第3話 砕けた牙と反攻への軍議
監獄島への上陸から三日。
海岸の洞窟を利用した仮設の「作戦本部」には、重苦しい空気が漂っていた。
中央の粗末なテーブルを囲むのは、当主ハインリヒ、長男マクシミリアン、騎士団長ガンツをはじめとする、モルトケ軍の幹部たちだ。
「……報告します。現時点での我が軍の戦力は、壊滅的と言わざるを得ません」
口火を切ったのは、古参の騎士団長ガンツだった。
彼はテーブルの上に、あの過酷な撤退戦をくぐり抜けた『魔導ライフル(旧式)』の残骸を置いた。
「見ての通りです。銃身は熱で歪み、動力源である魔石は粉々に砕け散っています。……逃走中の連戦で、完全に寿命を迎えました」
「魔法部隊も同様です」
続いて、マクシミリアンが重い口を開く。
「僕を含め、魔導師たちの魔力は枯渇寸前です。それに、これ以上の『手動充填』は無理があります。……魔石の在庫も尽きました。今の我々は、ただの棒切れを持った集団です」
ハインリヒは眉間に深い皺を刻み、腕を組んだ。
物理的な武器も、魔法の力も尽きた。
「……補給はどうだ? ハンス」
ハインリヒが視線を向けた先には、補給隊長のハンスが青ざめた顔で立っていた。
「はっ……。食料は森の魔獣を狩ることで当面は凌げますが、武器の材料となる『鉄』と『火薬』が絶望的に足りません。……この島にあるのは、燃える黒い石と岩だけ。修理すら不可能です」
武器がない。材料もない。
完全な手詰まりだ。
沈黙が支配する中、ハインリヒは壁に貼られた大陸地図を睨みつけた。
「……アラン。貴官は王都の守備に就いていたな。帝国の動きをどう読む?」
元近衛騎士であり、現在は客将として参加しているアランが進み出る。
「はい。……現在、北方は冬の入り口です。帝国の主力である重装歩兵や騎馬隊は、雪深いモルトケ領での進軍を嫌うでしょう。……動くとすれば、雪解けを待って」
「……『春』か」
ハインリヒが低く唸る。
現在は冬の初め。つまり、敵が動くまでの「約三ヶ月」が、彼らに残された猶予だ。
「春になれば、帝国軍は補給線を再構築し、一気に王都へ雪崩れ込むでしょう。……病床の国王陛下と、腐敗した議会では止められません」
ガンツが拳をテーブルに叩きつけた。
「分かっている! だが、どうすればいい! 春までに王都を奪還するには、正面から帝国軍を撃破するしかない。……だが、武器がないんだ!」
戦略は見えても、戦術(どうやって戦うか)がない。
歴戦の猛者たちが頭を抱える中、洞窟の入り口から凛とした声が響いた。
「……失礼いたします。技術的な観点から、解決策を提示してもよろしいでしょうか?」
アンジェリカだった。
彼女の後ろには、煤だらけになった鍛冶師のガレンが、重そうな麻袋を引きずって控えている。
「アンジェリカか。……軍議の最中だぞ」
「存じております、お父様。ですが、皆様が頭を抱えている『武器の強度』と『魔力不足』の問題……この島の資源で解決できると判明しましたので」
アンジェリカの合図で、ガレンが麻袋の中身をテーブルにぶちまけた。
ゴロリと転がったのは、無数の『黒魔炭』と、一本の『黒光りする鉄の延べ棒』だった。
「なんだ、これは?」
マクシミリアンが怪訝な顔をする。
「この島に無尽蔵にある燃える石、『黒魔炭』です。……これを特殊な炉で燃やせば、従来の木炭とは比較にならない『超高温』が出せます」
アンジェリカは、鉄の延べ棒を指差した。
「その熱で精錬したのが、この『高炭素鋼』です。……ガンツ団長、腰の剣で叩いてみてください」
「……む? 分かった」
ガンツは半信半疑で剣を抜き、思い切り延べ棒に叩きつけた。
ガギィンッ!!
高い金属音が響き、火花が散る。
だが、折れたのは延べ棒ではなく――剣の方だった。
「なっ……!? 帝国の鋼鉄剣が、刃こぼれどころか折れただと!?」
ガンツが目を見開く。他の隊長たちもどよめいた。
アンジェリカは、一枚の設計図を広げた。
「この鋼鉄があれば、魔石に頼らず火薬で撃つ『新型ライフル』が作れます。……ですが、それだけでは足りませんね?」
彼女は、もう一枚の図面を広げた。
そこに描かれていたのは、武器ではなく、奇妙な「鉄の柵」や「組み立て式の壁」のようなものだった。
「これは?」
「『野戦築城キット』です」
アンジェリカは冷静に説明した。
「私たちは春に、敵地へ逆上陸します。ですが、上陸直後は無防備です。そこで、この島で予め『鋼鉄の防壁』や『鉄条網(有刺鉄線)』のパーツを大量生産し、船に積んで持っていくのです」
ハインリヒの目が鋭く光った。
島を要塞にするのではない。
「持ち運べる要塞」の部品を、この島で作るということか。
「現地に着いたら、組み立てるだけ。……そうすれば、平原のど真ん中でも、一夜にして帝国の騎馬隊を阻む『鉄の城』が出現します」
「規格化された資材による、防衛ラインの即時構築」だ。
「……素材はこの島に山ほどあります。春までに、全軍3万人の装備を一新し、上陸用の資材を揃えることは可能です」
その言葉に、ハインリヒの目に狂喜にも似た光が宿った。
彼は、軍人として即座にその価値を理解したのだ。
尽きることのない弾薬。帝国の剣をへし折る鋼鉄。そして、どこにでも作れる鉄壁の陣地。
「……道は開けたな」
ハインリヒは立ち上がり、全員を見回した。
「総員、聞け! 目標は『来たる春』!
それまでに、全軍の装備をこの『新型』へ換装し、上陸用の資材を量産する!」
彼の声に、先ほどまでの悲壮感は微塵もなかった。
「この島を要塞にする必要はない。ここはあくまで『工場』だ。
我々は逃げたのではない。牙を研ぎに来たのだ!
雪解けと共に北へ戻り、油断している帝国軍を、その新しい牙で食いちぎってやるぞ!」
「「「ハッ!!」」」
騎士たち、隊長たちの野太い返事が、洞窟内に響き渡った。




