悲壮感は微塵もなかった。


「この島を要塞にする必要はない。ここはあくまで『工場』だ。

 我々は逃げたのではない。牙を研ぎに来たのだ!

 雪解けと共に北へ戻り、油断している帝国軍を、その新しい牙で食いちぎってやるぞ!」


 「「「ハッ!!」」」


 騎士たち、隊長たちの野太い返事が、洞窟内に響き渡った。





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