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国境の盾は砕けない ~婚約破棄された辺境伯令嬢は、王都の混乱を他所に一族と領民の生存戦略を画策する~  作者: 薄氷薄明
【第2章】

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第2話 黒い岩礁と魔境の森




 連合王国の王都を出航してから三日。


 モルトケ家と3万の民を乗せた50隻の大船団は、南の海域へ到達しようとしていた。


 波は荒く、海の色は濃い藍色に変わっている。


 だが、船上の民たちに悲壮感はなかった。


 彼らはあの「地獄の撤退戦」を生き抜き、ドラゴンさえ食料に変えた強者たちだ。船酔いに苦しむ者はいても、絶望に泣く者はいない。


「お嬢! 見えてきやしたぜ!」


 旗艦のかじを握る、元海賊船長(現モルトケ海運・船団長)のゴッツォが叫んだ。


「ありゃあ、海賊の間でも『悪魔の歯』って呼ばれてる難所だ。……座礁しないように気をつけて接岸させるぞ!」


 水平線の彼方に現れたのは、ごつごつとした黒い岩肌が屏風びょうぶのようにそそり立つ、巨大な島だった。


 海岸線は険しい岩場だが、その奥――島の中央部には、鬱蒼うっそうとした濃緑の森林が広がっているのが見える。


「……なるほど。岩だけの死の島かと思えば、森があるのか」


 甲板で腕を組むのは、騎士団長のガンツだ。


 彼の眼光は鋭く、森の奥を見据えていた。


「だが、あの森……魔獣の気配がかなり濃いな。本土の森とは比べ物にならん、凶暴な魔獣の巣窟だぞ」


「ああ。食料と木材には困らなそうだが、狩るか狩られるかの生活になりそうだな」


 隣で鍛冶師のガレンが、潮風に顔をしかめる。


「それに、この潮風だ。鉄を扱うには最悪の環境だぞ。……しっかりしたおおいのある作業場を作らねぇと、武器も道具もすぐに錆びちまう」


 彼らはすでに、この島で「どう生きるか」を計算し始めていた。


 ただの難民ではない。全員が、この過酷な環境を征服する気満々の「開拓者」なのだ。



***



 数時間後。


 ゴッツォの巧みな操船により、船団は島の南側にある、岩壁に囲まれた天然の入り江へと入港した。


 上陸した3万人の民が、黒い砂利の浜辺に集結する。


 足元には、黒くて軽い、奇妙な石が無数に転がっていた。


「……ふむ。これは、ただの岩ではないな」


 アンジェリカは、浜辺に落ちていた石を拾い上げ、まじまじと観察した。


 (ギルバート公爵の地図にあった『黒い印』……。ただの危険地帯のマークかと思っていたけれど、現地に来て確信したわ)


 独特の匂い。もろい質感。そして、断面に見える微かな魔力の輝き。


「お父様、お兄様。……これを見てください」


「ん? なんだ、ただの汚い石ころじゃないか」


 マクシミリアンが鼻をつまむ。


 だが、アンジェリカは真剣な表情で言った。


「お兄様、少しだけこれに『火』を流してみて」


「え? 燃えないだろ、石なんて」


「いいから。……離れていてくださいね」


 マクシミリアンが指先から小さな火種を放つ。


 石に火が触れた、その瞬間。


 ボッ!!


 黒い石が赤熱し、激しい炎を上げて燃え上がった。


 周囲の温度が一気に上がるほどの熱量。


「うおっ!? なんだこれ、すげぇ燃えるぞ!?」


「……『黒魔炭(こくまたん)』です。魔力を不純物として溜め込んだ、可燃性の石」


 アンジェリカは、燃え続ける石を見つめた。


 前世の知識にある「石炭」に近いが、魔力を含んでいる分、熱量は段違いだ。


 だが、同時に有毒な煙も出るため、世界中から「使い物にならないゴミ」として嫌われている。


「このままでは煙たくて使えません。でも……『精製』して不純物を取り除けば、とてつもないエネルギー源になります」


 アンジェリカは確信した。


 この島は、ゴミ捨て場ではない。未精製のダイヤの原石だ。

 

 その時、島の中央にある森から、グオォォォッ! という野太い咆哮が響いた。


 鳥たちが一斉に飛び立つ。


「ひっ!?」


「で、出たぞ! 魔獣だ!」


 民たちがざわめく。


 やはり、この島は危険だ。


 だが、それを制したのは、ハインリヒの一喝だった。


「……狼狽うろたえるなッ!!」


 ハインリヒが、即席の演台代わりの岩に飛び乗った。


 彼は燃え盛る『黒魔炭』を軍刀で突き刺し、松明たいまつのように高く掲げた。


「見ろ! この石は燃える! 我々に暖と、鉄を溶かす熱を与えてくれる!」


「そして聞け! あの森の声を! あれは恐怖の叫びではない! 『肉』だ! 我々の血肉となるかてが、森で待っているのだ!」


 ハインリヒは不敵に笑った。


「我々は帝国の追撃を逃れ、ドラゴンの襲撃すら跳ね返した! そんな我らが、たかが島の魔獣ごときに遅れを取ると思うか!」


「「「否ッ!!」」」


 騎士たちが、兵士たちが、そして逞しい民たちが拳を突き上げる。


「そうだ! ドラゴンより美味いかもしれねぇぞ!」


「木材もある! 家が建てられる!」


「鉄なら俺たちが打ってやる! 錆びねぇように、洞窟の中に工房を作るぞ!」


 ガレン親方がハンマーを振り回し、ガンツ団長が剣を抜く。


 ゴッツォたち元海賊も、ニヤニヤと笑いながら手斧を構えた。


「へっ、海の上よりよっぽどマシな寝床だ。……お嬢、俺たちは何から始めりゃいい?」


 皆の視線が、アンジェリカに集まる。


 彼女はスカートの埃を払い、凛と顔を上げた。


「……まずは『拠点』の確保です。森の手前に防壁を築き、安全地帯を作ります。並行して、洞窟を利用した『製鉄所』と『精製プラント』を建設します」


 彼女の頭の中には、すでにこの島の「要塞化計画図」が描かれていた。


 森は食料庫。

 岩場は燃料庫。

 海は天然の堀。


「冬が来る前に、この島を大陸で一番暖かく、そして強固な城に変えましょう。……さあ、開拓の始まりです!」


 「「「オオォォォッ!!」」」


 3万人の喚声が、監獄島の空に響き渡った。


 泣く者はもういない。


 彼らは知っている。自分たちの手でしか、未来は切り拓けないことを。




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